Epilogue0

 こっそり出来上がっていたエピローグ。間をうだうだ空けてもしゃーないので、昨日から続いて一気に投下。



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 ロードされていたモジュールが終了を告げる。彼の金色の瞳に優しげな色が舞い戻る。
 けれどそれはもう時既に遅くて。
 胸に突き刺された短剣が、まるで何かの墓標のように見えた。

「ねぇ、エレメス」
「何でござろう」

 マーガレッタは荒い息を一つ吐いた後、できるだけ流暢に言葉を紡いだ。喉奥からこみ上げてくる血を顔色変えず全部飲み干す。血を失って多少顔は青ざめているものの、それ以外はまったくといっていいほど平時の彼女の素顔だった。
 しかし、それは彼女からしてみれば、まったくのやせ我慢でしかない。今だって本当は血をタイルに吐きつけたいし、苦しいと、悔しいと、泣き叫びたい。生きたいと、叫びたい。

 けれど、虚勢を張るしかないじゃないか。
 今までだって、他のメンバーには見せてないだけで水面下であらゆる努力はしてきたのだから。皆から一目置かれる存在となるために、たとえ皆があわせてくれていただけだとしても、憧れていた「お姫様」でいられるために。
 お転婆だと回りに言われていたのに、ここへ来てからはどんなときでも楚々と振舞い、料理だって覚え、ふざけてとはいえ自分を姫と呼んでくれる人さえできて。
 普段は従者でしかない彼は、滅多なことがなければ彼女に触れることなんてなかった。触ってこようものなら、どんな気持ちの上にも蓋をかぶせて聖なる十字架を降らせていたのだから。

 そんな彼に抱きかかえられて。
 赤い法衣を更に赤い血で汚しながら、マーガレッタは、ほぅ、と息を吐いた。

「何故でしょうね。不思議と、痛くないものですわ」
「……左様でござるか。そう言っていただけると、僅かに心が安らぐでござるよ」
「嘘ばっかり。……ふぅ。声、震えていますわよ」
「そういう姫こそ」

 喋る度に口内を汚してくる自らの血が鬱陶しい。
 もうすぐ記憶も何もかもを手放して消え去らなければいけない。だから、少しでも長く、今を感じていたいのに。自らの中を流れている血は、そんな彼女の僅かな願いさえ打ち消してしまうのか。自らを形成している、この命のように。
 マーガレッタは双眸をゆっくりと閉じて口元に柔らかい笑みを浮かべる。

「わたくしはいいのですわ。ふふ、エレメスが言える言葉ではありませんしね」
「それは。……卑怯というものではござらんか」
「ええ。卑怯にでもなりますわよ。………わたくしの全てを、奪ってしまったのですもの」
「……」

 皆に被害がないように。そして、エレメスが自分を殺すことがないまま終わらせるために。そのために聖水を用いて、エレメスの体の中にいる毒への抗体との拒絶反応を狙ってみたのだけれど、結局はそれも叶わなくて。【監視者】という役割のまま、自分は記憶を握り締めたまま彼のことを追い続けた。ただ、追い続けていた。見続けていた。
 彼は何も気づいてはくれなかった。自分が監視者だということも、記憶を持ち続けていることも、そして、彼のことを遠くからずっと見つめていたことも。
 鈍感だと、彼のことを蔑む人がいるかもしれない。事実、自分だってそう思った。

 けれど、今日、彼の言葉を聞いてそれは違うのだと確信できる。
 鈍感なことなんてない。鈍いわけでもない。ただ不器用で、一つのことしか見えてないだけだ。ただかたくなに、そのたった一つの約束を守ろうとしているのだろう。

 だから、マーガレッタはエレメスを見上げながら、口元に笑みをたたえる。

「少しぐらいこういうこと言わせて……こほっ、もらっても、構わないですわよね」
「姫、これ以上喋ると―――」
「短剣を胸に刺しておいて……これ以上も何も、ないでしょうに」

