Story6

 マイドキュメントあさってたら、随分前に書いたのが見つかったので少し修正して投下。これ萌えスレに投げたのいつだっけなぁ。

 あ、別に決して、アニメばかり見ててブログ書くネタがないとかそういうわけじゃないですよ?
 ていうかここ最近、ご飯食べた後(8時から9時の間)に猛烈な眠気がくるんですが勘弁してください。



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 この生体工学研究所には、普通の思考ならば考えられない取り合わせがいくつか存在している。
 たとえば、厳かで静かな詠唱を人が聞きとめるに敵わない速度で踏破し、一瞬の顕現によって数多もの冒険者を暴虐しているカトリーヌ=ケイロンはその細身の何処に収まっているのかとも思うほどの無限大の胃袋を所持しているし、「わたしの胃袋は宇宙だ」と言われても某フードファイター並の貫禄を感じさせることが出来る。普段は才色兼備、すれ違えば誰もが足を止めて振り返るだろうまさに深窓の令嬢と言うべきマーガレッタ=ソリンは、何人もの男に振り返られても何人もの男に言い寄られても、それら全てを聖母のごとき笑みと聖者のごとき十字架で叩き落して、可愛い女性の元へと肉体が稼動できる限界の速度で駆け寄ってしまう。百合の花びらが散ってしまうある意味で大魔法よりもえげつない光景も、何度か目撃されたケースがある。
 以上のケースは、たとえばという前置きをしたほんのごく僅かな例でしかあらず、挙げろと言われるならA4の原稿用紙が二桁枚数ほどは必要だろう。これによってここがどれだけ混沌とした場なのかはすぐご理解いただけると信じてなお、今彼の目の前に置かれた物体を直視してもらいたい。

 生体研究所二階部の出口付近、東西南北からの通路が交差するその場所の中心に置かれた、卵。

 そう、卵だ。しかし、それは料理に使う掌大のサイズではない。女性ならば胸に一抱えしてなお余りそうなほど大きく、固定台のような茶色の茨が敷かれた、何かの卵。誰かが食べるには明らかにサイズが違いすぎる。
 彼、ラウレル=ヴィンダーは風邪など引いた覚えがないというのにあからさまな頭痛を感じた。
 何だこれは。何なんだよこれ。今度は一体どんな厄介事が舞い込んできたんだよ。生体研究所二階部で唯一の突っ込みスキルを保持する苦労人の彼は、目の前にどんと鎮座する意味不明な卵を見て、胸中に浮かんだ突込みと共にため息をげっそりと吐き出した。

 近づいて、手にとって見る。卵の奥から響いてくる、トクン、というリアルな振動に、思わずラウレルはその卵を取り落としそうになってしまった。声を上げなかったのは声を上げる余裕も無かったというべきか、咄嗟に卵をしっかりと胸に掻き抱いて落とすのを防いだ。このまま落として卵が割れてしまったら、中から得体の知れない何かのナリカケとハローと挨拶を交わさなければいけないところだったのかもしれない。そんな超常現象、彼の相方というか相棒というか、とりあえずそんな関係のカヴァク=イカロスじゃないんだから御免蒙りたいところだ。
 というか、これをカヴァクが見たら何か更に疲れる予感がする。あいつは間違いなくこれに興味を示す。そしてその結果、またどうせとんでもないことをしでかすであろうし――――その尻拭いは、当然のごとくラウレルがすることになってしまう。この卵の中身が気になるが、まずは一度自室に戻って調査を―――。

「何か呼んだ?」
「出てくんな、余計ややっこしくなる」

 苦労人の血がなせる業なのか。それともこいつがエスパーか何かなのか。
 ラウレルは再びげっそりとため息をついて、後ろからかけられた声の主へと振り返る。男にしては微妙に高く、女性にしては少しばかり低いその微妙な音域。顔も髪型も性別のどちらといっても相手が信じてしまいそうな中性的なスタイルの保持者ことカヴァクは、妙な卵を胸に抱えた親友の姿を見て眉根を寄せた。

