Scene16

 LP続き、ということで、Sceneは16から。何のこっちゃと思われるかもしれませんが、CDLの一話扱いです。

 何だかんだで結局のびてきてましたが、ここにてようやく幕が上がります。



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「テステス。こちらカヴァク。応答求む」

 六台のモニターに、合計十を数えるコンピューター端末を回りにずらりと構え、カヴァク=イカルスは口元に添えられたインカムへと声をはきつけた。彼が座る椅子の前方三面にモニターが鎮座し、左右に一つずつ設置されている。そして、前方三台の上の壁に直接取り付けられたモニターが最後の一つ。そのどれもが薄く発光しているので、他の光の反射を防ぐため灯りを消しているにも関わらず部屋は仄かに青い光で照らされていた。足元で起動し続ける十の端末が、それぞれキュリリリリと音を響かせ続けている。
 舌なめずりを、一つ。中秋に入った風が首もとから入ってきて、背筋が震えた。

「こちらラウレル。スタンバイ」
「こちらトリス。準備できたよ」
「こちらアルマ。こんなもんでいいの?」
「こちらイレンド。で、でも本当にいいのかな?」
「こちらセニア。準備はできています」

 耳に装着したヘッドフォンから、それぞれ五人の声が返ってきた。前方三面にはそれぞれ、トリス、アルマ、セニアの視点が表示され、左右にはラウレル、イレンドの視点で映像が写されていた。バストアップの映像が映っていたため、右手のキーボードを操作して画面を後退させる。
 照準やよし。ヘッドフォンを装着しなおし、カヴァクはもう一度その椅子に深々と身を沈めなおす。手が震えているのは、寒さか、緊張か。落ち着け。震えるほど、空気はまだ冷たくはない。モニターの奥に鎮座する緑色の結晶を遠めに見やったまま、大きく深呼吸をする。

 五人に取り付けた、小型カメラ。そのカメラを通して送られてくる視覚情報は、五人がそれぞれ見ている視野をそのままこちらのモニタに運んできてくれる。今まではどうしてもとれなかった、リアルタイムでの連携戦術を磨くためにと考案して作成したミニシステムは、本日を以って完全か否かの判定が行われる。
 今からが、その最終試験。

「おーけい。それじゃあ」

 口調は出来るだけ、いつもどおりに。皆の命を握る自分が震えてはいけない、怯えてはいけない。
 チェスと同じだ。たまに駒そのものを見間違えたりすることはあるものの、そういう自分のポカも含めて全て一切合切操ってきたじゃないか。
 自分ならば、カヴァク=イカルスならば、やれる。

 五つのモニターの、先に映る、一つの黒い影。
 青錆色の髪に、赤いスカーフ、濃い紫の戦闘衣装に銀の戦闘防具。両の手にカタールを嵌めこんで、こちらを静かに睥睨してくるその双眸。
 唾を一度、飲み込んで。

「攻撃目標――――エレメス=ガイル。スタート」

 号令を、飛ばした。



その子らは夢を見る。長く長く夢を見る。
そして夢は夢を見る。遅く遅く夢を見る。
そして、夢は幕を上げる。



 蒸し暑い夜の空気が、彼の存在の鬱陶しさに拍車をかけた。

「……はぁ? エレメスさん、脳みそを蒸留水で洗浄した後もう一度言ってくれますか」
「カヴァク殿、何故いつも拙者にだけそう冷たいでござるか」

 姉であるセシル=ディモン譲りのきつい目つき、というよりも、半眼気味のじろりとしたカヴァクの視線を受けてエレメス=ガイルは僅かにたじろきながら乾いた笑みを浮かべる。胸当てと軽鎧を外しているにもかかわらずカヴァクがいつもよりやや疲れ気味なのは、タートルネックになったインナーを着続けているせいだろう。暑さに耐性がないのなら、別の衣装に着替えればいいのにと思わなくともない。
 と、いつものもっさりとした長髪に暗紫の戦闘衣装、銀の装飾具と夏の夜に見るには耐え兼ねない格好をしたエレメスは、自分のせいだとは欠片も思わずに手元の紙面を渡した。くるくると回転させていた椅子をぴたりと止めてその紙を受け取る。
 その紙面を、カヴァクの視線が舐める。下へと映るにつれて、カヴァクの半眼が更に細くなっていく。