 その言葉を聴いて、エレメスは口の端を噛み締めた。
 胸に自壊プログラムを突き刺したところで、すぐには殺せない。もう何百回も殺してきた中で例外は一度もなく、皆が皆、死ぬまでのひと時をこうして自分を殺した者と会話することを望んだ。
 自分を殺した相手なのに。何故か皆、語りかけてきた。

「エレメス。覚えておいてくださいな」

 マーガレッタの言葉が静かに響く。エレメスはその続きを聞きたくなくて、マーガレッタを抱きかかえたまま彼女から視線を逸らした。
 それが彼女の最期の言葉になるだろうというのは、容易く想像できたのだから。その言葉に響く音色など、聞きたくはない。

 あの美しい唄を紡いだ声音が、絶望に染まる様など見たくはない。

「何でござるか」

 諦めの中に決意を見出した者もいた。自分のやったことに、自分たちのいる環境に悔いるものもいた。そして、新たに授かる命の前に、記憶の漂白という現実に、絶望する者もいた。
 取り乱して泣くなどはまだ可愛らしいものだ。何度、狂騒を浮かべたまま息絶えた友の顔をその胸に抱きしめただろう。
 暗殺者の頃のように、人を殺しても動揺しなかった―――動揺するということを知らなかった自分が、今となっては羨ましくもあり、けれど、今こうやって大切な人を失う悲しみがある自分が、切なく思う。

「エレメス、聞きなさい」
「っ」

 彼女の―――見かけによらず、家事によって少し荒れた指先がエレメスの頬をなぞった。

「わたくしは―――あたしは」
「姫……?」
「あたしは、あなたを決して認めたわけじゃないです。あなたが求めているのは、あたしが主なる父を追い求めるのと同じようなもの。そんなものは、見つからない、見つけられない」

 語調が変わったマーガレッタを、不思議そうにエレメスは見下ろした。
 自分の腕の中に抱いた彼女が、今までのマーガレッタと重ならない。姫という偶像として重ねてきた女性は、果たしてここまで凛然としていただろうか。

 聖母のような歌声を響かせたたおやかな彼女と、血に染まった法衣に身を包んだ凛然とした聖女。

「それは―――そんなものは、ロイ・カ・オルフの聖典でしかありえない。人は楽園を求めれなかったからこそ、嘆いていたのに。オルフの兄、ルゼルのように」

 どちらが彼女の本質などとは言うまでもなく明らかだった。
 彼女は、マーガレッタ=ソリンは、ここにきて初めて自らを明かしているのだ。そして、全てを託そうとしている。自分を看取るものへ、自分の理想と思想を奪い、自分の命を奪い、けれどその先を見つめるものへ。
 エレメス=ガイルへと。

「けれど、あなたはそれを探すのですね。エレメス。エレメス、ガイル」
「―――それが、約束だから」

 湧き上がってきた疑問を、それ以上の決意で押さえ込めてエレメスは声を紡いだ。彼女を抱いた腕に、僅かに力がこもる。
 今まで浮かべていた空虚な面持ちを消して、じっ、とマーガレッタの顔を見つめる。マーガレッタも、その朱の瞳をエレメスへと向けていた。
 言うべき言葉を考える。マーガレッタの顔の色はもはや青白いを超えて蒼白になっていた。もう、長くはない。

「マーガレッタ」
「はい」

 こんなとき、自分の浅薄な頭が恨めしい。何十年生きようが、記憶をいくら蓄積ようが、所詮は自分だということか。
 死に行くものへ、自らを恨むものへ、かける言葉がわからない。沈黙とするか。否、それはマーガレッタが望んでいない。せめて、彼女が望んでいる答えを。
 彼女が安心して死んでいける、答えを。安心して死んでいけるだけの、覚悟を。


「―――絶対に、忘れない。お前のことを、マーガレッタのことを」


 浮かんでくる言葉はどれも詭弁めいて。
 エレメスが言った言葉は、何処までも身勝手で、何処までも、正直だった。 

「……ほんと、酷い人」

 ぱちくりと目を瞬いて。
 マーガレッタはそんなエレメスの言葉を聴いてくすくすと笑みを零した。そして、薄く濁ってきた双眸をエレメスへと向けて、何とか彼を見ようと首を上げる。金色の彼女の髪が、ゆらりと彼の腕をなでる。

