Scene0-6

 試験終わったら書き上げる予定だったのに、予想外に学園祭が忙しかったのでここまで伸びてしまいました。そんなわけでdat最終話。残るはエピローグだけです。



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貴方が永遠なんて求めなければ、
私は、貴方の足を奪ったりなんて決してしてはいなかったはずだ。
それでも貴方は、無い筈の両足で、私の傍を離れてしまったのだ。

 ――――ルゼル・イオ・リプカの嘆き、第六章。忘却より



 澄んだ歌声が聞こえる。セイレーンのような流麗な声音に、自分の足はまるで手繰り寄せられるかのように勝手に動いていく。
 手を強く強く、握り締めた。一歩踏みしめ、二歩上がる。歩く足はゆっくりと、けれど、何処までも力強く。自分の心の責に負けないよう、せめて体に張る力だけは何処までも強く。
 自分の意思で、その足を進めよう。

 進めた先に見えた未来に、決して心が負けないように。

 いっそこれが外部出力による自動プログラムだったら、どれだけ気が楽だろうとは思う。セイレンたちのように外部プログラムに支配されてしまうことが、果たして幸せかどうかはわからない。けれど、今このとき、処刑人と、裏切り者となる自分にとって見れば、その殺戮の間の忘却はとてもとても素晴らしいものだと思うのだ。
 けれど、それでは救われない。誰も救われない。誰も、救えない。
 人を救いたいと思うならば、人の意思を捻じ曲げてでも果たしたいものがあるというのなら。

 自分の意思で、自分の足で。
 監視者がいるこの楽園を、踏み越えなければいけないのだ。

 螺旋階段を登りきり、センサーが開く。
 無音に近い清音。聖職者のような監視者。賛美歌のはずの、鎮魂曲。
 彼女は、マーガレッタソリンは。
 初めて唄っている姿を彼に見せたときのように、壁にもたれかかって目を閉じたまま唄っていた。彼が来るのを解っていたはずなのに、目を閉じて唄っていた。

 赤い法衣の彼女が、静かに瞳を開けた。
 流れる金色の髪が、唄に誘われるかのように小さく揺らいだ。

 僅かに目を伏せる。捧げる黙祷は五秒。暗殺者であった頃はしたこともなかった神に祈るソレを、彼は祈る神の顔すら知らずに実行した。
 償いにもならない、追悼にもならない。今から、彼女を殺す。それは彼にとっては揺るぎようのない未来で、そしてそれを、悔いる心はない。譲る心もない。だからこそ、目を閉じる。祈る。

 せめて自分が、全てを憶えて歩いていけるように。
 せめて彼女が、全てを忘れて死んでいけるように。

「―――エレメス、ガイル。参る」

 向かって十メートル。囁くように名乗りを上げた彼の声が彼女に聞こえたかは解らない。
 それでももう躊躇はなかった。


 ―――――プロパティ・アジリティリミットブレイク申請。認可。


 減速した世界が過ぎる。加速したその身で駆ける。
 一息でその距離を駆け抜けて、裏切り者を装着した両手を閃かせ。

「……。加護届き、其は唯一の楽園セイフティ・ウォール

 彼女の悲しげな双眸と視線が交わり、刃が彼女に届く直前にその詠唱は終わりを告げた。補助戦闘モジュールにより詠唱放棄された言霊は、その効果を揺るぎも衰えさせずこの世に顕現する。
 二小節はすっ飛ばされたはずだというのに、桃色の壁はこの世の物理法則と完全に乖離され、防御壁の中に入ってきた裏切り者を彼女は愛しそうに柔らかい人差し指で撫でる。その仕草に思わず背筋が粟立ったエレメスは、小さく舌打ちする時間すら惜しく、運動ベクトルが完全に消えてしまった刃を無理やり引き抜いて数歩距離を置いた。鉛のように重い自分の武器がもどかしい。
 セイフティ・ウォールの中は、正直結界と変わらない。彼女の思うがままに物理法則が捻じ曲がっているのだ――――武器を絡め取られれば、こちらは無手となってしまう。