「何それ」
「お前はこれが杖にでも見てるのか」
「ラウレルならそれを使ってストームガストを詠唱できると信じてる」
「誰が出来るかっ!」

 飄々とこちらの皮肉にボケで返してきたカヴァクに、ラウレルは頭を抱えたくなってきた。

「オーケー親友、時に落ち着け。何か頭上で雷バチバチ言ってるんだけど」
「ったく……今すぐ灰にしてやろうか」
「はっは。残念ぼくは風属性だ。で、何それ?」
「卵、っつーのはわかんのだが……お前でも見たこと無いのか」
「んー。ちょっと借りていい?」
「……落とすなよ?」
「落とさないよ。ちょっと頭に乗せるだけ」
「落とす気満々じゃねーか!」
「はっはっは。これでも弓手なんだよ、ぼくは」
「説明になってねーよ、言い訳にすらなってねーよ!」

 いきり立つラウレルに「テンション高いなぁ」などと相変わらずラウレルの怒りのツボをばしばしダブルストレイピングで打ち抜きながら、カヴァクはラウレルから受け取った卵を見やる。
 白色の楕円形に、茶色の茨。何かのペットか何かの卵状態というのは判別がつくのだが、それ以上は特に現状だとわからない。どうしたものか、と卵を先の明言どおり上に持ち上げたカヴァクは、一つ大きな声を上げた。

「あ」
「ん?」
「これ、アリスの卵だよ。珍しいね」
「アリスって……ああ、あのメイドか」
「うん、そのメイド。いらないね、これ」

 卵の中身がわかって一気にテンションが下がる二人。あいにく二人にメイド属性は無いようだ。

「ああ、そうだな―――って、いや、いらないねっていってさり気なくポイ捨てしようとしてんじゃねーよ!」
「えー。だってメイドだよ、メイド。ぼくジルタス様の卵なら『ころしてでもうばいとる』コマンド選ぶけど。ね?」
「お前がドMなのはわかったから、そこでオレに同意を求めようとすんな」

 そうだね、ラウレルはサドだし。
 けらけらと笑うカヴァクを持ってたスタックオブウイングで殴り倒し、もんどりうって後ろへとぶっ倒れていくカヴァクの手から卵をもぎ取った。そしてその卵をじろじろと見ながら、ふと疑問に思ったことが一つ。

「そういえばカヴァク」
「いてて……まったくラウレルったらいつもか、げ、き、なんだから」
「……」
「でもそんなラウレルならぼく……おーけーわかった、ぼくが悪かった。だからソウルストライクはやめよう。人魂さんが君の周りに一杯浮いてる様はいつ見ても怖いから」
「少しは真面目に人の話を聞けお前はっ!」
「結局うつのー!?」

 合計十を数える悪霊の弾丸を床に倒れこんでたカヴァク相手に打ち込んだラウレルは、肩でゼーゼー息をしながらけろりと起き上がるカヴァクを思いっきり睨みつける。

「何で平気なんだよ、お前」
「ギャグキャラは死なないって相場が決まっているのさ。で、さっきのは何?」
「たまにお前が本気でうらやましくなるよ……つか、何だっけ、ああ、そうだ」
「その年で健忘症かい? ラウレルも大変だなぁ」
「うっさい黙れ。んで……この卵、どうしてアリスの卵だってわかったんだよ?」

 自分の腕の中で確かな鼓動を刻んでいるアリスの卵。
 見かけだけでは何の卵かわからないのに、カヴァクは手に取っただけでわかってしまったのが今更ながら不思議ではある。

「ああ、簡単だよ。だって底に『ありすのたまご括弧はぁと括弧閉じ』って書いてるし」
「何だよその身も蓋もない説明書きは! っていうか括弧っていうな、括弧って!」
「(はぁと)」
「言うなと言ってるだろうが!」

