Scene0-4

 そんなこんなで、dat第四話。datは短い編成ですので、後二話ほどでおそらく終わります。
 datの次の話の作成予定は今のとこ未定です。



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 日々は何事もなくただ静かに過ぎていく。真綿に水を染み込ませるように、少しずつ、けれど確かに。
 いつものように責務を果たし、いつものように仲間たちと心地よい時間を過ごし、曖昧模糊な靄に包まれたかのように緩やかに、時が流れていく。
 食べ物に困ることもなく、剥奪されることもない住居。気心知れた友人たちに、外敵こそいれど、それらをものともしない強靭な力を持っている自分たち。
 正に全ての自由を持っていると豪語しても構わないほどの、環境。偽りの自由と血に塗れた鎖。見えない足枷とあるはずがない柵。

 あの晩に聞いた話に、何故か胃にわだかまるものを感じていたエレメスは、数日経ったこの日、ようやく一つの事実に行き当たった。

 そう、あの賛美歌は、あまりにも。

「……拙者たちとそっくりでござるよなぁ」

 両の手にくくりつけたヴァリアスジュルを振り払いながら、エレメスは少し困ったように嘆息した。人の肉を切り裂く嫌な感触が手の中で暴れ、水月を基点として横凪に思い切り振り払われた修道僧は、その一撃で戦闘不能となり黄色い粒子へと変わっていく。カプラサービスで回収されていったのだろう。死すことすらないものの、まったくもってご苦労なことだ。
 血を床に叩きつけながら、ぐりると辺りを探索する。意識を四方に飛ばすも、帰ってくるのは水の反響音だけ。波もなく静けさを返すこの場には、自分以外にはもう誰もいないようだった。相変わらずしんとしたここは、どうにも薄ら寒い。

 一つ息をついて、彼は水場の出口へと足を向ける。手元が一手狂ったせいで、戦闘開始場所から大きく離れてしまい、歩く度にざぶざぶと戦闘靴が水を掻き割って波が立つ。修道僧を追いかけてこんなところまできてしまったが、冬場の水になどつかるものではないとエレメスは足元から沸きだって来る寒気に背筋を振るわせた。
 水場を越え、濡れた足跡をつけながら細い通路を横切っていく。行き当たるのは細い折り返しの階段広間。そこのちょうど最上段近くの踊場にたどり着くと、彼は取り立てて何の変哲もない壁の前で立ち止まった。
 もう一度、水場でやったように意識を辺りへ散らす。気配察知は暗殺術の初歩中の初歩と言われるもので、こうしているときの彼の知覚は百メートル先にいる蟻の移動すら見逃さない。

 たっぷり五秒かけてあたりに生存生物はいないことを確認した彼は、目の前の壁に向けて手を突いた。そのまま、掌をそっと壁に沿わす。
 手で触れてようやく気づくほどのとてつもなく浅い亀裂。注視しただけでは気づける人のほうが少ないだろうその亀裂は、彼が指を沿わすと同時にすっと自然と数センチ後ろへと下がった。そして出来た窪みは、ちょうど指の第一関節ぐらいがようやく収まるぐらいで、彼は取っ掛かりが出来たそこへ指を差込み、扉をゆっくりと左右へと広げた。

 扉が開く。最深部であるはずの三階部より尚先に存在する、本来ならば立ち入ってはいけない禁忌の間。立ち入ってはいけない、というよりも、その存在をただ単に知られていないだけではあるのだけれど。
 巧妙に隠されたこの四階部へ至るための階段を見つけたのは、まったくといっていいほどの偶然だった。いくら彼の目を以ってしても、あのような亀裂など一々見つけられはしない。あるいは鷹の目を持つ類の人間を連れてきてくまなく調べさせれば見つかるかもしれないが。
 この楽園じみた箱庭から出るための方法を探して十年ほど経ったときだっただろうか。身も心も疲れ果て、唯一交わした約束さえ揺らいでしまいそうになっていたあの時。あの時期にここを見つけられなければ、きっと今頃自分はただの戦闘マシーンに成り果てていたに違いない。
 あの聖典のように、楽園を出る勇気がくじけてしまっていただろう。

 ただし、このポイントを見つけたからといって、事態は必ずしも好転はしなかった。おそらくキーポイントになるだろうこの場所を暇さえあれば調査しているものの、知に明るい考古学者でも生命学に詳しいわけでもない彼にとってみれば、まさしくそれこそ手探りで調べていくしかないのだ。四階部に置かれている様々なガジェットを解析すれば、このシステムの解明にも近づけるのだろうが――――今はこうして、地道に調べていくしか彼には残されていない。
 だからこそ今日もまた、見上げるだけで眩暈を起こしそうな螺旋階段を登っていく。

 登りながら、先の賛美歌のことが脳裏を掠めた。
 あの時感じたしこりのような違和感の正体は、一度気づいてしまえば彼の臓腑にごっそりと溜まってしまって、苦々しいため息をつきたくなる。
 それは、強烈なデジャヴ。御伽噺のようなお話の内容は、しかし、現実として今の自分たちを取り巻く環境そのままではないか。このシステムを知っている彼にしてみれば、まさしく笑えない冗談そのものだ。やはり自分は、神様とはお近づきにはなれないらしい。