「これはエレメスさんが?」
「拙者では、せいぜいこれが限度でござる」
「へぇ……」

 紙面を見て、小さく簡単の息を漏らした。
 記号、文字、様々な種類の言葉を駆使して書かれた文字列の羅列で埋め尽くされた紙面。エレメスの顔と見比べながらカヴァクは顎に手を当てながら目を滑らせていく。
 いくつもの法則と規則で書き連ねられたそれは、カヴァクが時々自分の機材を調整するときに用いるそれと同じように見えた。

「これだけじゃないね、他にまだあるんでしょ?」
「どうしてそう思われるのでござる?」
「まだこれ、不完全だから。……あ、待って。これを繋ぎとして捉えれば……」

 汗で張り付いた前髪を書き上げて、一言唸って更に紙面を顔に近づける。
 そんな風に考え込むカヴァクに、苦笑にも似たものを浮かべてくるりと首を回した。自分の立ち位置上、今まで全員の部屋に入ったことがあるが――――この部屋程、煩雑という言葉が似合った部屋をまだ見たことがない。煩雑、というより、混沌というべきか。様々なものが種類分別問わず混ざり合っているせいで、それすらも一種のアートかと見間違えてしまうほどに。
 カヴァクの親友であるラウレル=ヴィンダーの趣味に似たメタリックカラーの本棚があるかと思えば、姉から譲り受けたであろう薄桃色の本棚カバーが景観など壮大に無視して雑にかけられていて、そしてその布を固定しているのが、いつからそこに鎮座しているのかわからないほどほこり塗れた招き猫だったり。

「……」

 しかしアレは本当に招き猫だろうか。何だか本棚にべったり寝そべって今にも死に掛けたような色をしているし。おそらくアルマイア=デュンゼあたりに騙されたのだろうなぁなどとそのときの光景がまざまざと想像できてしまう。

 ――――何と何とっ、ただあるだけで矢の命中率があがるという不思議なたれ猫っ、今なら何と友達価格でたったの二十万ゼニーだよ! どう、カヴァク?
 ――――何だってー!? これがあのかの有名なリビングデッド垂れ猫! アルマイア、これはいくらだい、即決価格で買わせてもらうよ!
 ――――いや、だから二十万ゼニーだってば。

「ありえそうでござるなぁ……」
「ん? 何か言った?」
「ああ、いや、何でもござらん。こちらの話でござる」

 どうやら考え事が口をついて出ていたらしい。ゆるゆると首を降って、へらりと笑みを浮かべた。
 しかし、どうにもこのアンバランスな家具といい、足元で振動音を響かせている機械端末といい、本当にこの部屋には統一性というものがないと思う。自分のカラー、というものが、ない。何でも取り入れ、何でも飲み込む。カヴァク=イカルスという人物の本質が少しだけ、伺えるような気がした。

「これ」

 思索に耽っていると、全てを読み終えたのかカヴァクがこちらを向いていた。

「何かの、収集?」
「……もう解ったのでござるか?」
「起動チェックも何もしてないから詳しくはわかりませんけど。ただ、同じ記号……たとえば、これ。ほら、これがここにも……あと、ここにも。こんな風に、終了までずっとリレー方式につないでいるから……そしてここで終了。この記号が次に何処に運ばれるかは解らないけれど、この一端だけ見れば、ただ同じ値をどんどんと引き継がせてるようにしか見えません」
「ふむふむ」
「ここも。この……アギリティ?」
「……アジリティ、でござる」
「むぅ。細かいですよ、エレメスさん。そのままじゃいつか禿ますよ」

