生体萌えスレに投下した番外編2の後編。絵茶で会話しながら浮かんだネタをそのままの勢いで書いたため、文章が途中で支離滅裂になったりならなかったりした懐かしい思い出。書いてる途中で数回寝落ち(5分程度の居眠り)したというどーしよーもない経歴。
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結果は、セシルの勝利に終わった。
セシルの獲得した景品は、その店の看板とも言えたゴーストリングのぬいぐるみ。射的屋を始めて以来初めてとられたよと、人のいい店主は勝者のセシルに向かって笑いかけていた。
対して、敗者のエレメスの獲得景品はゼロ。本来ならば勝てるはずだった勝負は、しかし、狙い所がきわどすぎたのかゴーストリング人形の頭上を通り越して、まさかの黒星となった。
そして今、セシルの視線の先でエレメスは林檎飴を購入している。後ろで結われた彼の長髪と、片目だけがこちらを向いている狐のお面が揺れていた。
祭囃子が、段々と遠く聞こえる。人の流れは、もはや完全に自分たちとは逆を向いていた。
様々な色の浴衣が、自分とエレメスの間を通り過ぎていく。道の両面にいる自分たちを掻き分けて、人々は帰途へついていく。
皆、それぞれが普段の日常を持ち、けれど今は皆が同じ格好をして一様に笑顔で、通り過ぎていく。
セシルは、自分の後ろ髪に触れた。
蒼い髪留めをなくした髪は、いつものように肩を通り過ぎて背中へ流れ、しかし服は、いつもとは似ても似つかない民族衣装のまま。蒼い花びらが散る薄桃色の浴衣。ただ、髪留めだけが足りない。
櫓からあがる火の粉が、ぱちぱち、と淡い音を立てて祭囃子へと混ざっていく。
「……っ!?」
強烈な既視感のようなものを感じ、はっとしてセシルは顔をあげた。多くの人が帰途へとつく流れの向こう、林檎飴の屋台。
そこに、エレメスの姿は、なかった。
「え……う、そ……」
慌てて周りを見渡すも、あの特徴的な錆色の長髪が見当たらない。頭の側頭部に乗っかっていた、彼にそっくりだった狐面が見えたらない。
人の流れの中で、セシルは辺りを見渡して彼の姿を探した。両の手でもたれていたゴーストリングの人形が、彼女の胸元に抱きしめられた。
朱色の提灯が少しずつ灯りを消していく。
祭囃子が段々と遠くなっていく。
いくつかの屋台は店仕舞いを始め、組まれていた骨組みが解体され始めていた。天井を覆っていた布は数人係の手によって地面に下ろされ、骨組みとなっていた木の柱はその大きさごとに識別されて積まれていく。様々な店主たちが協力して、一つの屋台を終わらせていく。
終わりを告げる花火から始まった、二人の祭りを終わらせるように。
「セシル殿」
「ひゃぅっ!?」
にゅ、っと、目の前に突き出された赤くて丸いそれに、セシルはびっくりしてゴーストリングのぬいぐるみを取
り落としそうになった。
横から投げかけられた声のほうを振り向く。その林檎飴の手をたどり、若草色の袖が見え、そして、いつものへらへら笑顔と横を向いた狐面。本来なら自分の目の先の露店にいるはずだった彼をセシルは睨みつけた。
今度は、殴らなかった。
「~っ、このバカッ! 何処いってたのよ!?」
「と、っととと? どうしたでござるか」
ご注文どおりの林檎飴を握りながら、エレメスはその剣幕に気おされて一歩下がった。
「あんたが急にいなくなるからじゃない!」
「ああ、それは」
「うるさいっ! 言い訳なんて聞きたくないっ!」
何か言おうとしたエレメスにセシルは数倍大きい声を被せた。
その声に人々の歩みは止まり、いくつもの視線が彼らに集まった。
「あんたが、あんたが……っ!」
セシルの両目から、ぽろぽろと涙が溢れ始める。エレメスは突然のセシルの変化に目を丸くした。
何故泣いているのかがさっぱりわからない。何故怒っているのかもまったくわからない。
