Episode2

 生体萌えスレに投下した番外編その2の前編.やっぱりこれも字数オーバーですかそうですか。



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 花火は、凡そ半時間ほどで終わりを告げた。
 最後に特大の華が夜空に弾け、僅かな余韻を残してまた夏夜は静寂を取り戻す。二人とも手にそれぞれの酒を持ったまま、その余韻を味わうように花火の代わりに存在感を取り戻した星月を眺めていた。
 その余韻を打ち消すように、その余韻に重ねるように、何処からか笛の音が聞こえてくる。

 冷酒を一口、飲み干した。
 エレメスの脳裏に、宿屋の入り口に張ってあった張り紙が思い出される。

「これは……ふむ、今日は祭り日でござったか」
「祭り?」
「縁日でござるよ。セシル殿は行ったことないでござるか?」
「い、行ったことぐらいあるわよ! 馬鹿にしないでほしいわ」

 空になった冷瓶を縁側に置きつつ、エレメスは片眉を上げた。

「ふむ。セシル殿の地方の縁日はどんな感じでござった?」
「え!? ええと、そうね、あたしの方は……」
「いやー、それにしても、縁日というのはアマツ以外にもあったのでござるか。初耳でござったよ」
「え?」
「他のカーニバルなどはあったとしても、縁日というのはアマツ特有のものと思っていたでござるが……意外でござったなぁ」
「え、え、ええ!?」

 果たして、その笑顔はいつもの笑顔かどうか。
 エレメスのへらへら笑顔に、酒のせいではない原因で頬を染めたセシルは、思わずエレメスの側頭部にぐーで殴りつけた。

「~っ!」
「ぁぐっ!? いきなり何をするでござるか!?」
「ややっこしい言い方するあんたが悪いのよっ!」
「い、言いがかりでござるー!?」

 殴り倒されたエレメスが抗議の声をあげるが、それを上回る勢いでセシルから噛み付かれてしまう。別にからかったつもりはなかったのだが、どうやらそう受け取られてしまったようだ。生まれたときからのこの微妙な笑顔が原因なのだろうけれど。愛想がないと言われたから笑ってみれば、その笑顔が癇に障ると殴られる。
 どうしたものかと途方にくれるエレメスは、

「そうだ、セシル殿」
「何よ?」

 グラスを両手で持ちながら、ちびちびと酒を呑んでいるセシルを振り返った。
 瓶ごとワインは持ってきたはいいが、実のところ少しずつしか呑めないためほとんどセシルは呑んでいない。頬にうっすらと朱色が差してはいるものの、自分に対してちゃんと会話が出来る時点でそう酔ってはいないだろう。酔い始めると回りは早いが、酔い始めるのがロースタートなのが救いである。
 だから、エレメスは客室から未だ聞こえてくる阿鼻叫喚の悲鳴を脳内から削除し、遠くから聞こえる祭囃子に耳を傾けた。

「祭り、行って見ないでござるか?」
「えー、あんたと?」
「さり気なく傷つくでござるな、それ」

 誘ってみたはいいけれど、薄桃色の姫君の反応は芳しくなく。錆色の髪をぽりぽりと掻きながら、困ったようにエレメスは夜空を見上げた。
 花火が終わってしまった以上、もう祭りはあまり長くはないだろう。そろそろ縁日へと足を運んでいた客も引き始める頃合だ。どうせなら、縁日というのを見せてあげたかったものだけれど、本人が嫌がる以上仕方がない。
 それならばせめて、セシルが酔いつぶれるまで晩酌に付き合おうとエレメスが縁側へとあがろうとしたら、

「ま、別にいいわよ」

 セシルは、グラスに入っていたワインを全部飲み干して、エレメスのほうを見ないまま頷いた。

「誰も行く相手がいないエレメスのために、あたしがついていってあげようじゃない」
「いや、別に拙者はどちらでもいいのでござ」
「何よ、あたしじゃ不服ってこと?」

 酒が回ってきたのか、ぎろり、と据わった目つきで睨まれる。
 マーガレッタと行きたいと思う心がないのかと言われれば嘘になるけれど、しかしそれでも、エレメスはいつもと変わらない笑みでセシルのほうを振り向く。

「いや、誘ったのはこちらでござるから。歩けるでござるか?」
「子供扱いしないでよ、これぐらいで酔わないわよ!」

 縁側においてあった下駄を履き、セシルへと右手を差し出す。だが、セシルはその手を払いのけて、「下駄とってくる」といって客室へと消えていった。
 払われた手をにぎにぎと開閉しながら、エレメスは嘆息一つ。ちらり、と、セシルが消えていった客室を覗くと、相変わらずな光景がそこで繰り広げられていた。ハワードが呑み、セイレンが後始末に走り回り、マーガレッタがそれを見て微笑し、カトリーヌは彩り見事な異文化の食事に夢中。その光景に、エレメスは目を細めた。
 だが、そうしているのも僅かな間。今から抜け出して縁日へ行こうとしているのだ。見つかってしまえばあの阿鼻叫喚の中に引きずり込まれるに違いない。というよりむしろ、ここでぼーっと突っ立っていようものなら、おそらくそう遅くない間に拉致られてしまうだろう。
 姫君を迎えに行くべきかと、捕まらないうちにそそくさと彼は玄関へと回った。




