そろそろ書置きストックがなくなってきて、ちょっぴりピンチな晶です、こんにちわ。そんなわけで、毎週土曜日のいつもの定番、小説です。嫌いな方はプリーズ以下略。
……この書き始め、いつまで書いとけばいいんだろ?(死
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「くふぁ~…………あ?」
寝癖が頭のあちこちに見受けられ、眠たげにあくびをしながら階段を降りていくレオハルド・クライスは、ふと食堂の灯りがついていることに気がついた。
もう夜も更け、皆が寝静まっている時間。たまたま今、トイレのためにこの寒い中ベッドから這い出るハメになったが、こんな時間に誰かが起きているのだろうか?
そうは思ったが、食堂から流れてくる風は、今廊下に満ちている夜の寒風と変わらなくて。そこに人がいるとは思いづらい。人がいるのならば、暖炉ぐらいくべているだろう。
誰かが灯りを消し忘れたのだろうか。そう思い、やれやれと肩をすくめながら灯りを消そうと部屋に足を踏み入れたとき、
「……誰?」
「うぉぁ!?」
こちらに背を向けてうつむいて座る、誰かの後姿が目に付き、思わず情けない声を上げてしまった。
「その声、レオ?」
「な、何だ、アリサか……何してんだ、お前さん」
肩口でふわふわと浮いているセミロングの髪を揺らしながら振り向いたギルドメンバーのウィザードに、レオは下手に驚いてしまった自分の不手際を隠すように若干ばつ悪そうに口元に引きつった笑みを浮かべた。
「あなたこそ。もう夜も遅いわよ」
「俺はたまたま起きただけだっての。って、う、寒ぃ……起きてんならせめて暖炉ぐらいつけろよな。フィンみたいに風邪引くぞ」
「……あら。こんなに寒かったのね。気づかなかったわ」
いつも凛然としているアリサ・ルージェリアらしからぬ何処か虚無めいた言葉に、レオは片眉を上げた。だが、示した反応はそれきりで、何も言わずに食堂へと入った彼は、もう完全に火の気が途絶えている暖炉の前にかがみこんだ。
炭の残量から見て、最後の方まで食堂で飲んでいた自分たちが消したときから火をくべられた様子はない。呑んでたせいでうろ覚えの記憶をたどっても、そのときにアリサは食堂にいなかったはずので、皆が解散した後に一人でここに来て座っていたのだろうか。
こんな寒い食堂のテーブルに、わざわざ。
「火、つけるぞ」
「必要ないわ。たまたま起きただけでしょう?」
「もう眠気も覚めちまってな。お前さんがよければ俺もここにいさせてほしいんだが」
「……お好きにどうぞ」
首筋から入ってきた風に、思わず背筋をぞくっとさせながら適当な量の薪をいれ、火種に火をつける。
夜更けによくメンバーたちと酒を飲み交わしている彼は火付けには慣れており、あっという間に火はぱちぱちと小気味いい音を立てて燃え始めた。
そして、そんな彼を見るわけでもなく、アリサは両肘をテーブルにつけたまま、顎を掌に乗せてぼんやりとしていた。もう冬も本番で、火がなければ到底ここにいられないような寒さなのに、ウィザードの薄着の服のまま、伏目がちにずっとテーブルを見つめている。
そんな彼女を横目で見ながら、本調子になった火に薪を足したレオは暖炉の前から立ち上がった。
「昼のこと、まだ気にしてんのか?」
「別に……そうじゃないわ」
「そっか。ならいいけどな」
今日の昼。風邪で寝込んでしまっているフィンネル・ラーファのために、病気によく効く薬草を取りに行こうという話になった。というよりは、プリーストのフィーシャル・パス一人に、世話役を押し付けてしまったことに対する罪悪感を紛らわせに行こうというのが本音だろうが。流石に一人でやらせたのには罪悪感も多少はあったらしい。
とにもかくにも、世話をしていたシャルと、眠ったままのフィンを除くメンバー全員で薬草を取りに出かけ、見事に薬草の咲き広がった花畑を見つけ。
そこに巣食っていたモンスターを、薬草の花畑ごとアリサが焼き払ってしまったのである。
「……」
「……」
暖炉に水を入れたやかんをかけ、レオはアリサの対面にあたる位置に座った。ちらりと彼女を見やるが、彼女は視線を伏したまま。
レオはやはり何も言わず、自分もぼんやりとそこに座り中空を見つめた。
