生体萌えスレに投下した10話後編の前編です。何か物凄い矛盾をはらんだ表現だな、後編の前編って。
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それは、一方的な殺戮としか言えない光景であった。
一人対四人。それぞれが同じスペックを持つとして研究所で開発されたインターフェース。メインクラスと称されたオリジナルを元に、サブクラスで各ステータス値を変更継承され、インターフェースへと埋め込まれた十二人。生体研究所と呼ばれる隔離施設で、生み続けられるシステム。
インターフェースとはつまり外殻。適正者、適正モルモットと呼ばれた元はただの人間。それをメインクラスで統合したプロパティと呼ばれる空間にステータス値が割り振られ、サブクラスで変更継承される。十二名それぞれに適正となるステータスが割り振られた結果、完成したオートマンシステム。人などを遥かに凌駕した、もはやヒトではないソレ。
その一人と、その四人が真正面からぶつかったのだ。それは虐殺、殺戮と呼ぶにふさわしい。
両目は穿たれ。
足をもぎ取られ。
頭を消し飛ばされ。
腕が千切れ。
結果などわかりきっていた。
――――プロパティ・アンチマジックベースステータス申請。認可。
―――――プロパティ・アジリティリミットブレイク申請。認可。
赤紫の紫電がセシルの周りで弾けて、いつも撒き散らしている数倍の密度で舞い上がった。蒼い蛍火のようなオーラとその紫電は入り混じって帯電し、血結晶の瞳とあいまって幻想的な美を研究所の一室に描き出した。
茶褐色の鈍い光を纏った弓を携えて、蒼い蛍火と赤紫の紫電によって巻き上げられた茶色の髪は風もないのに揺れる。
行き過ぎた恐怖を美と感じるように。セシルは、ただひたすらに美しかった。
ハワード=アルトアイゼンと呼ばれていたインターフェースが疾走する。斧を地面に滑らせる下段の構えで、彼我の間合いを詰めようと一息に数メートルの距離をゼロとしてセシルに迫る。
彼を取り巻くのは、セシルと同じ赤紫の紫電。
ただ、悲しいかな。セシルが纏っている紫電をイカズチと呼ぶならば。
彼の纏っているそれは、ただの火花にも満たなかった。
――――ヒュガッ
弦が限界まで引き絞られ、弓はその力に耐え切れないように悲鳴を軋ませる。
ぴん、と張った背筋のまま、狙いを一ミリも替えないでセシルは弦から手を離した。もはや矢とは言えない、空気を切り裂いて飛来するそれは星の礫と呼称してもいいのかもしれない。
セシルへと後数歩と踏み込んだハワードの右の脹脛に、その矢は命中し、
「―――!」
右足を、付け根から消し飛ばした。
打ち抜いたわけでもない。その場に右足を縫いつけたわけでもない。ましてや、いつぞやのウィザードの右腕のように千切れさせたわけでもない。
右足を、着弾の威力だけで、跡形もなく消し飛ばした。血と骨と髄液と筋肉繊維が、空中に弾け飛んだ。
自衛も何もない、ただ猪突猛進な攻撃。自衛と言うプログラムを組み込まれていない彼ららしい、突撃だった。
ぐらり、とハワードの体が傾く。踏ん張る足を失った体は、ただ重力に従って落ちるしかない。
セシルの血結晶の瞳と、ハワードの灰色の瞳が一瞬だけ交差した。
ハワードの体が地に倒れる。セシルは、もう一度、矢を打ち込んだ。
ハワードの体が血に倒れる。セシルは、もう二度と彼を見なかった。
ハワードが倒れても、彼らは色を失った灰色の瞳のまま表情を変えない。次はセイレンが来るのか、それとも同時に動くのか。セイレンの刃が鯉口を切り、だらり、と両刃の刃を両手で握り締めた。カトリーヌの杖が、すっと中空に浮かぶ。マーガレッタの両手が祈るように胸の前で握られる。
誰もが曖昧な表情を浮かべ。目は一様に空虚で。そして、同時に動いた。セイレンは前方。カトリーヌは左方。マーガレッタはその後方。自衛など考えることもなく、ただ、セシルを攻撃するためだけに突撃してくる三人。
いい、的だった。
セシルは、何の表情も浮かべずに、迎撃した。
それは――――殺戮と言っていい、光景だった。
絶対時間で言えば、五分も満たなかった。彼女自身が感じる相対時間では一分もかかっていなかっただろう。