「あなたが何を抱えているかなんて――――あたしは、知らない」

 本当に、何も知らない。
 自分にとっての現実と理想と信念を全て奪い去ると明言したこの男の事情を、自分は何も知ってはいないのだ。
 知りたくないと言えば確かに嘘になる。どうせ自分が死ぬ運命だというのは日記を見たときに全てを悟っていた。だからこそそれが続くよう、ずっとずっと続くよう、そんな理想を抱いて生きてきたのに。
 それを早めてまで、ずっと続く箱庭を壊してまで彼が追い求めているもの。そんなものがあるのなら、是非とも聞かせてほしいものだった。
 それでも彼は、何も言わなかった。ただ、悲壮なまでの決意を、曝け出しただけだった。

「だけどね、エレメス」

 その決意は、何処までも彼の独り善がりなものでしかないかもしれない。
 一言も内容を言わない、彼が言う『約束』。その約束が利己私欲めいたものじゃないと、誰が言い切れる。

 ――――などという思考をもつのは、意地悪だろうか。もはや朧が霞む思考の裏側で、マーガレッタは薄く笑みのイメージを作った。
 もう自分が目を開いているか閉じているかすらわからない。深い深い闇へと、落ちていくような感覚。抱き抱えてくれている彼の腕の感覚が、背中から消えた。

 ああ、けれど、この言葉だけは言わないと。

「あたしを奪うなんて、調子のいいことを言っていましたけど」

 あと、一小節。
 エレメスの耳が自分の口元に近づいたのが、彼の長い髪の毛が顔にたれる感触でわかった。

 どうか、声よ続いて―――――。


「過去に縛られている人なんて、こちらから――――願い下げ、ですわ」








 その唄は、いつも厨房から聴こえてきている。







 調子外れたその唄は、もはや原型が何かすらわからない。いつも厨房の方からスープの香とともに空気に乗って流れてくるその唄の歌詞も、タイトルも、歌い手は何も教えてはくれなかった。

 今日も、その歌い手は、料理がまったくできないマーガレッタ=ソリンの代わりに厨房に立つ。
 青鋼色の髪の毛を、赤いスカーフで後ろの束ねて。

 もう、マーガレッタ=ソリンは料理はできなくなった。当たり前だ、蓄えていた料理の知識が消えてしまったのだから。
 もう、マーガレッタ=ソリンは楚々とすることを止めてしまった。当たり前だ、虚勢を張るということを忘れてしまったのだから。
 もう、マーガレッタ=ソリンは記憶を蓄積することはできなくなった。当たり前だ、プロテクトを解除する日記を燃やしてしまったのだから。

 マーガレッタ=ソリンの全てを奪ってしまった歌い手は、ことこととジャガイモを煮込みながら調子はずれにその歌を歌う。

 歌い手は奪う理由を教えなかった。
 たとえ理由を全て洗いざらい話したとしても、それは決して免罪符とはなりえないと知っているから。どちらが正しいも、どちらが悲劇的かも、そんなことは関係ない。どちらもそこらにありふれた悲劇で、どちらも、決して譲れない理想の果てだから。
 主なるオルフは楽園を求めて道を外し。兄であるルゼルはそんな彼を嘆いて平穏を求めた。

 だから、言わなかった。死に行く彼女が自分に対して負い目を背負わなくていいように。

「―――やっぱりあんたね」
「おや?」

 後ろからかかる声に、歌っていた唄をとめた。楽園を求めて道を踏み外した、主なる父が犯したたった一つだけの過ちを謳ったその唄を。
 彼は後ろを振り向いた。彼女が求めた明日を殺し、その先へと向かうために約束を交わした相手の声が、聞こえたから。

「セシル殿、夕食の時間はまだでござるが……」

 エレメス=ガイルは、彼女を見つめて、そんな風に小さく微笑んだ。
 明日のその向こう側にあるものを、見つめながら。


Continued on 【Scene11】
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by Akira_Ikuya | 2007-10-31 18:09 | 二次創作 | Comments(0)


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