 恥じることなど忘れたように、自分のミスをさらりと流しながら、

「呼び方なんてどうだっていいんです。視覚認識、聴覚認識、何だっていい。そうやって認識さえできれば、他は全部シグナルでしかないんですし」

 それより、と、言葉を切って、カヴァクは半眼をじろりとエレメスのほうへと向けた。

「今更なんですけど……これをぼくに見せた上で、さっきの言葉をもう一度言ってもらえませんか」

 やっと話が本題に戻った。
 蒸し暑い空気をかき回すかのようにファンを響かせている機材を、エレメスは静かに指差した。その指先を追ってカヴァクの視線が動く。
 最初は空白、そして、一瞬の後にはっとカヴァクの瞳が揺れる。言われた言葉を頭の中で反芻したのだろう。エレメスの口端が、小さく笑みの形を描いた。

「その紙面を使って――――戦術プログラム、作れると思わないでござるか?」
「……エレメスさん、それ本気で言っていますか?」
「短時間で解読した地力があれば、不可能な話ではないと見るでござる」

 未だ胡乱気にこちらを見やるカヴァクに、エレメスは言葉を続けた。

「二階部の皆は、三階部の我々に比べて個々の戦闘技術がどうしても劣ってしまう。別にそれが悪いというのでもないでござる、が、それでも、いつも皆のことを案じているのでござるよ。だから……と、そんな目で睨まれても困るでござるよ。これは事実だというのも、カヴァク殿なら解っているでござろう? 今までも、六人がかりで拙者に傷一つつけれないことのほうが、圧倒的に多かったのでござるから」

 口元を引き締めたエレメスは、どうしてか、それ以上の反論を許してくれなさそうに見えた。面白くなさそうに、カヴァクは肩で息を抜く。

「確かにそれは、認めます。面白くないけど。普段の模擬戦でもいいようにやられてるし。……けど、それはそもそも僕らの基礎数値が圧倒的に違うからじゃないんですか?」

 基礎数値。
 たとえば、青年と少年の骨格の違い。たとえば、男性と女性の腕力の差。

 そして、メインインターフェースと、予備インターフェースの差。

 カヴァクの言った言葉に深い意味がないとは知りつつも、何だかそう言い当てられてしまったかのように感じてしまう。元来鋭いところがあったこの少年に言われたから、なのか、それとも。まだ手の中には、セシルの胸元を貫いた錐の感覚が残っているから、なのか。

 僅かに感じた動揺を心の中に押し留め、エレメスは小さく笑ってカヴァクに答える。

「基礎で勝てないなら、工夫を施せばいいのでござるよ。一対六、人数の差は十分。ただ我武者羅に一人一人向かってくるのなら拙者もたやすいのでござるが……皆程の力量のものが、六人それぞれ連携されて動けば、あるいは」
「打開方法を打開すべき相手から言われるほど世話のないこともないですけどね。けど、何でそれでぼくなんですが。こういうのはぼくじゃなくて、セニアの役目でしょう」

 二階部で暮らす自分たちの幼いリーダーを思い浮かべながら、カヴァクが口を挟んだ。
 それを聞いて、エレメスは浮かべていた笑みを少しだけ濃いものにして目を細めた。

「セニア殿は……セイレン殿に似たのか、どうにも実直な上に実践型で。ひたすらに基礎力を固めようとして、実践する理論がないのでござるよ。セイレン殿はそれを克服できてしまうほどの力を手に入れているでござるが……セニア殿には、まだそれを活かしきれるだけの力がないでござる」
「理論……理論、ねぇ」