彼女のお昼の行動に悪意が篭っていたのなら、メンバー全員で彼女を非難していたであろう。
基本的な病気などにしか効かないが、その分効き目は抜群と名高いその薬草の価値は、そこらに生えているハーブと比べるほうが馬鹿らしい。そしてその希少度に対比して映えている場所は限られていて、わざわざミョルニール山脈くんだりまで足を運んだのである。その苦労が正に一瞬で灰に。
だが、これが彼女の望まぬ結果だというのを知っているメンバーは、誰一人として責められない結果に終わってしまう。
魔力の暴走。
それは普通のウィザードならば、絶対にありえない現象である。己の魔力を律し、韻を踏んだ言霊を繰り返し、自らの魔力をマナへと還元し、そのマナを通じて魔術式でかたちどった事象を精製しこの世に顕現する。それが魔術師が扱う魔法であり、それ以外の方法では逆立ちしたとしても魔法はこの世に顕現されない。例外といえば、その魔術式を巻物に直に書き込み、魔力を初めから通してあるスクロールぐらいであろうか。
魔術師は、魔力を律し、魔韻を刻み、魔術式を詠み。そして魔術を成す。
しかし。アリサは、己の魔力を律せれなくなってしまった。
調子のいいときはいつもと同じように強力な魔術式をくみ上げれるのだが、今日のお昼みたいに魔力が暴走してしまい、予期せぬ魔法が発動してしまうときがある。彼女が持つ魔力が強大すぎるのか、それとも他に何か原因があるのか。
現時点ではその理由はまったくといっていいほど解明されておらず、最初のうちは苦笑で終わらせていた彼女も、その現象が出始めて半年が経とうとしている今、流石にもう笑って終わらせられる事態ではなくなってしまったのだろう。
メンバーもそれを知り、何とかして彼女を治す方法を探してはいるのだが成果は上がらず。気に病むことはない、と、労いの言葉をかけるのが精一杯で。
だが、それで良しとしないのが、アリサ・ルージェリアというウィザードであって。
普段は凛然と、何事にもおくびを出さず向き合っているのだが、彼らがベースとしている宿屋へ帰るまで終始黙り込んだままであった。流石に今回の件は堪えたのか、それとも、ここ最近になって回数が増え始めた魔力の暴走について落ち込んでいるのか。傍目にはわからなくても、彼女が悩んでいることぐらいは誰の眼にでも明らかだった。
自分に厳しく、常に凛然と振舞ってきた彼女だからこそ。
自分の不始末に、どのような気持ちを抱いているかも、明白だった。
お互い言葉もなく、ただ夜が更けていく中。冬の夜空と同じぐらい、しんとした空気が張り詰めていたその沈黙は、やかんが勢いよく蒸気を噴出した、ぴーっ、という乾いた音によって打ち砕かれた。
その音には流石にびくっと反応したアリサの前では、レオが「お、やっと沸いたか」と暖炉へ向かっていた。
ロードナイトの証である赤いマントと鎧は流石に脱いでいる彼の軽装をぼんやりと眺めていたアリサは、次の彼の行動にぎょっと目を丸くした。
思わず、思ったまま声が出る。
「何してるの?」
「何してるって、これが薪割りにでも見えんのか。お嬢」
「見えないけど……あなた、煎れれるの?」
短く刈り上げられた髪の毛に、何処となく粗野な言動が目立つレオ。巨体に似合う長大な槍を振り回すそんな彼には存外に似合わず慣れた手つきで、紅茶を入れる準備をしていた。普段は槍を持っている右手にはやかん、いつもは盾がくくりつけられている左手にはティーカップが二つ。
そして、唐突に、彼は口を開いた。
「あいにく、俺は馬鹿だからお嬢がすらすら言えるような魔術式とか理解はできんが」
だから俺は騎士になったんだけどな、などと、何だか少しだけ楽しそうに続け、ティーポットに葉を入れ、紅茶を煎れ始めた。
お湯はカップで一度冷まし、そして、渋みを出しすぎないよう、細心の注意で。
「紅茶ぐらいは煎れれるんでね。ほら、お前さん好きだろ」
「……何よ、慰めかしら?」
「自惚れんな。ただの自慢だ。紅茶の煎れ方はコレでも結構自信あるんでね」
澄んだ綺麗な色をした紅茶が入ったティーカップを、しかしやっぱり粗野な彼の性格は反映されているのか、レオはソーサーにおかずそのまま差しだした。
彼の言葉とその仕草に、思わずアリサは笑ってしまい、両手でそのカップを受け取る。