 底を覗き上げてみると、確かに丸っこい字でカヴァクが言ったことと一音一句間違うことなく書かれていた。というか、拗音まで真似しなくてもいいと思う。カヴァクがやっても気持ち悪いだけだし。
 さり気なく失礼なことを胸中で思いながら、ラウレルは底に沿って他に何か書いてないか探してみた。もしこれが名前など付けられていたら殻に書いているだろうし。明らかにこの一行は持ち主によって書かれたものだろうから、名前ぐらいあっても別に可笑しくは無いのだが―――、

「書いてねぇな」
「ってことは捨て子だねぇ、これ」
「は?」
「だから、捨て子。買っちゃったはいいけど、途中で飼えなくなったとかそういうのがあると別の誰かに拾ってもらうためにおいて行っちゃうんだよ」
「んな、置いていくってそんな簡単な……」
「まぁ、ほら。古来からある姨捨山と似たようなもんさ」
「似ているようで明らかに違うぞ、それ」

 いつの間にか横に立っていたカヴァクが、自分の腕の中の卵を見下ろしていた。その視線につられ、ラウレルも卵を見下ろす。とくん、とくんと腕に鼓動を伝えるこのアリスは、確かに生きていた。今は卵のままだけれど、確かに生きているのだ。
 モンスターは卵状態になると、ある程度の時間、一定以上の熱量を与えない限りは孵化できない。そして、卵状態のときは年を取ることもなく、死ぬこともなく半永久的にその生を保つという。たとえ持ち主が死して屍になって風化したとしても、卵のままペットだけは行き続けてしまうのだ。もしかすると、飼い主は既に。

 だが、それは都合にいい考えだと、ラウレルの何処か冷静な思考が伝える。その考えは、ただこのアリスが可哀想な過程を歩んでないと思い込みたいがためのこじつけに過ぎない。捨てられた、という極々ありふれた日常の経過から意図的に目を逸らして、ただ悲劇という枠に収めて同情を誘っているだけだ。
 現実は悲劇ほど、優しくない。生あるものを捨てるということは、お話のように暈されて終わることなんてないことなんて、とうの昔に気づかされたことだというのに。

 自分と重ねてしまった、と気づいたのは、卵を抱きしめた腕の力がぎゅっと強まったのを自覚した後だった。脳裏にこびりついた嫌な記憶を振り払うように、ラウレルは手袋に覆われた掌で卵の表面を撫でる。
 そしてそれを目ざとく見つけたカヴァクが、眉根を寄せてラウレルの顔を見た。

「ん、んん? あれ、ラウレル。君ってメイド属性あったっけ?」
「な、何でもかんでも属性で片付けてしまうんじゃねーっ!」
「はっはっは。そんなに力むと卵割れちゃうぞ」
「ぞ、じゃねぇよ、てめぇの頭勝ち割るぞほんと」
「おぉ、効果覿面。オーバーヒートしてたラウレル君がこんなに静かに!」
「オレは冷却ファンかよ」
「でも、本当に冷却ファンのほうがいいかもね」
「は?」

 いつもの惚けた顔のまま、カヴァクはそんな一言を呟く。何を言い出すんだこいつは、とカヴァクの顔を見たラウレルは、知らず、小さく息を呑んだ。
 いつの間にか、カヴァクの双眸は欠片も笑っていない。

「だって、ラウレル。君はその命をどうにかできるのかい?」

 試験管の中に満たされた、生ぬるい羊水。道端で倒れていた自分たちが連れてこられたこの牢獄。
 拾われた命。そして、その命が迎えた今。

 カヴァクの双眸は冷たい光をたたえ、心中の言葉全てを語らずにラウレルの瞳を覗き込む。

「カヴァク、お前……」
「ん、んん。勘違いしないでね。別にぼくはこの暮らしが不満ってわけじゃない。君にだって出会えたし、トリスやセニア、それに姉さんたちともいい関係を築けたと思ってる」
「わかってるよ。オレだって別に今全てが不満ってわけじゃねぇ。だが……」
「そう。だけど、がつくんだよ」