 正面切っての突撃は無謀のようだ。しかし、どうにも違和感を感じる。相手の知覚速度を確かに越えたはずの一撃なのに、今のマーガレッタの行動はあまりにもこちらの動きに対応しすぎていた。
 疼く思考の片隅で、ならば、と彼はスタイルを切り替える。
 物理攻撃が完全に無効化されるならば、外側から防御壁が届かないところへと攻撃すればいい。先が刃のように尖った戦闘靴を履いた右足を、大きくその場で踏みしめた。ぞわり、と揺らぐ足元に連動し、彼は言霊を力強く吐きつけた。

「命ず、走れ」

 茨の杭が彼を中心点に彼女の方向へと一直線に伸びていき、

「一陣の風、其は主なる父の息吹ニューマ

 しかし、その攻撃も彼女には届かない。
 防御壁から優雅に二歩後ろへ下がった彼女は、茨の杭が届く直前に風を発生させて茨の進軍を絡め取ってしまう。そして、僅かに焦点がずれた彼女と視線が合う。少し驚いたような彼女の双眸が伺え、カドリールを握る彼女の右手が僅かに宙を泳いでいた。
 その光景を見て、エレメスは裏切り者を握りなおし、

「やはりな」

 右から回り込もうと足を僅かに開いただけで、彼女の重心がはっきりと左に動くのが見えた。
 こちらの攻撃の手を完璧に知り尽くし、そしてそこに一切の躊躇も見せない最適解の行動。先のグリムトゥースの時に彼女の手が動くのも道理だ。自分は今まで彼女たちと協力して戦うとき、グリムトゥースを打ち込んですぐに相手へと踏み込んでいた。ニューマを敷けば、セーフティ・ウォールは顕現できない。なればこそ、ニューマが消える前に相手の懐へともぐりこむ必要があったゆえに。
 だから、彼女はニューマを敷いたあと、こちらが動いていないのにも関わらずカドリールを振り上げていた。思考ではなくて、既に体がこちらの動きを覚えてしまっているのだろう。だからこそ、戦いづらい。
 アレを見るに、いくら相手に反応できない速度で動いたとしてもこちらの攻撃が無力化されてしまう。彼女の得意な戦法は先日のような奇襲ではなく、しばらく防御に徹した後のあの強力な鈍器でのカウンター狙いの一撃だ。当たってしまえばそこで終わり。ハワードのようなパワータイプではあるものの、彼のように突撃型ではないので、味方としてはとても心強かったというのに。

 ああ、そうだ。それを言えば、彼女と、マーガレッタ=ソリンと戦うのは初めてではないか。今まで自分が戦ってきた彼女は、いつもあの紅い目を燻らせて。灰色のオーラをまとって。

 モジュール312に支配されている彼女ならば、一番初めの一撃でおそらく終わっていただろう。自分の行動に反射的に反応できるのは、セシルのようなスピードアタッカーかセイレンのような一つの武術の境地に生前に達したものだけだ。マーガレッタのようなカウンタータイプのユニットが備えれるほど易しいものではない。
 こちらの手を読み、最適の防御方法を考え、そして、一撃の機会を待つ。モジュールに束縛されない自律行動をしている仲間との戦闘がこれほどまでに拮抗するとは、思っていなかった。

 前を向く。マーガレッタは、動かない。
 カドリールを右手に握り締めたままこちらを見据え、その手はぶらりと下を向き。

 裏切り者を、エレメスは床のタイルに突き刺した。

「……何を?」
「お前と戦うのに、俺はまだ覚悟が足りなかったのかもしれない」

 眉を上げてこちらの行動を見咎めたマーガレッタに、エレメスは静かに告げて短剣を懐から取り出す。
 何の変哲もない、一振りの短剣。先が何かの針のように細く、相手を斬り付けるなどとても出来そうにないソレをマーガレッタは知っていた。けれど、知っているからこそ疑問を抱かざるを得ない。この野戦において、カタールを手放してまでその短剣を取り出す理由が、わからない。
 錐刀を右手に構えたエレメスは、そんなマーガレッタを見ながら言葉を続けた。