「あつっ」
「手がかじかんでんだろ、そりゃ熱いわ。それだけ冷え切ってるってことだな」
段々と暖気に溢れてきた食堂の空気を感じ、アリサはその言葉には何も返さずに紅茶を一口口に含んだ。ストレートで飲んでるはずなのに、渋みもあまりなく、何処かほのかに甘いその味に思わず笑みがほころぶ。これでも紅茶の煎れ方には自分も自信はあったのに。
悔しいことに、これは、素直に美味しい。
そんなアリサの反応に満足げに頷いたレオは、自分も紅茶を口に運ぶ。
そして、さっきの言葉と同じく、唐突に彼はまた新たな言葉を口にした。
「剣って、かっこいいと思ったことないか?」
「……剣?」
いきなり何を言い出すのかと、目の前の槍使いであるロードナイトを見つめるアリサ。
彼女の反応に、会話に乗ってくれることを察したのか、レオは続きを話し始める。
「そう。剣だ。早く、苛烈に、それでいて強烈に一撃を加える。こういうの憧れるのって、やっぱ男だけなのかね」
「理解できなくはないけれど……一つだけわかるのは、あなたの言葉の出始めは相変わらず意味不明ということね」
「そりゃ残念だ。一流の剣術師とか凄いぜ。自分の身長ぐらいもある大剣を振り回し、時には薙ぎ倒して、時には斬り倒して。かっこいいよなぁ」
まるで子供のように熱っぽく語るレオを、アリサは何処かぼんやりと見つめていた。
いきなり彼が話し出すことには慣れてるとはいえ、彼がいきなりこんなことを語りだした理由もわからないし、そもそも話の主題が見えてこない。いや、主題は剣についての薀蓄だろう。自分にはあまり理解できない話だが、毎日が戦闘の連続である自身としては、確かに聞いておいて損はない話なのだろう。
ただ、彼の表情が気にかかる。ただ語っているだけなのに、まるで我が身の活躍ぶりを話すような朗らかさ。
だが、そうだとしたら、何故。
「何故……」
「こう、ズバァアアアっと―――って、何だよ?」
ふっと沸いた疑問は、しかし止まることなく、彼女の口からすべり出た。
「何故……あなたは、剣を手に取らなかったの?」
騎士の上位職、ロードナイト。
騎士の誉として、騎士としての全てを吸収した者にだけ与えられる称号。そこまで剣についての憧れがあったなら、剣を学べばよかったはずだ。
だが、彼が手にしたのは槍。片手剣でも、両手剣でも、騎士剣でもなく、槍。
「手に取ったさ」
「……槍使いじゃ、なかったの?」
帰ってきた答えに、更に眉をひそめて彼女は訊き返す。剣を手に取ったのなら、何故槍に、変わったのだろう。
その答えは、昨日は雨だったよな、といわんばかりに、さらりと返ってきた。
「左手、握力なくなっちまったんだわ」
「……え?」
思わず彼の手元を見つめてしまう。今まで一切、そんなことには気づかなかった。そんなそぶりさえも見なかった。
しかし、はっとしてアリサは今までの記憶を掘り起こす。槍を持っていた手は何手だ。利き手云々だと思って見落としていた。ならば、他に重いものは――――思い返す中、すべて、右手で持っていた。
今この場だけでも、カップがもたれているのは右手。先ほど重いやかんを持っていたのも、そういえば右手。左手はカップぐらいしか持っていない。
アリサの動揺をよそに、やはりレオは、そんな彼女のことなどまったく関係なしといわんばかりに言葉を続ける。
「剣ってのは、左手が一番重要なんだわ。どうしても柄の部分を左手で支えなきゃならんし、片手剣でも、名前こそ片手だけど、実際は両手を使えなきゃ完璧には扱いこなせないからな。両手剣だとなおさらで、持つことすら不可能ってわけでなぁ」
「ちょ、ちょっと、それって……」
彼が使うのは片手槍と呼ばれる種類の槍で、いつも右手に握り締めていた。左手は腕に固定装着できる型の盾を装着し、掌自体は動かしていない。
彼の今までの戦闘スタイルを思い出しながら、あまりにも意外な事実に呆然としたままアリサは彼の言葉を聴き続ける。
「その点、槍は片手でも何とかやれてな。重い両手槍は扱えなかったけど、片手の槍なら重さもそこまでないし、訓練すりゃ使えてな。もう半分意地で使ってたなぁ」
その槍一つで騎士の誉れといわれるロードナイトの位を収めたギルドメンバーは、紅茶をぐびぐびと飲みながら普通の世間話のように自らの過去を語る。
