Scene0-3

 何ヶ月ぶりかはわかりませんが、原稿とかに終われててさっぱり更新できませんでした。ごめんなさい、ほんとごめんなさい。

 そんなわけで、LP第二幕、第三話。お届けにあがりました。後、暫定的に名づけてたニ話の題名も改定しておきます。ついでに二次創作クイックリンクも第二幕「the day after tomorrow」の部分追加。っていうか、クイックリンクも色々更新しとかないとな。今からしよう。

 って、四つも未編集だったのか俺!



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 廊下の明かりはいつもに増して何故か心細くて、鎧装束を脱いだ暗紫のアンダーウェアは廊下の薄闇に溶けてしまいそうだった。窓から射す弱弱しい夜の光が、セシルの去った後に沈殿する。一人の夜はこんなにも寂しいものだったのかと、柄にもなくそんなことを思ってしまった。
 気持ちを切り替えよう。こんな夜分に訪れるのだ、辛気臭い顔をしていれば相手を心配させる。エレメスは少しだけ居住まいを直して、声をかけた。

「姫、まだ起きておられるか?」
「はい? こんな時間に珍しいですわね」

 軽いノック。帰ってきた答えは、突然の来訪に対する僅かな驚きだけで、エレメスは眉を下げてしまった。ここに住まうといえど、相手は修道院上がりの聖職者なのだ。やはり宵を越えて夜へと差し掛かる時間に訪れるのは、彼女にとって拙いことだったのだろうか。
 いいとも悪いとも答えてもらえず、扉を開けることが出来ないエレメスは彼女が扉を開けてくれるのを待つことを選択した。扉に背を預けて、夜の帳が落ちた廊下で静かに黙す。

「―――? 開いていますわよ、入らないのです?」

 一分程経過しただろうか。どうやらマーガレッタにとっては先ほどの返事が可の返事だったようで、僅かにきょとんとした声が扉の中から聞こえてきた。腕組みをして待っていたエレメスはその言葉に苦笑して扉に向き直る。

「では、失礼いたす」
「失礼するようならば出て行ってくださらない、なんて、古いですわね」

 おどけるような声に迎えられてエレメスは扉を開けた。マーガレッタの部屋を訪れるのは久々であったが、取り立てて内装は変わっていないようで、何処から仕入れたのか、年代物のアンティークのランプを木目調のテーブルの上に置き、実用性より見た目を重視したのだろうサイドテーブルなどが部屋の中央奥に置かれている。そしてこれまた何処から入手したのか、天蓋つきのベッドが部屋の右奥隅に存在感を隠しもせずに鎮座していた。
 テーブルを挟むようにおかれている二つのツインソファーの内奥側の方に腰掛けながら、マーガレッタは夜更けの来客を見据えていた。朱の瞳が、こちらを静かに見つめてくる。

「いらっしゃい、エレメス。こんな夜更けにレディの部屋を訪れるものではありませんわよ?」
「相すまぬ、どうにも気になることがござって」
「……気になる、こと?」

 扉を後ろ手で閉めたエレメスに、眉根を寄せた視線を向ける。
 エレメスは少しだけおどけながら、ソファーのほうへと歩み寄って行く。

「夕方の唄のことでござるよ。どうも、セイレン殿も聞き覚えがあるということでござって、あの唄の意味が皆気になった様子で」
「―――ああ、賛美歌のことですか」
「よければご教授、願えないでござるか?」
「そんなことでわざわざこんな時間に? ……もう、そんなだからセシルにいつも撃たれるのですわ」
「せ、セシル殿は今は関係ないでござろう!?」
「ふふ、関係ないのならそう慌てないことですわ。ソファー、お掛けなさい。お茶ぐらいは淹れて差し上げますわ」
「……むぅ。かたじけない」

 何だか巧い具合にからかわれている気がする。
 くすくすと笑いながら席を立つマーガレッタと入れ替わるように、手前側のソファーへと腰を下ろした。うっかり普通に腰を下ろしてしまったエレメスは、ソファーが返してくる感触に思わず目をむいた。なかなかどうして、自分の部屋においてあるリビングチェアとは比べ物にならないほど身が沈む。一ついくらするんだ、と疑う前に、そもそもこのソファーを初め値が張りそうな家具やアンティークをどうやって手に入れたのか、そろそろ本気で考え始めたほうがいいのだろうかとエレメスはぐるりと部屋を見渡した。
 部屋に備え付けられた簡易キッチンへと向かった部屋の主の趣味を隠しもせずに飾り立てられたこの部屋は、ごてごてと様々な物が置かれている癖にえらくすっきりと見える。マーガレッタのセンスがいいというのもあるのだろうけど、飾り立てるならとことん飾り立てるという、統一された思考のせいかもしれない。そこには余計なものが入る隙間もない、逆説的なシンプルさが存在していた。だが、本棚まで飾り立てるのはどうかと思う。アレでは本を取るのに無駄な手間がかかりそうではあるが。