 よくある話、と言い切れれば楽かもしれない。聖典の内容も自分たちの環境も、あまりに陳腐といえば陳腐。
 しかし。一度気づいてしまった以上、気持ち悪さがぬぐえない。もし、これが、この世界が。あの聖典を模して作られたのしたのならば。神をも恐れぬ所業を成し遂げようとした悪魔のような連中が、聖典の内容を複製しようとしたのならば。

「ロイ・カ・オルフか……」

 考えて、ゆるゆると首を振る。ロイ・カ・オルフは結局のところ、最終的にその楽園から姿を消してしまう。過ちと、と言われてはいるものの、結末として、何者かに宛がわれた環境を、自分の意思で出て行ってしまっているのだ。この箱庭の中に自分たちを閉じ込めている連中が、そんな結末を迎えた話などをモチーフに選ぶなど、縁起が悪すぎる。
 と、すれば。やはり偶然なのだろうか。

「拙者の役柄には似合わないのでござるが、な」

 ただ、それだけに。
 聖典で崇められた男の行為を、神に背をそむけた自分がなぞるという現実が何だか皮肉っているようにしか思えない。

「……」

 感じた酩酊に足元がぐらりと揺らいだ。まただ。ここ最近、ずっと感じているこの酩酊感。体調を崩した覚えなどないし、自分の体のことは自分がよくわかっている。たかが病気程度でくたばるほど、裏切り者に用意された体はやわくない。
 最初は酔いすぎだと思っていた。以前から僅かに感じていた体の不調は、マーガレッタの部屋に訪れた日から急激に悪化してきていた。先の修道僧との戦闘時だってそうだ。クローキングからの一手。本来これで終わるはずの戦闘とも呼べない暗殺は、踏み込んだ足が崩れたせいで相手に気取られてしまい、そこから野戦へと変わってしまった。
 相手一人に手間取った時間としては、ここ最近では一番だろう。この変調はいつまで続くのだろうか。

 息を吐き捨てた先に映ったのは、無機質な扉だった。霞む意識を押さえつけるのに必死で、目の前にある壁に気がつけなかった。
 薄暗い階段を登り終わり、扉のセンサーの前に立つ。壁に設置された、ボタン式のギミック。毎日入力しているそれは、もう体が覚えこんでいてタッチパネルのほうを見ることすらせずに指が滑っていく。センサーは相変わらず何も喚かないまま静かに開き、埃臭い研究へとエレメスを迎え入れた。

 何度来てもここは、寂しい場所だと思う。各所に配置されている端末はとうの昔に動くことを止め、痛いほどの静寂の中にその身を浸して、何層にも積もった埃が、ここで停滞した時間を雄弁に物語っていた。
 
 もう何年経ったのかも思い出せない。それでもあの夜に止まってしまった時間は再び動き出すことはなく、この研究室は打ち捨てられたままだった。研究員でも何でもなくただの素体であった彼には、扉のセンサーのギミックも、この端末の使用用途も何一つわからない。

 この奥に見える、あの倒錯の果ての産物のことも。

 研究室に一歩踏み込む。端末が所狭しと乱雑に並べられたその向こう。丈は三メートルほど、中にはよくわからない薄桃色の液体に満たされて。
 薄く光を漏らしながら、十二本の試験管が裏切り者の姿をじっと見据えていた。
 中に入っている姿は人型で、試験から出た瞬間にも動き出しそうなほどにありのままの人間で。
 その存在を、人は小さきモノホムンクルスと呼んだ。

 十二通りのホムンクルスが設置されている試験管へと近づく。まるでそこに何もないかと思わせるほど薄く透明な壁の向こうで、試験管の中にいる自分は、今日も薄く目を開いたままで口から微かな気泡を吐き出していた。
 彼は表情を一切消したままで、壁を思い切り殴りつける。鈍く反響するだけで何も手応えのない感触に、もはや彼は何も思わなくなってしまった心が悲しくなった。

 初めてここに到達したとき、いっそ狂ってしまいたかった激情に狩られたことを覚えている。守ると決めた人はここにまるで人身御供のように安置され、自分さえもここに閉じ込められ。何年も、何十年も。こんな暗いところに放置され。そして、時が来れば消耗品のように挿げ替えられ。
 ここに来る度に、心に刻む。たとえ何年かかっても、何十年かかっても。何度皆を殺そうとも、何千回皆の命を奪おうとも。自分の意思すら磨耗した悪魔になっても、エレメス=ガイルは、あの尊いまでに綺麗な約束を守り抜くということを。

 そう、たとえ、それを。

「あら―――――こんなところに、鼠が一匹」

 望まない者が、いたとしても。


 ――――ッゴッ


「っ!?」

 骨が砕けた音がした。
 両足で弾けた灼熱のような痛みに、体が否応がなくその場に崩れ落ちる。足に力が入らない。何がされたというのすらわからない。というより、何が起きたのかさえわからない。
 膝の骨を完全に粉砕されたということを理解したのは、まるで綿のように溶けた自分の膝を見下ろしたときだった。