その語る真意は、瞳に写さないまま。
「んで、気づいてみりゃこんなトコまできちまってなぁ。あれから頑張っては見てんだけど、左手の握力はいつまで経っても戻んないし、あぁ、これが俺の限界かぁってな。そう諦めちまえば後は早かったぜ。俺は頭悪ぃから魔術師にはなれない。左手使えねぇからアサシンやハンター、ブラックスミスにもなれない。プリーストなんて柄じゃねぇのは自分でよくわかってた。残されたのが騎士だった、ってのもあったんだけど」
紅茶が空になったのか、ありゃ?、と声を漏らし彼はカップに視線を落とす。もう一杯飲む気には流石になれないのか、カップを脇にどけ、
「それでもやっぱり、俺は、騎士が好きだったんだよなぁ」
その言葉にどれだけの意思がこめられていたのか。
アリサは、はっと息を飲み込み、けれど、何も言葉を返せなかった。だから、彼を見返す。
目の前に座る、190センチを越す巨体。いつもは鎧に隠され、見えなかった彼の肉体。軽装だけでは隠しきれないほどに各地に刻まれた傷、筋肉を締め付けるように常時巻きつけられている包帯、顔にまで至る傷。
彼がどれほどまでに自分の体を酷使し、拷問とすら呼べるような訓練を行い続けてきたかを証明するのに、これ以上ない証はなかった。
「まー、俺だけじゃないんだけどな」
カップをもって立ち上がり、そのまま流しへと運んでいく。いつも当番制で荒いものなどされているが、こんな深夜に飲んだカップぐらいは自分で洗わないといけない。
「寝込んでるフィンだって聖魔法打てないし、ゴスペルだって歌えない。シャルなんかある意味もっとひでーよな。理屈や理論をすっ飛ばして真理に達するために、わざわざ偶像として形を当てはめられた神様とやらを、その理屈や理論で証明しよーとしてんだから」
考えてみりゃ、ほんと変なヤツばっか集まってるよな、このギルド。まぁ、マスターがあれだし、しゃーねぇのかねぃ。
カップを洗い流す水の音と共に、本当に気負いの欠片もない言葉が水のように流れてくる。さらさらと、耳を抜け、心にたまっていく。
「まー、そんなギルドだから」
水を切り、カップを拭く微かな音が聞こえた。ただ、火を消す音は聞こえない。
火を消さないまま、声は流し台から部屋を横切り、出口へと続いていく。
「魔法を打てないウィザードがいても、別に問題ないんじゃね?」
「……っ!」
その言葉は本当に何気なくて。がはは、と、彼が笑いながらいつも言うくだらない軽口と同じ響きで。
だから、危うく聞き漏らしてしまうところだった。彼の一番言いたかった言葉を。
「なんなのよ、いきなり……」
けれど、声が聞こえたときには既に彼の姿は廊下の奥へ消えており。温かく燃え広がった暖炉と、一口口を付けられただけの紅茶が残された。
初めて持ったときは、まるで掌が痺れるかのように熱かったティーカップを、アリサはもう一度手に取った。しかし、もうとっくにその紅茶は冷め切っていて、ぬくもった今の掌にはその冷たさが少しだけ鋭利に感じられた。
冷めた紅茶が入ったティーカップを持ったまま、アリサは、言葉とは裏腹に、少しだけ小さく微笑む。
「物凄く遠まわしな慰めして……ほんと。いつもは頭まで筋肉でできてるみたいなのに」
自分の淡い微笑を移す紅茶の湖面。その湖面に口をつけ、アリサは誰にともなく、小さく何かを呟いた。
その呟きは、誰もいない暖かな食堂に響き渡るまでもなく暖気に解け、そして、アリサは。
「……美味し」
名残惜しげにぺろり、とピンク色の舌で唇を舐め、大きく背伸びをする。テーブルに置かれたカップの中身は空。
冷たくても美味しさは損なわれなかった紅茶の名残味を舌先で転がしながら、くるり、と食堂を見渡す。そしてそのまま、やはり先ほどと同じく、誰にともなく呟いた。
「一から、見直してみようかしらね」
今度は、少しだけ、自分に言い聞かせるように声をこめて。
とりあえずは、もう少しだけ頑張ってみよう。話は、それからだ。
また詰まったときは、紅茶でも煎れさせてみよう。剣の話にも、少しだけ付き合ってあげよう。
そんなことを考えながら、何だか名残惜しい気がして、カップと暖炉はそのままにアリサは食堂を後にした。