Story1

 何となく思いついたまま書いたセイレン=ウィンザー主役の話です。短編。短めだけど戦闘一本。いや、何となく戦闘シーン書いてみたかったんです、すいません。
 一応書き下ろしになります。生体萌え系の作品と思ってください。



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 ガシャン、と、鉄を踏み鳴らす音が聞こえた。
 腰に差した剣の柄を撫でるようにさすりながら、彼はその音がしたほうへゆっくりと振り向く。くすんだオーラに照らされた白銀の髪が、その挙動に釣られるかのように中空に銀円を描いた。

 そこにいたのは、自身と同じ格好をした一人の戦士だった。
 白金の鎧にその強靭な肉体を包み、その腰には彼と同じく両手剣用にカスタマイズされた騎士剣が帯剣されていた。両腕を覆う仰々しいまでの銀篭手に、秀麗とも荘厳ともいえる純金で出来たクロスフォルム。ロードナイトの印ともいえる赤いマントを肩に引っさげ、戦士は騎士剣に手を添えた自分と臆することなく相対していた。
 目深に被ったヘルムからは、こちらを射抜くように双眸が爛と輝いているのが伺える。

 戦士はやがて、その銀篭手を握り締めがら騎士剣を抜刀した。ヘルムから覗くその双眸はこちらを射抜いたまま微塵も視線を散らさず、ただただ、自分だけに意識の全てを注ぎ込んでいるかのように。その視線に応え、彼もスラリと音を立てて鯉口を切る。
 互いに黙し、ただ、互いに両手用の騎士剣を構えた。

 彼は、相手の構えを見て舌打ちを打った。

 相手は正眼。こちらは下段。
 彼我の距離は初速がかかれば五歩もない。しかし、それでも彼、セイレン=ウィンザーは動けなかった。初見となる相手に初手から下段構えは、少々後手に回りすぎた感もある。下段とはそもそも、カウンタータイプの型に過ぎない。主に、相手が最上段の構えをとったときに有効とされる。
 しかし、相手の構えは正眼だった。正眼の構えは型の基本形とされ、その次の動作により斬撃の軌跡が変わる。正眼からの斬撃は一度振りかぶってからでないと威力が乗らない。故に、下段構えと相性は悪くもない。

 だが、それは相手が最上段を取ったときの場合であり、次手が果たして最上段であるという保障はない。初手で下段を取った自分の慎重さが裏目に出ていた。熟練者同士が相対した場合、ここから先は相手の手の内の読み相となる。

 びりびりと伝わってくる無音の裂帛に、彼は両手で握り締めた柄に込める力を強くする。相手が一歩動いた時点ですぐにでも動けるように、体に流れる運動神経をより鋭敏にしていく。
 幸いなことに、今日はこの戦士以外誰とも出くわしていない。新たな侵入者が来た際は他のメンバーに任すとして、今はこの相手との死合を愉しむとしよう。

 これほどの相手は、久々であるのだから。

「―――参る」

 その強烈なプレッシャーとは裏腹に、響いた声は、まるで枯れ木のごとく、か細かった。
 重厚な鎧のこすれる音が聞こえたのは僅か。響く声と鎧の音が届く頃にはもう、戦士の姿は朧に揺らいで見えていた。速力が取り立てて常識外れたわけではない。彼の友であるエレメス=ガイルのように、気配を消して動いているわけではない。

 ただ柳のように、相手はセイレンとの距離を詰める。
 セイレンはゾッとするものを背筋に感じ、目の前に写る戦士へと視線を合わせずにただ本能だけで右へと体をずらした。刹那、ガシャン、と、まるで世界が思い出したかのようにブーツの金具が踏みしめる音が聞こえて、いつの間に振り上げられていたのか、正眼から最上段へと移り変わっていた相手の騎士剣がセイレンの前髪を数本散らした。