しかし、そうやって驚く暇もことぐらいは、朴念仁の名をほしいままにしている流石の彼にも気づいたらしく、彼はセシルの手を取った。
「っ、な、何するのよっ!」
「こっちでござるよ」
エレメスはセシルの手を取ったまま、走り慣れない下駄で走り出す。
人々が帰る方向とは、逆の方向。祭りの奥へと続く道。セシルは、その手を振り解けなかった。
指先から彼の体温が伝わってくる。
手を繋ごうと伸ばした手が触れ合って、思わず払ってしまったときに失った温もり。
日常へと帰る人々の流れの中で彼を見失ったときに感じた、その寂しさ。心細さ。
それが、エレメスが握る手の先から満たされていく。
祭囃子は段々遠くかすれていき、人々の喧騒は遠ざかっていくのに、その想いだけは満たされていく。
セシルは何も言わずに、何も言えずに、エレメスの結われた髪を見て走る。
彼の行き着く先が、何処かもわからないのに。
それでも何も言わずに、彼の後ろを着いていった。
そして二人は、アマツ神社の境内へとたどり着いた。神社の境内の照明は既に落とされていて、明かりの消えた提灯だけがいくつもぶら下がっている。
灰になった火櫓は明日にでも掃除されるのだろう。火櫓を囲っていただろう柏の葉も、既に櫓の中の灰に混じっていた。
そこでようやくエレメスは、セシルの手を離した。
しっとりと汗ばんでいた指先が離れ、夏の夜風が二人の間を抜ける。セシルは少しだけ感じた寂寥の思いを、ゴーストリングの人形を胸に抱いて蓋をした。
「ふぅー……セシル殿、あんな往来でいきなり叫んではダメでござるよ」
「だってそれはあんたが……っ!」
置いて行ったのかと、思った。
自身の胸に突き刺さる言葉を、セシルはすんでのところで閉じ込めた。言ってしまえば、また自分は泣き出してしまう。
「何も言わなかったのは悪かったでござるよ。とりあえず、これでも食べて落ち着くでござる」
「むぐっ」
大口を空けて声を止めたのがいけなかったのか。口の中に、小さいサイズの林檎飴を突っ込まれた。表面の飴の部分がセシルの歯とこすれて、ガリッという音を立てる。
エレメスの手から棒の部分を受け取り、セシルは林檎飴に歯を立てた。
「ちょっとこれを買っていたでござる……いや、余計なお世話だったら申し訳なかったでござるが」
「……?」
がりがりと怒りの矛先を林檎飴にぶつけていたセシルは、エレメスが袖の中から取り出したものを見つめる。
それは、薄明かりの中ですらはっきりわかるほどの澄んだ蒼石がついている髪留めだった。
予想外のものに驚いたセシルは、エレメスの顔を見つめる。
エレメスは、いつもと変わらずへらへらとした笑顔で。
「あんた、これ……」
「流石にアレを見つけるのは無理でござるからな……代わり、といえるほど高いものでもござらんが」
確かに、それは雑貨屋で一ついくらで売られている安物だった。
この暗闇の中でさえ目立つということは、単純に塗料でコーティングされているだけのことだ。ちゃんとした作りのものなら、光を当てなければ色はくすんで見えてしまう。この蒼い石だって、きっと一山いくらの安物だろう。
けれど、それでも。
「……ありがと」
自分にも許された、日常という非日常な今日。
それを繋ぎとめてくれる存在を彼から渡してもらえることが、嬉しかった。
「おぉ、セシル殿が素直に謝礼を言うとは……珍しいでござるな」
「う、うるさいっ! それより」
右手には林檎飴。ゴーストリングのぬいぐるみは左手一つでぎりぎりささえられてる。
髪留めを、受け取れない。だからセシルは、この際だから甘えてみよう、と、少しだけ自分の枷を外した。
「エレメス、それつけて」
「しょうがないでござるなぁ……」
エレメスが自分の後ろに回る。髪の毛が結い上げられる。
セシルにはその感覚がくすぐったくて、林檎飴をがじがじと齧った。
祭囃子はすっかり鳴り止み、朱色の赤提灯は消えて。
若草色の着流しと薄桃色の浴衣を着た二人を、ただ夏の余韻が夜風となって吹き抜けていった。