 痛みで脳髄が埋め尽くされながら、彼は後ろを振り向いた。自分の後ろに立っていた人物。聞こえてきた、柔らかな声音。
 たおやかに微笑みながら、首からロザリオを吊るしながら。

「いけませんわよ。ここは、進入禁止区域です」
「……ひ、め……!?」

 マーガレッタ=ソリンが、冷たく見下ろしていた。
 家事によって少しだけ荒れているけれど、女性としての美しさを微塵も損ねさせないその両手にカドリールが握られていて。
 自分が誰に何をされたかというのをただ忘れて、エレメスはそんな彼女を見て、彼女にはそんなものは似合わないなと、何処か芒洋とそんなことを思った。

「こんなところで、何をしていたのですか」
「それは、姫のほうこ……そ、っ、ぐ」

 彼女の問いかけと足の痛みで、意識が現実へと戻る。

「私ですか? ふふ、何を、ですって。貴方がそれを私に聞きますか、エレメス」

 柔らかく笑う。にこにこと微笑むその笑顔はいつものときとまったく同じで、でも、その笑顔は全然優しくはなかった。
 彼女が、手に持った凶器で、自分を殴った。何故殴ったのかわからない。そもそも、何故彼女がここにいて、自意識を保っているのかがわからない、、、、、、、、、、、、、、、、、。ここに来た自分以外の素体は、封鎖領域侵入のエラーコードによってモジュール315が強制起動するはずなのに――――。

「不思議そうな顔、していますわね」

 何もかもが解らない。今自分が置かれている現状、彼女の目的、行動、意思。
 ああ、それに。暗殺術の初歩中の初歩と呼ばれる気配察知に、何故彼女の気配が欠片も引っかからなかった。

「何も、わからない」
「ええ、それがいいですわ。貴方は何も知る必要はありませんの」

 思い当たる理由は一つしかない。
 数日前から急激に酷くなった、酩酊感。あの廊下で感じたではないか。もはや立てなくなるほどの強烈な意識阻害だけではなくて、五感全てにまで影響が出ていたというのに。
 けれど、五感を潰されたからといって、修道女一人の気配すら察知できないわけがない。それに、マーガレッタはいくら素体として体の内部を挿げ替えられているとはいえ、あまり戦闘に特化した人間ではないはずだ。いくら何でも、まったく気づけなかったというのは―――。

 迷走した思考が訴える。
 前提を考え直せ。条件を揃え直せ。

 酩酊感を感じるようになったのはいつだ。加速したのはいつだ。
 薬物の摂取は? 否。
 毒でも盛られたか? 否。
 では何を食べた。何を飲んだ。誰の、何を。

 そして、その結果。
 自分は誰の接近を攻撃されるまで気づけなかった?

「―――――――――――――――――――嘘でござろう?」

 空虚な言霊が口から漏れる。
 パズルのように組み合わさった思考が導いた答えは、とてもとても、至極単純な答えだった。

「嘘でも何でもありませんわ」

 食事に何かを混ぜ、紅茶に何かを入れ、意識を混濁させるほどの状態に彼を陥れたのは。

「エレメス=ガイル。貴方を、殺して差し上げますわ」
「何故、姫が拙者を……?」

 目の前に立つ人物以外に、誰がいるだろうか。

「貴方が裏切り者ならば、それを粛清するのも……聖職者としての、務めでしょう?」

 嘘臭い言葉と共に、カドリールが半円を描いて、下段から上段へと振り上げられる。裏切り者。何故それを彼女が知っている。
 だが今はそんなことを考えている余裕などないと知る。振り上げられたカドリールを見て、彼女から漏れる殺気を感じて。

 彼女は何も真実を話していないけれど。彼女の言葉に嘘偽りなど微塵も存在しないのだと、彼はようやく理解した。

「……っ」

 咄嗟に避けようと、立ち上がろうとする。
 けれど両足は砕かれ、逃げることすらできず。

「ロイ・カ・オルフは楽園を捨てて出て行きました。永遠に続く明日を享受せずに」

 彼女の言葉が狭い研究所に虚ろに響く。
 彼は目を見開いたまま、眼前の聖女から目が放せない。

「エレメス――――貴方も、オルフのように、永遠を壊すのですね」

 寂しそうな笑顔。空虚な言霊。
 まるで、自分を見ているようで。

「ならば、私は嘆き悲しみましょう。永遠に続く明日を守るために。オルフの兄、ルゼルのように。貴方のことを嘆きましょう」

 ルゼル。いつぞや聞いた、彼女が唄っていた賛美歌の題名。
 オルフは楽園を離れた。それは何が為に。

「……お眠りなさい。目が覚めれば、全てを忘れているのですから。また明日、笑ってください」

 カドリールが、振り下ろされる。 

「――――さようなら、私の愛しいヒト」







 そして、世界はループする。
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by Akira_Ikuya | 2007-09-08 22:56 | 二次創作


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