「何か珍しいものでもありまして?」
「いや、以前にも増して美しい部屋でござると感嘆していたところでござるよ」
「世辞ばかり。この間貴方が来たときから、特に変えてはいませんわよ」

 落ち着きない自分の所作がばれたのか、キッチンからひょいと顔だけを覗かせたマーガレッタが不思議そうにこちらを見ていた。
 言葉を受けてもう一度本棚を見やる。変えてない、といわれても、少なくともあの本棚についているフリルの掛け物は確か以前訪れたときはなかったはずであるが。前はずらりと並んだ教本関係に思わず眩暈がして、他の蔵書はないかと本棚を探していたらひょっこり日記などを見つけて部屋からたたき出されて、そう、確か以前訪れたときは――――。

「……あぁ」

 そうだ、以前訪れたときは、今の、、マーガレッタではなかった。何代前だっただろう。それさえももうあまり覚えてない。ループする回数を数えるのを止めてしまったのはいつからだっただろうか。
 それなら確かに、今のマーガレッタが先の発言をするのには納得が付く。いや、付いてしまう。

 自分だけが輪廻から外れてしまっているのだ。外れた人間の常識など、覆されてしかるべきなのだから。

 マーガレッタたちは植え付けられた記憶を糧に生きている。それがこの生体研究所の面々に課せられた、人間を超越した力を得た代わりに課せられた枷。死しても初めから開始される新たな生命。受け継がれない記憶。素体となる人格を封印しての、スロットメモリーからの記憶の上書き。
 だから、以前自分を導き入れたときの記憶が彼女の記憶に挿入されているのだろう。真っ白なキャンパスの上に描かれた、マーガレッタ=ソリンという人間を形成するために必要な前提知識としての記憶は、自分以外から見ればそれはただの真実でしかない。記憶を蓄積し、死して生まれてくる命に縋る亡霊のような自分とは記憶のちぐはぐがあって当たり前だ。
 解ってはいる。理解もしている。もう何千回とこういうやり取りはしてきた。
 しかしそのたびに心は刻まれ、自分が単なる亡霊のような、死ねない悪魔のような気がしてならない。

 だから絞り出した声は、自然と、掠れていた。

「そうで、ござったな」
「変なエレメスですわね。……あら、貴方の好みの葉は何でしたっけ」
「姫のお勧めでいいでござるよ。拙者はどうにも、そういうのには疎く」
「そうですか。それなら、先日ハワードに新しい葉をもらったのです。それを使ってみますね」

 ティーカップとポット等のティーセットをお盆の上に乗せたまま、蜂蜜色のお姫様が足取りも軽くソファーへと戻ってきた。お盆の上のカップからは湯気が漂っている。おそらく、既にカップの温めも終わっているのだろう。ティーサーバーの中はまだ葉っぱしか入っていなかった。
 マーガレッタは慣れた手つきでポットからティーサーバーへとお湯を注ぐ。湧き上がった蒸気が彼女の長い睫を濡らし、部屋の上にあるシャンデリアを舐めて消えていく。お湯の中で茶葉が踊るようにその色を滲ませる。その様を、特に何も考えずにぼんやりと眺めていた。

 その様子を見ていると、遥か昔を思い出す。遥か、昔。人間ならば老いて草臥れて、もうセピア色になってしまっていてもおかしくないそんな昔。
 自分の煎れた紅茶を、容赦なく渋いと言われたことを。

 結局あれから膨大な時が経った今でも、紅茶だけは巧く煎れられない。料理などは年輪を重ねれば少しずつではあるが上達しているのに。ただ、そんな自分から見ても、彼女のその仕草は慣れたものだとよくわかった。平時から自分でお茶を楽しんでいるのだろう。それぐらいしか楽しみがないといえば、そうなのだから。
 部屋の内装の飾りつけもその延長なのかもしれない。何代ものマーガレッタたちが誰もが知らずに築き上げてきた、この城の一室のような豪奢な部屋。