 なるほど、だからぼくに持ってきたのか。言外にそんな言葉を響かせながら、カヴァクは小さく呟きながら脳内でいくつかのピースを組み立てていく。
 エレメスがこちらに見せたカード。一つ、戦術プログラム作成の提案。一つ、自分に見せた収集プログラムの欠片。一つ、いつもの模擬戦の結果に、その原因の言及。その打開方法。
 そして、そのことを自分に言う理由。
 いつもふざけていて軽薄で、語尾に変な言葉をつけて、あまつさえ、自分の姉に殴られてはいるものの何故か気に入られているこのアサシンクロスを一度たりとも好いた憶えなどはないが、この人物がやる行動に一つとして無駄というものが存在しないことは、肯定材料など一つもないが、直感的に、無意識的に知っていた。この男のことを、好きになれない理由の一つでも在るけれど。
 
 エレメスの顔から焦点を外し、足元にある機械端末を見やる。そうか、いつからここにあるのか、何故自分が使えるのかも知らずに、とりあえず使えるからいいやと使っていたのはいいものの――――。
 これが、この日のために在ったとするならば。

「……流石に出来すぎだよね」
「カヴァク殿?」

 目の前の男に一切無駄が存在しないことも、まるで理論が服着て歩いてるようなことも把握している。けれど、そこまで考えが行くのは恣意的すぎる。その考えが適応されるとなると、まるで、自分の行動すら全て、彼が掌握しているようなものではないか。

「わかりました。で、ぼくは何をすればいいんです?」

 自分を把握されるのは、好きじゃない。素直じゃなさすぎるが故にある意味物凄くわかりやすい姉を反面教師にしてきたこの少年は、頭を振ってエレメスを見た。

「先ほど渡した紙面の内容、あれを完成させることはできるでござるか?」
「完成させるだけ? ……んー、それなら、一月あれば」
「一月? たったそれだけでいいのでござるか」

 驚くように言うエレメスに、カヴァクはとりわけ何も示さずに頷く。

「目的は戦闘データの収集と、それからの戦闘連携の構築。そんなとこですか?」
「連携については、初期の動き方のところを拙者も付き合うでござるよ」
「……えー」
「な、何でござるか、その不満そうな顔は」
「そのままそっくり不満なんですが。連携がばれたら模擬戦の意味がなくなるわけで」
「いや、模擬戦というのはあくまで模擬というのであって……」
「あくまもアンデットもないです」

 どうせこの人のことだ。彼が介入しようとする理由は、自分たちが無茶しないようにとか、そんなところだろう。いや、自分たち、というよりは、特に。

「自分の妹が怪我するのが、そんなに怖いですか?」

 ぐ、と喉に餅でも詰まったかのような顔をするエレメスを見て、カヴァクは内心で舌を出した。
 早い話が、このシスコンは自分の妹が無茶しすぎるのを心配しているのだ。そして、エレメス相手の模擬戦で、幼馴染であるあの悪戯好きな子が無茶をしないわけがない。率先して自分から先鋒役を買ってでるだろう。彼の心配など、適当にあしらいながら。
 けれど、彼女が表面上、エレメスの心配を軽く流しているようには見えるものの、その実、自分の兄からの気遣いを、心地よく思っているのも、知っている。個人的に凄く面白くない。
 そしてその上、姉までたぶらかしていると来た。無駄がなくて理論だけで動いているこの男は、そこには全く持って無頓着なのだから。

 ああ、面白くない。全く持って面白くない。
 だからこそ。

「一月。それから連携理論を組み立てて実戦段階までもっていくのに、もう一月。それが終われば、エレメスさん」

 じろり、と睨みつけてくるカヴァクに少したじろくエレメス。

「あなたを、完膚なまでに叩きのめして見せますよ」

 色々と、腹立たしいし、面白くないから。
 その理由もわかっている。つまるところ、結局は。
 自分もただのシスコンだったというわけだった。


 そして、結果として。
 カヴァク=イカルスを参謀、指揮官とした二階部メンバー六人の編成パーティーは、エレメス=ガイルを相手にして。

 完膚なまでに、惨敗した。
 二階部即席パーティー初陣は、そんな風に幕をあげた。
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by Akira_Ikuya | 2008-01-19 19:26 | 二次創作


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