 相手は剣を振り下ろし、こちらは剣を下段に構え。
 自分と相手の視線が、交わる。

「――――お前」
「訝しがるかな、セイレン=ウィンザー。次は腕を頂くぞ」

 セイレンが言葉に詰まった瞬間に、相手の両腕が跳ね上がった。その腕の動きに連動して、ゼロ距離からの下段からの斬撃が迫る。狙いはしゃがれた声の通り、セイレンの左腕。篭手が肩当のつなぎ目の、唯一生身の箇所が出ている場所。
 そこへ吸い込まれるように、相手の剣先が腕へと奔る。

「……させ、るかっ」

 果たしてその動きに反応できたのは、相手の声があったからか。
 セイレンは咄嗟に両腕を引き起こして、剣の軌跡上に自らの騎士剣を無理やり介入させた。ギィンッという鈍い音が薄暗い研究所の廊下に響き渡り、思いも寄らぬすさまじい斬撃に数歩分後ろに弾かれる。セイレンはその剣圧に逆らわず、自ら地を蹴って相手と距離を置いた。
 そして相手は、ソレを見届けて再び正眼へと剣を戻す。セイレンは、腕を引きエクスキュージョナーを最上段へと振りかぶった。
 先の相手の動きを頭の中でトレースする。一瞬の空白からの、まるで柳のように揺らめいてくる歩法。まっすぐに相手へ迫るのではなくて、余計な歩数を踏まえた上で相手の注意を左右に逸らし、最後にだけ強烈な踏み込みからの斬撃。なるほど、あの歩法から正眼の次手に持ち込まれれば相手は反応すら出来ずに腕を一本持って行かれるだろう。だが、その歩法を体得するまでに、何年かかったか。

 そして、何十年、その手法で相手を葬り去ってきたのか。

「その騎士剣、翁には厳しいのではないか?」
「何。箸と変わらんよ」

 先ほど一瞬だけ肉薄したときに見た、相手の素顔。両目こそは爛と輝いて生気に満ち溢れていたが、顔には深い皺が刻まれ、ヘルムからは彼の銀髪ではなく、純真な白髪が毀れていた。
 相手の年は、察するに七十は越えているだろう。そのような翁が、先の一撃。あそこまで特異な歩法に、体がそうそうついていくものではない。そして、こちらの剣圧に、その老躯が耐え切れるとも思えない。

「死に場所を求めてやってきたのか」
「これは。若人、驕るのは感心せんぞ」

 くっくっという声が相手の閉じた口元から聞こえる。セイレンはその笑いの響きに、自らの言葉が真であるということを察して相手を見据えた。

「翁。名を聞いておきたい」
「名なぞ聞いてどうする、セイレン=ウィンザー。今わしと貴殿に必要なのは、単なる響きだけであろう」

 ざり、と、相手がブーツを踏みしめる音が聞こえた。
 セイレンは音ともに聞こえた声に、ただ、剣を更に後ろへと引いて応えた。切っ先は完全に後方を向き、右手一つで剣の柄を握り締める。左手は相手との間合いを計るように眼前へと広げられ、まるで山がごとく、両足を踏みしめて重心を完全なまでに固定する。

 自分と相手との間に必要なのが、響きだけというのなら。
 鋼だけでしか語り合えない、一剣客同士とするならば。
 全力を以って、この翁に応えるのが道理。

「参る」

 しゃがれた声に込められた気迫を、セイレンはただ右手に携えた剣だけで受け止めた。

 相手の体が揺れる。まるで灯りにつけられた焔のように、陽炎を残してその姿は二重、三重に渡ってセイレンへと迫り来る。まるで現実から乖離し、浮世へと渡るかのような足踏み。相手が握り締めた両手剣が、下段に、腰溜めに、上段に、最上段に、八双に構えられ、相手の姿が前方に、後方に、左方に、右方に、爛と輝く両目だけを残して現実を彷徨い歩く。

「ボウリング―――ッ」

 対し、セイレンは、引き絞った右腕を大きく円を描くように斜め下から振り上げ、

「―――バッシュッ!」

 持てる全力を込めた最高の一撃を、あわせた左手の刺突と共に前方へと振り下ろした。
 そして翁もまた、彼の眼前で大きく踏み込み、剣先をタイルの床に這わせるようにして、逆袈裟に剣を振り上げた。