「出来れば使いたくは、なかった。――――もうどんな言葉も届かないかもしれないが」

 瞬間的に膨れ上がった殺気に、マーガレッタも思わず半身を引いて身構える。下がっていた右手が引き絞られ、いつでも詠唱を引き出せるように補助モジュールを最大出力で体の中で待機させる。マーガレッタ=ソリンの中に眠る幾千もの記憶が、その全てにおいて警告メッセージを発し続けている。
 それでもエレメスを見つめる瞳は湖面のごとく揺らがなくて、だからこそ、エレメスも、

「……本当は傷つけたくなどないことは、憶えていて欲しい」


 ――――――モジュール004【牙 - ヴェノム】、起動。実行可能状態に移行。


 掌を切り裂いて、己の血で錐刀の刃を濡らした。


 ―――――モジュール1023【処刑者】、起動。パスワード【ブラッディ・ロア】
 ――――認可。

「……」

 マーガレッタは静かにエレメスを見つめたまま、動かない。

 錐刀。アイスピックのように細いそれは、通常の武器としては相手の鎧の隙間に突き通す初撃にしか使えない。ソレを持つのなら、とどめとなる第二刀が必要になってくる。
 けれど、エレメスは錐を右手に持ったまま、左手は無手。それもそうだ、エレメスは元より、左手を使うつもりがない。
 武器を持てばその重りの分、左手の反射速度が落ちる。無手にして、ぎりぎりまで反射速度を高めて。

 左手を犠牲にして、右手でマーガレッタの心臓を貫く。
 方法は一つにして、一撃。

 心臓を貫かれたところで、常人外れた自分たちの素体が絶命するわけがない。だからこそ、このモジュール1023が必要になってくる。
 己の血の中に含まれるモジュール004をキーとして、外部プログラムであるこの錐をマッチングさせることによって生まれるモジュール。その効果は、全てのプログラムの強制停止。

 左手を失って、更なる追撃を頭に食らうのが先か。
 左手を失って、右手の一撃を胸に食らわせるのが先か。

 エレメスは身を低く屈めて、攻撃の構えを取った。セイフティ・ウォールで全ての近接攻撃を無効化されようが何されようが関係がない。この錐刀の尖端さえ相手の皮膚を貫ければ、そこで自分の勝利が確定する。
 エレメスは血にぬれた錐を眼前に掲げながら、マーガレッタに向かって言い放った。

「行くぞ、マーガレッタ。お互い譲れない道ならば、俺は力ずくでも奪い取る」
「物騒な言葉ですわね」

 右手にカドリール、左手にブルージェムストーンを握りながら、彼女はエレメスを睥睨するわけでもなくただ見据えていた。

「お互い譲れない? ええ、譲れるわけないじゃないですか――――平穏に続く日常を、明日を守ることの、何がいけないというのですか?」
「それ自体を悪とは言わない。別に俺は俺のことを義と言うわけじゃない。ただ、誰が守ろうと、俺は明日のその向こう側にある日を取り戻すと、約束したんだ」

 目を閉じて、彼は噛み締めるように言葉を続けた。
 瞼に映るのは、一人の少女の泣き顔。泣きじゃくりながら自分を助けてくれると言った少女。このさえない暗殺者の笑顔が好きだと、嫌いだと言った少女。
 その約束のために、自分は。

「たとえ悪魔の烙印を押されても、俺は、お前の全てを奪う」

 決然と言い放った彼に、マーガレッタは驚いたかのように目を見張った。
 全てを、奪う。この言葉を平時に言われたのならば、どれだけ心揺れたことだろう。いつも何処か腰が引けてて、自分を姫だといって慕ってくれても、それ以上には踏み込んでくれなかった彼。
 その彼が、自分が知らない誰かとの大事な約束のために、善もなく悪もなく自分の全てを奪うのだという。

 マーガレッタは、悲しげに微笑わらった。

 恋焦がれていたわけでは、ない。けれど、もどかしいと思ったことなら何度でもあった。彼と一緒にいると心が揺れっぱなしだった。後一押しされれば、今自分は彼の前に立ってなどいなかったのではないだろうか。それでも、彼は結局のところ自分を見てはくれていなかった。その向こう側にいる誰かを、彼はずっと見つめていたのだ。
 だから、というわけではないけれど。彼女は精一杯の強がりで、彼へと微笑んだ。