「うわぁ……」
「おお、これはこれは」

 からんころんと下駄を鳴らしながら、宿を出て凡そ十分。そこにたどり着いた二人は、思わず感嘆の声を漏らした。
 宿屋の張り紙に書かれていたのは祭りの開催場所までの簡単な道のり程度だったので規模はわからなかったが、実際の規模はかなりのものであった。大通りに沿うようにずらーっと並べられた様々な出店や、エレメスやセシルが着ているような色とりどりの浴衣を着ている男女、そして、大きく組まれた櫓がぱちぱちと静かな音を立てて燃えていた。
 祭囃子はあちらこちらから一定の音色で流れ、柔らかい笛の音色がその静かな炎を空へと連れて行く。

「ちょっと見くびっていたでござるなぁ、まさかこれほどとは」
「ねぇねぇ、アレ何、アレ何?」

 やっぱり初めてでござったか。口の端にその感想を滲ませ、エレメスは自分の袖をくいくいと引っ張って興奮するセシルに笑みをこぼした。この様子だとおそらく暇をすることはないだろう。
 どうやら、セシルにとって見れば出店という存在自体が珍しいらしい。二人は道なりに歩みを進めたが、ほとんどの店でセシルは足を止める。エレメスはそれに嫌がることなく、自分の知る知識でそれぞれの出店を教えていた。

 金魚すくいに足を止めて。
 林檎飴の屋台に足を止めて。
 お好み焼き屋に足を止めて。

「……ん?」

 エレメスは、自分の袖が常時引っ張られている事に気づいた。はぐれないようにと、自分の左裾を掴んでいるセシルの左手。
 メインイベントともいえる花火が終えて、徐々に客足は遠ざかっているものの、大盛況を収めているこの会場にはまだ残っている人も多い。小柄なセシルは元より、平均ぐらいの身長しかないエレメスでさえ、人の波の中に埋もれかけてしまう。
 帰る人の流れの中で進む彼らは、少しでも気を抜くとおそらく離れ離れになってしまうだろう。無意識の内にか、セシルはエレメスの左裾を握っていた。辺りをきょろきょろと見渡しながら自分の後ろを歩くセシルに、つれてきてよかったと小さく笑みをこぼした。

 ふと、エレメスの足が一つの店の前で止まる。

「ちょっと待っててくだされ」
「あ、うん。わかった……きゃ!?」

 あちらこちらの露店に目が行って上の空だったセシルは、エレメスの声がしたほうを向いて思わず小さな悲鳴を上げた。そこを見ると、いくつもの顔がこちらを向いていた。顔の造詣はどれも同じで、ただただ、どれも全てが無機質。無機質な表情に無機質な瞳。思わず、一歩引いてしまう。
 一歩引いたことにより、それが何だったかよくわかった。セシルは呆然と、上まで続いてるそれを見上げた。

 それは、格子型に組まれた幾つもの竹筒にずらりと並べられたお面だった。
 周りを見てみると、親につれられた子供がそれぞれお面を指差しながら親にねだっている。買い与えられたお面を正面からかぶったり、頭の横に乗せたりして。そして、親の手に引かれてお店の前からまた一組、また一組と消えていく。

 祭囃子が聞こえる中の、家族の憧憬。その光景に、セシルはほんの少しの間見惚れてしまった。
 そして、右肩が、まるでノックをするかのように軽く叩かれる。

「……ん?」

 ぼんやりとしたまま振り返った先に、

「バァ」

 少しこちらに向かって出っ張っている鼻先に、血で逆八の字を描いたかのような感情のない瞳。

「……」

 そんな不気味な狐顔と、目が合った。

「―――っきゃああああああああああああああああああ!?」
「ぶぐっ!?」

 反射的にしかし精密に。音速を突き破る勢いで拳をその狐面の鼻っ面に打ち込んだ。
 往来のど真ん中というのに、狐面はもんどり打ってその場にひっくり返った。その倒れっぷりとセシルの悲鳴で、道行く人々が何だ何だと立ち止まる。
 だが、大半の人々が「何だ痴話喧嘩か」と、すぐに興味なさそうに通り過ぎていく。

「いたたたたた……まさかそんなに驚かなくても」
「あ、あ、あんたねー!? 時と場所考えなさい!?」

 べきっという音と共に鼻先は凹み、朱色の墨で描かれた髭の模様が声と伴って情けなさを増大させている。さっきは不気味に見えた逆八の朱で描かれた狐の目が、何だか泣きそうな感じに歪んで見えた。
 これでは正面でかぶれないでござるな、と、狐面を外したエレメスはそれを左側頭部へと引っ掛ける。
 ちなみに、まったく反省の様子はない。

