生体萌えスレに息抜きとして投下した番外編最終話にあたるお話です。というより、ぶっちゃけおまけみたいなものです。容量も少ないので見ないのも吉です。
というか、こんなものが〆でいいのか、俺。
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さて、諸君。酔った勢いで、という言葉を聴いたことがあるだろうか。
お酒を嗜む年齢になった人、あるいは、少しばかりルール違反だが、少々歳若い身空でお酒を呑んだりしたことがある人はわかるだろう。このときの勢いでやった行動を忘れたいと強く願ったことはないだろうか。もしくはそこまで思わなくても、たとえば次の日の朝起きて、頭の中が真っ白になってしまうような出来事とか。
そう、たとえば、今現在のセシル=ディモンのような。
ぼーっとしながら、自分の薄桃色のセーターの袖口を見やった。ぶかぶかと、彼女の小柄な矮躯にそわず、マーガレッタ=ソリンが着ても多少大きいと感じるようなその部屋着は、着ているというよりも服を被せられているといった表現がしっくりとくる。服が大きすぎて前にたるんでいるのか、彼女のつつましい胸のが首周りの間から僅かに覗く。
けれど、たかが胸が見えていることなど、今の彼女にとってはさほど重要視されることではなくて。
袖口の先を見る。自分はどうやら、ベッドの上に座り込んでいるようだった。真白いシーツは今まで自分が横たわっていたせいか僅かに皺が生じていて、そしてまだ少しだけ暖かい。寝巻きに着替えてないということは、自分はこの部屋着のまま眠りこけてしまったのだろうか。
ぼう、とした頭のもやが取れない。彼女のストレートに伸びた金色かかった茶髪が、ゆるゆると頭の上で振られる。今まで寝ていたはずなのに、体がだるく熱っぽい。熟睡しすぎていたのだろうか。
部屋の内装が目に入った。
木目調で作られた、質素な家具。どれも暗黙系の色が基調とされているせいで、部屋の中が実際より薄暗く見える。自分がこうやって目覚めたということは、多少は明るくなっているはずだけれど。
それより、何故だろう。
確か、自分の部屋は白と茶色を基調とした家具を置いていたはずだけれど。
「んーぅ……?」
まだ意識がはっきりしない。部屋をぼんやりと見渡したまま視線を下げると、人間の頭部があった。
セシルは柔らかく首をかしげる。何で、自分が寝ていたベッドの上に人の頭があるんだろう。
首元へと視線を辿る。その頭は、錆びた鋼の色を彷彿とさせる長い髪をあちこちへと寝癖をつけて生やしていて、背中まで覆っていた。うつ伏せで寝ているため、その背中がよく見える。浅黒くもなければ、色白でもないその背中は、無駄な贅肉など一切感じられない鉄のような質感を見せていた。
何となく、触れてみた。決して綺麗とはいえないその背中は、いくつもの浅い傷が残っていた。どれも元は深かったろう傷を、無理やり自己の力で蘇生させた傷跡。その浅い窪みを、セシルは細くて白い自身の指でなぞった。
背中がむずがるように動く。セシルは思わず、手を離した。
そのせいで、視界全体にその人間の姿が見える。錆色の長髪、傷だらけの背中、そして―――毛布がかけられた、下半身。セシルはぼんやりと、その毛布の先を追う。
その毛布は、彼の下半身にかかっている先から、自分の肩へとかかっていた。ちょうど三日月を描くような形で毛布がゆがんでいる。
ベッドの上にぺたんと座り込んだまま、セシルはその毛布をはいで彼にかけてみた。
まだ頭がぼんやりとして回らない。いつもなら、とっくに目覚めているはずだけれど。そう思ってくるっと視線を動かすと、ベッドの近くに置かれたカウンター的扱いを受けているリビングチェアがあった。
その上には、「ほめ殺し」と書かれた一升瓶が三本、転がっていた。どこかで見た銘柄だな、と思って考えてみると、そういえばこの間いったアマツの旅館で彼が飲んでいた気がする。
彼が。
ぼんやりと、頭の中で「彼?」と首をかしげた。目の前でうつ伏せで眠っている、彼。何故か上半身裸。
何故か、と思ったので、自分の格好も見てみた。上半身、薄桃色のセーター。普段眠るとき下着はつけないので、肌着の有無は別とする。そして、セーターの裾がワンピースのように覆っている下半身を見てみた。
何も穿いていなかった。
「……んー?」
眠るとき、下ぐらいは穿いているはずなのに。ああ、そんなことより眠い。頭に薄い靄がかかったままとれない。
セシルは眠さに任せて、彼の横にもぐりこんだ。何だかその位置が自分の所定地のように物凄く落ち着いてしまう。猫のようにそこに丸まって、先ほどどけた毛布をもう一度自分と彼にかけた。彼の投げ出された左腕の上に、自分の首をすえて――――その感触で、そういえば、夜中もこうやって眠っていたなと思い出す。
彼の腕を枕として、彼の体に抱きつくように横になる。うつぶせで眠っている彼の顔は、ちょうどこちらを向いていた。
眉根を寄せるわけでもなく、かといって弛緩しきっているわけでもない、微妙な寝顔。多分数度揺さぶれば目を覚ますだろう、そんな微妙な顔つき。それでも、いつも自分が向けて笑顔を浮かべてくれる顔。
その寝顔に、安心しきっている自分がいる。薄い桃色のセーターを着ただけで、あまり人には誇れないその胸の中に彼の頭を抱きかかえた。
ふわり、と、頭が軽くなる。今まで眠っていたのだ、もう一度眠れと体が要求しているのだろう。
セシルは、彼の頭を抱擁からとき、再び腕の中に頭を収めた。そのまま、眠っている彼に向けてそっと囁く。
「おやすみ、エレメス……大好き」
その囁きの甘美なることは、どう表現すればいいか。
セシルはただそれだけを呟くと、彼の頬にそっと口付けして自分も目を閉じた。そしてすぐに、寝息を立て始める。安心しきった、無垢な寝顔。茶色の髪が彼女の頬にそっとかかった。
そして。
「……………………………………これはいったい、どうしたことでござろう」
実は最初から起きていた、この優柔不断甲斐性なしの男をほったらかしにして。頭に疑問符を連打させていることから、昨夜のことも、今朝こんな状況になっている理由もさっぱりわからないし覚えていないのであろう。たとえば、彼の体に残っている妙な気だるい疲れの理由なんかも。
そしてそして。きっと、今朝の記憶は絶対にセシルにも残っていないだろう。おそらく、昨夜の事情も。
リビングチェアの上におかれた三本の一升瓶。ベッドの上で独り途方にくれるエレメス=ガイル。
お昼ごろ、物凄い怒声が平和な生体研究所三階部を轟かせたというのは、これから数時間先の話である。