「あら、素敵な口説き文句」

 彼といると心が安らいだ。二人きりで飲んだ紅茶は、とてもおいしかった。
 だけど、その心地よかった時間はもう二度と巡ってこない。

 所詮は全てが芝居。彼は自分に付き合ってくれていただけなのだろう。お転婆だといわれていた自分が演じていた、姫というキャストに必要不可欠な従者という存在を。
 そして今、従者を演じていた道化は仮面を剥がし、姫を演じていたヒロインは再び武器を手に取った。

 聖書の中では、二人は決して争わなかった。
 ロイ・カ・オルフは、彼の身を案じるルゼル・イオ・リプカによって両足を捥がれてしまってもなお、決して手を上げなかった。

 しかし、現実として自分たちは刃を向ける。
 彼の言いたい事は、理解できなくもない。永遠に続く明日から抜け出したいと思うのも、無理はない。ましてや、約束したと言っていた。あんな辛そうな顔で、振り絞るような声で、それでも歴然と告げていた。自分をすり減らしてまで、仲間に刃を向けてまで果たそうとする。まさしく、ロイ・カ・オルフのように。主のように。
 そのエレメスとは違い、自分は、その日々を知りながらも受け入れてしまった。離れ離れになってしまった人がいないわけじゃない。故郷に感じる郷愁のようなものもある。けれど、自分は受けれてしまったのだ。心地よいと感じてしまったのだ。この楽園のような箱庭を。

 ……ああ、それに。
 いつからか、思い出せなくなってしまっていた。自分をお転婆と言ってからかっていた姉のような存在の彼女を。
 誰よりも可愛がってくれて、そして誰からも憧れて。自分がお姫様というのに憧れたその原因でもあるあの人のを。あの人の名前を、顔を。
 初めてロイ・カ・オルフを語って聞かせてくれたお姉様の、ことを。

 そのことに気づいたときに、自分はもう二度とここから出られないことを知ってしまった。
 ここから出ても、帰る場所など自分にはなくなってしまっていたことに、気づいてしまったのだ。

「考え直しては……くれないのですね」
「一度問答無用で殺した相手が、頷くとでも?」

 皮肉気に切り替えした彼に、マーガレッタは苦笑を浮かべる。

「マーガレッタ、もう一度言う」

 張り詰めた声音なのに、マーガレッタはぼんやりと過去を追想する。彼に『姫』という呼称以外で呼ばれたのはいつ以来だろう。そもそも―――今までの数十年の歳月の中で、果たして一度でもあっただろうか。

「俺は、お前の全てを奪う。命も、記憶も、主義も……何もかも、だ」

 だから、恨むのならば好きにしろ。言外に彼はそう言っている気がした。
 その様を見て少しだけ悲しく思う。どれだけ酷薄に言葉を重ねても、どれだけ非情な態度をとっても。
 彼が、泣いているように見えるから。

 もう、問答はこれでお終い。エレメスは一歩を踏み込んで、マーガレッタはカドリールを握る力を弱めた。
 エレメスは自分を殺せば、もうそれでゲームセット。自分の記憶を守ってくれていた日記は、記憶を保持したままだった彼の手によってあっさりと破壊されてしまった。エレメスに勝つには、彼を殺して、そしてなお、彼が持つ記憶媒介を破壊しなければいけない。
 それを行うには、時間が足りない。自分は勝っても負けても、もう、彼のことを思い出せない。全て作られた記憶を糧に生きていかなければいけない。
 初めから、勝負の結果など決まっていた。勝利条件がそれぞれ違うのだ。勝利条件が消えてしまった戦いに、どうやって勝てというのか。

 こちらへ向かってくる彼。
 忘れられない。彼と過ごした楽しかった日々を。彼の不器用な優しさを。従者のような、おどけた彼を。
 忘れたくない。皆と過ごした楽しかった日々を。皆の確かな絆を。家族のような、笑っている皆を。

 ああ、けれど、もうそれも叶わないのならば。

「……ごめんね、エレメス」

 あなたに、全てを背負わせてしまうことになるけれど。
 マーガレッタは両の手を広げて、静かに彼を受け入れた。
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by Akira_Ikuya | 2007-10-30 20:19 | 二次創作 | Comments(0)


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