彼女は、狭い研究室に立ち込める物凄い血臭の中で、眉根一つ寄せずただ佇んでいた。弓は未だ鈍く輝き続け、茶の髪はもはや原色の赤にしか見えないほど血で変色し。
かすり傷一つ負わず。全身を、自身の血ではない赤で真っ赤に染め上げて。
セシル=ディモンは、ただ立ち尽くしていた。
彼女の足元には、もはや誰のものかもわからないインターフェースの欠片が転がっていた。だが、その欠片を付け合せても四体のインターフェースは生成出来ないだろう。ほとんどの血肉はセシルの一撃によって撃ち抜かれ、消滅した。
リストバンドはだらしなく、血に塗れたままセシルの両手首にぶら下がっていた。
――――戦闘データ回収。モジュールコード342起動。
脳内に響くシステムメッセージが煩い。こぽぽ、と、後ろの培養庫で自分が気泡を吐いた気がした。
モジュールの変動が自分の体内で起こっているのか、紫電はぱちぱち、と名残惜しげに火花を上げて消えていった。しかし、蒼い燐光を撒き散らしている蛍火だけは未だ消えず、セシルの周りに浮遊している。
そしてまた、脳が―――システムサーバーが語りかけてくる。
――――データ不足。サーバーへの接続を除去。
――――データ要求。固体認識ナンバー、02-5261。
―――固体名、エレメス=ガイル
システムメッセージの声を受け、セシルは冷たい灰色のタイルの上を歩く。もはや誰の血かもわからない血液が靴底に付着し、歩く度に水面を歩くようにぱちゃぱちゃと音が鳴り響いた。普通の血液みたいに粘つくこともなく、それはまるで真水のようにセシルの歩く音と同化する。
――――ピシャ、ペシャ
セシルは要求メッセージの声に答え、最後の一人を探しにこの部屋を出ようと、肉片をまたぐ。
湿り気を帯びた音が、狭い研究室内部に響く。
――――ピチャ、パシャ、パシャ
―――ピチャ、パシャ、パシャ、ピチャ
靴音が、水音が反響――――否、
重複していた。
――――チィンッ
咄嗟に持っていた弓で、自分の首元を防いだ。本能に近いその一瞬の動作は、しかし、刹那の相手の凶刃をすんでのところで弾き返す。鈍色に光る弓に僅かに切り傷が走り、そしてその銀色の刃が虚空に霞む。
薄暗い闇に同化していた、黒い影が一気に間合いを広げて後ろへと跳んだ。
ドンッ、と、セシルの周りに再び赤紫の紫電が燈る。探す手間が省けた、とばかりに、その瞳は緋の色を濃くする。血のように赤黒い色から、純粋なる赤へと。朱へと染まっていく。
「……せめて一撃で、と思ったのでござるが。叶わぬでござるか」
鋼色の髪はセシルのオーラにあてられて、彼女の弓のように鈍く光を反射し。
黒銀の戦闘装束は、彼の矮躯を闇に同化させるように暗く包み込み、赤錆色のスカーフだけがセシルの波動に揺らめき。
その金の両目は、闇夜で輝くを失うことなく、光の性質を無視して爛と輝いていた。
矢を番える。緋色の瞳で、激情さえも浮かべなくなったその瞳で目の前に立っている彼を見据える。
変わり果ててしまったセシルを前にして――――エレメス=ガイルは、ただ、寂しそうに笑った。
他のメンバーのように外部プロセスに支配されることはなく、その瞳の色を失うこともなく、感情を失うこともなく、ただ、セシルの前でヴァリアスジュルを身につけて寂しそうに笑っていた。
そして、彼の笑みに何も答えず。
ただ、セシルは矢を放った。
エレメスは何も抵抗せずに、ただ、矢の前に左腕を突き出した。
鋼と鋼が奏でる協奏曲は、たった一瞬で静寂を取り戻した。
左手に嵌められていたヴァリアスジュルは、合計四枚の刃を余すことなく全てぶち破られ、ナックルガードの刃すらも打ち砕かれた。
そして、矢は左腕に到達する。
矢が肉を穿つ音が聞こえる。矢が骨を砕く音が聞こえる。矢が血を撒き散らす音が聞こえる。
「……っ、く、ぅっ!」
カタールが粉砕されることで威力は消していたのか、矢はただ掌を貫通しただけで止まった。脂汗がエレメスの額に浮かぶが、彼は苦悶の声を少し漏らしただけで笑顔を消さない。
けれど。
人一人の体のパーツを一撃で粉砕するセシル=ディモンの矢が、たかが鋼であるカタールを打ち抜いただけで、その勢いをとめるのだろうか。
どうして彼を打ち抜けない?