 ティーサーバーの蓋を閉め、カップを手元に手繰り寄せたところでマーガレッタはこちらを見上げた。

「さて……それで、賛美歌の意味、だったかしら」
「立ち話でも拙者はよかったのでござるが、紅茶まで戴いて申し訳ない」
「ふふ、部屋を訪れてもらったのに立ち話だなんて、それこそ失礼というものですわ」

 柔らかく微笑みながら、マーガレッタは小さくうーんと零す。

「教徒でもない人に教えても意味があるのかはわかりませんが……退屈な話ですわよ?」
「元はといえば興味本位でござるから。聞かせていただけるなら」
「わかりました。では、話し始めるには……まず、ロイ・カ・オルフの聖典の話から始めましょうか」

 ティーサーバーの中で、茶葉がじわじわと周りの色を染めていく。
 マーガレッタは僅かにソファーに座りなおし、背を伸ばした。

「元々、これが教本の一つであることはエレメスも知っているとは思いますが……それより先に、賛美歌のほうが生まれましたの。と、いうよりも、歴史に実際にあったものを村人たちが歌い始めたというのが始まりですわね。こういう成り立ちは聞いたことありましたか?」
「いや、無宗教でござったから……初耳でござるな」
「この宗教はそこで生活していた人々と密接したものが多かったものですから、自然と生い立ちも住民たちに連れ添って生まれていますわ。民謡と宗教がまぜこぜになってしまった例ともいえますけどね」

 たっぷりとお茶を蒸らし、カップへと注いでいく。最初に少しだけ片方のカップに注ぎ、次のカップへと。

「そうして長い年月を掛けて、その教えは教本として纏められました。だから、教本とよりは偉人伝ですわね。別に他の宗教のように一人の神様が現れて世界をお救いなさったとか、そんな空想幻想塗れた話ではありませんわ」
「そうは言うでござるが、そう言った絶対的なモノがないのに宗教として成り立つのでござるか?」
「宗教上、本来ならば必要なはずですのにね。絶対的なファクターがない宗教など、それこそただの民俗学に他なりませんもの」
「それならば、何故」

 最初に煎れたカップへと残りを注ぎ、ソーサーへとカップを載せて彼女はエレメスにティーカップをそっと差し出した。

「何故か、なんてものは、わかりません。私は別に宗教学者でも民俗学での権威でもありませんもの」
「えらく淡白な感想でござるな。あ、いや、決して責めてるわけでは違って」
「ふふ、慌てなくてもよろしいのに……まぁ、私は、ただ、そこにある経典の教えに感動し、感銘し、帰依しただけ―――なんていえば、聞こえはいいのですけど」

 途中で言葉を区切り、マーガレッタは可笑しげに軽く肩を揺らしながら微笑んだ。

「実際は、教会で拾われたからその教えに入っただけですわ。だから、かもしれません。エレメスの言うとおり淡白に感じるのは」

 その一言に、エレメスは何とも言えないばつの悪さを感じてカップを口元へと運んだ。相手の言葉を促すために相槌がてら意見を少しずつ挟んだつもりだったのだが、どうやら完全に尾を踏んでしまったらしい。言わせなくてもいいことを言わせてしまったようだ。
 ストレートで飲む紅茶は甘さの中に少しだけ苦味が隠されていて、何故だか、その感触が目の前に座って語る女性とイメージが重なった。

「そんな顔、しないでくださいな。この世の中、それほど珍しいことでもありませんわよ」
「教会が孤児院として機能しているのは知っていたでござるが……」
「そうですわね。私も、幼かった頃は随分可愛がってもらったものです。気が付けば、私がいつの間にか子供たちの世話をしている年齢になってしまいましたけど」
「いやいや、姫はまだまだお若いと思うでござるよ」
「ふふ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
「決して世辞ではござらんよ。姫はいつでもお美しいではござらんか」

 調子に乗って言葉を続けたエレメスに、マーガレッタは小さく困ったように笑う。

「……あら、エレメスのおかげですっかり話が逸れてしまいましたわね。ええと……そうそう、その子供の頃に聞かされた賛美歌が、ロイ・カ・オルフの聖典ですわ」
「……あの暗い旋律を教会で子らに歌って聞かせるのでござるか?」
「子供たちの力は侮れませんわよ? あの陰鬱とした曲だというのに、彼らが歌えばそれはもう何処の行進曲だと思うぐらいの元気溢れる応援歌になってしまうのですから」
「はは、それは見てみたいでござるな」
「子供の頃はそうやって、意味もわからずに歌っていたのですけど……成長するにつれて、本格的に経典の勉強とかを始めて、初めてその意味を知りました」