 ラウレルの腕に嵌められた腕輪が、胸に抱えたアリスの卵と擦れ、じゃらんと小さい音を鳴らした。

「それがあるから果たして幸せかと問われれば、疑問符をつけざるを得ないよね。だって、プラスとマイナスで考えるなら、ぼくらが過ごしてきた境遇はまさしくマイナス一直線だ。体で平気なところなんて残ってないしね。それに、毎日が毎日で」

 明日でさえ、この命があるかわからないのに。

「だから、その卵は何も知らずにここで生を終えたほうが、生まれてくるその子にとって幸せかもしんない」
「……じゃあ、どうしろって言うんだよ」

 ラウレルの声が僅かに震える。
 カヴァクの言いたいこと。先の言葉。それをつなげると、まるで。

「うん、そうだね。だからラウレルが冷却ファンならよかったのに。そうだったら誰も気づかずにこの子はひっそりと終わってしまっていたのに」
「てめ……っ、言っていい事と悪いことがあるぞっ!」

 カランと杖が床に落ちる。
 ラウレルは右手で卵をしっかりと抱きしめて、左手でカヴァクの胸倉を掴んでねじ上げた。カヴァクのほうが幾分か身長が高いため、カヴァクは首をのけぞらせられながらもラウレルを見下ろす。その飄々とした顔のまま、目だけは笑わないで。
 静かすぎるその目は、ラウレルの逆鱗に触れてなお、彼をじっと見つめている。

「じゃあ、ラウレルはどうするのさ? ぼくたちに、何が出来るの?」
「……っ! ああ、いいよ、いいさ。育ててやるさっ! こいつが心から幸せだって言えりゃ文句ねーんだろ、なぁっ!」

 拾われた自分たち。拾われたアリス。過程は同じかもしれない。けれど、分岐点はここなのだ。
 拾った者の思考、理念、動機。自分とカヴァク達を拾った者たちは悪意にあふれていた。利己的な欲にまみれていた。だから自分たちはこんな風になってしまった。ヒトでありながら、人ではない存在に成り下がってしまった。そして、明日をも知れない道を歩むことに、なってしまった。見てくれだけは子供たちのように作られ、その実、中身など臓器以外に詰めてもらえなかった。空っぽのままだ。
 そんなこと、絶対にさせるものか。生まれてくるこの子は、ひょっとすると今まで自分たちと同じような経歴を歩んできたのかもしれない。それならば尚更だ。生まれてきてよかったと思わせる。意地でも思わせてやる。
 ちっぽけで空っぽな自分たちが扱うには、命というものは重過ぎる。だけど、ちっぽけで空っぽな自分たちでも、せめてそれぐらいはしてやれる。この命を守ることぐらいできる。

 懺悔にも、悔恨にも似た啖呵を受けたカヴァクは、最初きょとんと目を瞬かせていたが、

「うん、そうだね」

 にこりと、破顔した。

「ん、な、そんなあっさり」
「いやいや、それにしても今の啖呵は凄かったね。もうこの不肖カヴァク、一生ラウレルきゅんについていきたくなっちゃったよ」
「うっせーよ、馴れ馴れしく近よんな、っつーかきゅんっていうな抱きつくなぁああああ!」
「注文の多いラウレルきゅんだなぁ」
「だからナチュラルにきゅんとかいうんじゃねぇよ気持ちわりぃ!」

 本気で嫌がって逃げるラウレルに、カヴァクはさっきまでの面持ちは何処へやら、ぼくはラウレル分が足りなくて不満ですと顔に書かんばかりにむくれてしまっている。

「ラウレルは何でメイド属性に目覚めて幼馴染属性に目覚めないんだろうね。ぼくにはそれが不思議だよ」
「寝言は寝て言え。それに目覚めたらオレはお先真っ暗じゃねーか!」
「えー。それはぼくが不満ってことかい?」
「うるさい黙れ。そして死ね。オレにそんな趣味はねぇっ!」

 わいわいがやがやとわめく二人の中にある、小さな卵。
 これが孵ったら孵ったでまた一悶着あるとは知らずに、ラウレルは腕の中の卵をただ優しく抱きしめた。
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by Akira_Ikuya | 2007-07-24 23:08 | 二次創作


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