セシルは自分の疑問に首をかしげ、再び矢を番える。エレメスは、矢が突き刺さった掌をこちらに向けたまま、動こうとしていない。
ただ、笑顔を向けていた。寂しそうに。
――――ヒュガッ
空中に、パッ、と鮮血のラインが散った。
矢は、彼の右頬に裂傷を作りそのまま後ろへと流れていった。頬からあがった一筋の血線は矢に弾かれるように一度だけ空中に跳ね上がり、もはや弾丸のごとき一撃は螺旋階段の奥の壁に突き刺さってまるでクレイモアトラップを壁に投げつけたような大きな爆発音を奏で上げる。
―――彼には、命中していない。
首をかしげ、番える。
――――ヒュガッ
首をかしげ、番える。
――――ヒュガッ
首をかしげ――――
「……もう、いいでござろう?」
優しさの欠片もない、ただ静かな言葉。いつも彼が浮かべた笑顔のままで、彼は決して優しくない言葉をセシルに投げかけた。
数十本目となる矢を放ち終えたセシルは、その言葉に、ぴくり、と両肩を震わす。狙いが絞れなかった矢はやはり彼に命中せず、近くにあった端末に突き刺さり爆発させた。
自分の右腕にまきつけていた赤錆色のスカーフの切れ端が、射出の反動で踊るのが見えた。
エレメスが一歩、動く。後ろへの退路ではなく、前に。セシルは知らず、一歩下がった。
彼の赤錆色のスカーフが揺れるのが、見える。自分の腕に巻かれたスカーフが、目に焼きついて脳裏から離れない。
声が響く。システムメッセージではない、声が。
――――今すぐには解毒剤は作れないでござるから……気休めでござるよ
―――*に情な**らん。ただ、****ばいい。
その声はとても朧だったけれど。
――――――――――ジジジ、ジジジジジジジジジジ、ジジ、ジ
――――――いや、あー……そう、でござるな
―――――あ*、約**る、*対*お前**るか*
その声は、何故かとても懐かしく思えた。
――――――――ジジジジジジジジジジジジッ!
――――システムエラー。メインモジュールに致命的なエラー。
「っくぁ、うぅっ……あぁぁああああっっ!」
からん、と、弓を取り落とした。額が押しつぶされそうなほどの圧迫感を感じて、セシルは初めてその瞳に苦悶の色を浮かべる。そのまま、頭痛に耐え切れないのか、自分の体を抱くようにしてしゃがみこんだ。
それでもセシルは、両の手で頭を押さえることはなく。
「………セシル、殿」
突然の変化に驚く、というよりは、彼女が一生懸命に握っているものを見て、エレメスは呆然とした面持ちでセシルを見つめた。矢が貫通した左手を、ぶらりと下ろす。
セシルは、右腕に巻きつけられたそのスカーフを、精一杯握り締めていた。まるで何かにすがるように、頭痛など放棄してスカーフの端を握り締めていた。左手で、飾り布となっていたエレメスのスカーフを、握り締めていた。
彼女の右手が、何かを求めるように、宙を彷徨う。
その姿が、エレメスの記憶を無理やり掘り起こした。
――――**あた*が、あん**助*て*****。
脳裏に浮かんだ旧い記憶を無視し。
エレメスは、右拳を握り締めた。
「セシル殿、セシル殿!」
「…………ぅ、ぁっ……っ!」
セシルの下に駆け寄ったエレメスは、彼女の小柄な体を精一杯抱きしめた。虚空を彷徨うセシルの右手が、エレメスの背中に回される。
けれど、顔は苦悶の表情を浮かべたまま。声は未だ、苦痛を漏らし続ける。何かに耐えるように、しがみつくように、エレメスの背中に爪を立てた。
――――封鎖メモリー抵触。プロパティセットは要求外です。
―――――――システムエラー突破。プロパティセット。値リセット。
セシルが顔を上げる。その面持ちは激痛に耐える苦悶の色に染まっていたけれど。