 それは、凄まじい鋼の響きであった。もはや暴風と比喩してもいいセイレンの最大威力を発揮する剣撃は、迎え撃つかのように下段から放たれた弓矢のごときしなりを持った翁の一撃と正面からぶつかった。本来ならば斬り付けた相手の体に衝撃波を撒き散らし、対象自体を暴力の塊として周りに連鎖反応まで引き起こすその一撃を、翁の剣は、しかしその衝撃波をただ剣にのみに収斂させた。力に頼らず、その技術だけで相手の剣の軌跡だけを正確に読み取り相手の攻撃を無と化す。

 視線が交わる。両者共に剣をあわせたまま、相手の懐へと両者共にタイルがはじけるほど強く踏みしめたまま、鋼にあるまじき狂騒音を響かせたまま、ただ、両者はその場に互いに刃を押し当てたまま時が止まったかのように静止した。
 セイレンの薄闇の瞳と、老人の薄く濁った赤色の瞳が刃を越えて交わり、

「力及ばず、か」

 老剣士は不敵な笑みを浮かべた。セイレンは何も答えず、両目を閉じた。

 鋼が砕け飛ぶ豪奢な音が廊下に響き渡り。
 そうして、翁の刃は砕け散った。

 あの暴力の塊とも言えるボウリングバッシュの威力を、剣腹にだけに収斂させた代償は大きかった。剣の根幹の真鍮の部位でさえ粉々に砕け散り、ソレをコーティングしている鋼の部位など欠片も残らずに原子から分解された。鞘当の部分から下は形を残してはいるものの、柄を握る両手にまで流れ出た衝撃波は翁の両腕の毛細血管をずたずたに引き裂いていた。だらり、と下がった彼の両腕からは、染み出た血がぽたりぽたりと流れ柄を汚す。

 セイレンは眼前に立つ翁を見据えた。刃を砕かれ、両腕を殺され、それでも爛とした瞳の輝くだけは消さず自らの前に立ちはだかる老翁。そして、翁はあろうことか、セイレンに向けてこう言い放った。

「どうした、とどめは差さぬか?」

 今の一撃で、相手の息の根を止めるつもりだった。自身にとって最高の一撃。これを防がれた事は、自分の剣を防がれたといっても過言ではない。たとえ相手の武器を殺し、相手の命とも言える両腕を殺したからといって、相手の根幹の部分を殺せていない。
 どのような死角でさえ狙えるその歩法を用いながら、それでもこちらの真正面から斬りかかってくる老翁の、騎士道。自分たちロードナイトにとって一番大事なソレを、殺せていない。

 セイレンは翁に背を向けた。

「……俺にはあなたを殺せない。引け、翁」
「腑抜けが。だが変わらぬな、セイレン=ウィンザー」

 後ろから自分を笑うしゃがれた声が聞こえた。言葉だけ捉えれば、それは侮辱だろう。誇りを一番に据えている騎士道において、それを汚されることは自分を汚されることも同意だ。
 しかし、それでもセイレンは背を向けたまま、言葉を続けた。

「ここを死に場所に定めたいのは勝手だ。だが、それを人に押し付けるな。死にたければ、自分で死ね」

 これ以上語る言葉はあるまい。セイレンは自身にそう言い聞かせ、剣を鞘へと収めた。そのとき、右腕が震えたのは錯覚ではなく、右手を篭手の中で握り締める。翁の笑い声は背には響かない。廊下に薄く解けるように、くつくつとした声だけが、響く。

 ああ。
 その声は、とても懐かしすぎて。

 顔を見たときに気づいた。そのせいで、一瞬の間動けなかった。
 翁は絶対に真正面から討って来ると確信していた。だからこそ、自分は迎撃のために前方へと全力で振りぬいた。

 彼がそういう人だと言うことを、知っていたから。

 翁に背を向けたまま、一歩を踏み出す。昔に自分は別れたはずだ。だから、これが再度の別れだろう。
 そして、多分。

「……さようならです、先生」

 永久の別れと、なるだろう。
 翁の笑い声は、静かに廊下へと消えていった。
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by Akira_Ikuya | 2006-09-25 19:20 | 二次創作


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