 マーガレッタはカップを口に運び、話し続けていたせいで乾いた喉を潤す。
 そして、一拍置いて話し出した。

 昔、そこには楽園があったという。
 食べるに困らない食料、豊かな土壌、気心知れた友人たち、溢れる自然に、脅かす外敵も存在しない環境。正に夢のような桃源郷で、人間はそこにしか存在しないと思われるほど閉鎖的な世界があった。閉鎖的になるのも仕方がない。その世界で全てが完結してしまうほど、満ちていた世界。
 それに疑問を持った青年がいた。それが、ロイ・カ・オルフと呼ばれる青年。後に、父なる主として崇められることとなる、本来ならば何処にでもいるはずの羊飼いの青年。

 その青年は、やがて一人で楽園を後にした。
 楽園を嫌っていたわけではない。住人との軋轢があったわけでもない。そこに住まう住人たちは、軋轢という存在をそもそも知りすらしなかった。満ちた環境は至高と知識をそこで止めてしまう。満ち足りた生き方はつまり、そこが終着とも言えた。
 出て行った理由は単純で明快。気づいてしまったのだ。この世界のあり方に、この楽園の歪みに。
 外の世界はこんなにも広がっている。そのことに気づいてしまった青年は、反対する楽園の住民たちには何も告げずに楽園を去った。

 そんな、何処から本当で何処から幻想なのかわからない、御伽噺。
 宛がわれた最高の環境、理想の世界を捨てるという、ロイ・カ・オルフが犯した唯一の過ちを記した偉人伝。

 それが、ロイ・カ・オルフの聖典。

「……何とも、言えないものでござるな」
「だから言いましたのに。面白い話でもないですわよ、って」

 すっかり空になってしまったカップを指先で扱いながら、今の話を頭の中で反芻する。何だろう、何か引っかかる。
 この話は今まで聞いたことがないものだった。暗殺者が聖典を聞くなんて存在否定もいいところだから当たり前と言えば当たり前なのだが、それなら、何故。
 何故自分は、この話を聞いて未知に対する驚きを感じないのだろう。

「……」

 黙り込んでしまったエレメスに、マーガレッタは少しだけ落ち着きのない所作でカップをソーサーの上に置いた。つまらない話だというのは自分が一番理解できている。子供の頃初めてこの成り立ちの話を聞いた時は、子供たちの八割が戦意喪失して撃沈してしまった過去が物語っているのだし。
 だから、エレメスのそんな反応を見るのが、どうにも居心地が悪い。エレメスのように話術で人を楽しくさせることをあまり得意としていないのだから、彼もきっと退屈してしまっただろう。気を悪くしていなければいいのだけれど。

「……ふぅ」

 思わずため息も出てしまうというものだ。

「ん? 姫、いかがなされた?」
「いかがなされた、ではありませんよ。もう、そんなに退屈でしたなら途中で止めてくれてもよかったですのに」
「あ、いやっ! 決してそのようなわけではござらんよ!」
「そうですか? 私なんて、初めてこの話を聞かされたときはお昼寝の時間と勘違いしてしまったぐらいですのに」

 ちなみに、先ほどの八割というのは自分込みの数字である。

「眠ってしまったのござるか?」
「ええ、もう司祭様があのときばかりは催眠術師に見えましたわ」
「……ふっ、ふふふ……」
「あ、こら。何を笑っているのですか」

 慌てたようなマーガレッタの声が耳朶を打ち、エレメスは堪え切れないという感じに口元を手で隠して、必死にマーガレッタのほうを見ないように俯いた。
 今彼女を見てしまうと、ほぼ確実に自分はこの部屋から追い出されてしまいそうだ。それほどまでに、自分の顔はにやけている。自覚できるほど顔の造形が変わってしまっている。

「い、いや失敬、く、くくっ、居眠りをしている子供の頃の姫を想像すると、どうにも可愛くて」
「……も、もうっ、知りません!」

 顔を俯かせて笑うエレメスに、マーガレッタは瞬時に紅が散ってしまった頬を隠すかのようにぷいとそっぽを向いた。彼を気遣ってやったというのに、何で自分がこんなに恥をかかされているのだろう。
 何だか物凄く恥ずかしくて、まともに彼の方を見れなかった。

 二人は結局、エレメスが笑い終わるまで互いに妙な気恥ずかしさを抱えたまま、紅茶の残り香が薄まるのをなんとはなしに待ち続けることに、なってしまった。
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by Akira_Ikuya | 2007-09-05 02:17 | 二次創作


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