それでも、彼女はエレメスの顔を見て、言葉を紡いだ。
「エ……レ、メ……………ス?」
「―――っ、くそっ」
その様を見てエレメスは歯噛みして、セシルの体を一度離し、そして。
セシルの唇を、奪った。
――――――外部強制プログラム確認。コード【牙 - ヴェノム】。
――――――――プログラム【ルドラの弓】、実行停止。
―――――モジュール315【スタンピート】、実行停止。
パキン、という軽い音を立てて、脳の中でソレは砕け散った。
ふっ、と、瞳の色が抜け、セシルはぼうっとする頭で目の前の景色を読み取り、
「~~~~~~~~~~っ!?」
「……プロテクトが解けたのでござるな」
目を見開いて驚愕するセシルに気づいたのか、エレメスは唇を離して安堵の息をついた。セシルの緋色に染まった瞳は元の蒼色を取り戻し、頭痛によってあふれ出ていた涙が目じりを僅かに濡らしている。その目には、弱弱しくはあったが、理性の灯が燈り始めていた。
エレメスはもう一度、セシルを抱きしめた。セシルは先ほどのキスのショックが抜けていないらしく、呆然としたまま、エレメスの肩に顎を乗せて彼のスカーフに鼻先をうずめた。頭に靄がかかったまま、まるで何日も夢を見ていたよう。
久しぶりに、エレメスを感じた気がする。その安堵に、セシルの力からこわばりが抜け、そして。
辺り一面を濡らす、血の海に、気がついた。
「……あたし、は」
「………セシル殿?」
「あたし、が……………皆、を」
セシルの異変に気づいたエレメスが声をかけるが、セシルにソレは届かない。
ただ、エレメスの背中の向こうで自分の血に染まった両手を見つめ、震えるように言葉を続ける。
「皆を、撃ったんだ」
「セシル殿、それは……っ!」
それは違う、と言おうとして、エレメスは唇をかみ締めた。
そう、違わなくは、ないのだ。全てがシステムによって組み込まれたこととはいえ、彼女がやったことは、リアルとして辺りに散らばっている。
「セイレンを、撃った」
同じ食事を食べ、
「ハワードを、撃った」
同じときを過ごし、
「カトリーヌを、撃った」
同じ場所で生活した彼らを、
「マーガレッタを、撃った」
撃ち、殺した。
「……考えたら駄目でござる。それは―――」
「……っ!」
セシルは無言でエレメスを突き飛ばした。突然のことで対処が取れず、エレメスは矢が貫通したままの左手で地面をつく。
左手に走る激痛。受身も取れなかったせいでその激痛は脳髄を駆け上がり、エレメスの顔が歪む。そしてそのせいで、セシルは気づいてしまった。
自分が、彼にまで矢を向けてしまったということを。
「……あたし、あんた……にも」
「気にしないで、いいでござる。拙者の傷など」
「い、いや……いやっ!」
瞳に写るのは、ただ、恐怖。その恐怖が、誰に向けられているかなど―――エレメスには、わからなかった。
セシルの瞳はそれ程までに、恐怖で濡れていたのだから。
「セシル殿……っぐ」
疼く左手に顔を顰めてるエレメスの横を、セシルはおぼつかない足で駆け抜けた。一度も後ろを見ないまま、エレメスを振り返らないまま、彼の横を走り抜けていく。
エレメスは、左手に突き刺さった矢を、引き抜いた。
「っ……皆」
セシルがいた向こう側にいる、血の海を見つめた。
横たわっている、四人の亡骸。自分とは違い、外部プログラムによって検体として動かされた、仲間だった四人。
ただ一人、ユダとしてあり続ける彼は、その四人に向かって僅かに黙祷をささげ、
「……一人には、させないでござるよ」
――――終わらせなければ。
――――――約束を、守るために。
セシルの下へと、走り出した。
彼女から奪ったキスは、ただ、血の味がした。