「っていうか、何なのよそれ。あんたに微妙に似ててむかつくんだけど」
「何か微妙にひっかかるでござるが……」

 意外とお面は硬かったのか、赤くなった右手にふーふーと息を吹きかけながらセシルは半眼でエレメスの仮面を睨みつけた。

「名前は知らないのでござるが、何でもこの奥にあるアマツ神社に祭られている神様みたいなものらしいでござる」
「ふーん……こんな奇妙なものを祭るなんて、この神社もあまり長くないかもね」
「セシル殿、さっきから散々な物言いでござるな」

 どちらともなく、面屋台から歩き始めた。
 祭囃子はまだ静かに夏空へと溶けていくが、人の流れは明らかに帰る方向へと傾き始めていた。奥へと進んでいるのは自分たち二人だけという錯覚さえも覚える、人の波。
 どちらともなく、二人ははぐれないように手を繋いだ。

「……あれ?」
「ん?」

 引いていた手が止まったのに気づき、エレメスが後ろを振り返る。人の雑踏の中で、セシルは呆然としながら自分の後ろ頭を触っていた。
 そこでエレメスも気づく。アップにしていたはずのセシルの髪が、肩を撫でて背中へと降りていた。

「髪留め……なくなってる」
「歩いてる途中で落としてしまったのでござるか……」
「うぅ、いつ落としたんだろ」

 後ろを振り返るも、人の歩みが多すぎて地面まで見えない。それどころか、急に立ち止まった二人をすり抜けるようにして更に人の流れは増していく。髪留めを探そうにも、これだと探せない。

「気に入っていたのでござるか?」
「……っ、べ、別にそうじゃないわよ。ただもったいなかったな、って」

 言って、セシルはエレメスから視線を外した。
 そのあからさまな強がりに、エレメスは苦笑する。

「そうでござるか」
「そうよ!」

 外れた蒼い髪留めなんて必要ないと誇示しているのか、セシルは自身の茶色い髪を揺らしながら歩き始めた。
 あちらこちらの屋台につるされた提灯の薄いともし火に照らされて、その髪はまるで、櫓から登る火の様に朱色に照らされている。

 先を歩くセシルの手が、一瞬何かを探すかのように宙に浮いた。
 後ろに立っていたエレメスの指先に触れる。

 慌てたように、セシルの指先は離れた。
 二人の指先は灯りに照らされ、朱色に染まる。

 エレメスは抵抗するわけでもなく、セシルの揺れる髪を追いかけて歩む。いきり立った彼女の歩みにあわせて。
 相変わらず、人々の流れとは逆方向だけれど。
 そんな歩みが、エレメスには少し心地よかった。

 そして、セシルはとある屋台の前で足を止めた。じっ、と屋台を見つめるセシルの視線を追い、エレメスもそちらを振り返る。

「……射的、でござるか」

 歩んでいた路地の右手にある店を見て、エレメスは呟いた。カウンターには五丁のコルク銃が置かれ、その脇に三つのコルク弾。カウンターの奥には適度な距離がおかれ、いくつかの商品が等間隔で棚の上に並べられている。屋台の看板には、「1ゲーム100z!」という文字が大きく書かれていた。
 もう祭りの時間も終わりに近づいているのか、棚に並んでいる品は数が少ない。これでは、今からやったところで微妙な結果に終わるだろう。

 というのに。

「エレメス、これやらない?」

 お連れのお嬢様は、存外に目を輝かせていた。

「今からでござるか?」
「そうよ。これ、そこにあるのでアレを撃てばいいんでしょ?」
「そうでござるが……扱ったことあるのでござるか?」

 二人の声を聞きつけたのか、ガタイのいい店主がカウンターの奥から出てきた。もう店仕舞いを始めるつもりだったらしく、その両手には景品を納めるのか大きめの箱を抱えていた。

「あれ、何だい兄ちゃん、今からやんのかい?」
「あ、いや、拙者たちは―――」
「うん、やります。二人分ね」

 エレメスが答えるより早く、セシルは自分の財布から100z硬貨を二枚取り出してカウンターへと置いた。
 しかし、それを見て店主は苦笑して手を振った。

「こんな状況だしな、金はいらんよ。好きなだけ撃ちな」
「え、いいんですか?」
「もう回収するつもりだったしな。それに」

 何だかどこかで見たことあるような笑顔を浮かべて店主は笑った。
 暑苦しいような、爽やかなような。そんな矛盾した豪快な笑い。エレメスの背筋に、何故かぞっと怖気が走った。店主が素肌にサスペンダーを身に着けていたなら、おそらく回れ右して駆け逃げるほど。

「こんな終わりがけに嬢ちゃんみたいに可愛い子が来てくれてお金を取るなんざ、俺にはできねぇよ」
「店主殿、お世辞を言ったところで何もでないでごグッ」
「もう、誉めても何も出ませんよー」

 自分では言うくせに、人がいったら殴るのでござるか。
 肺を強打され続きを言えないエレメスをよそに、セシルは笑顔を浮かべて店主と会話していた。

「じゃあ、エレメス。せっかくだから勝負しましょ。負けたほうがアレを買ってくること!」

 ずびし、と対面の屋台を指さす。視線を追うと、雑貨露店と金魚すくいの間に林檎飴の露店があった。
 だが、そこの露店もそろそろ店仕舞いを始めるらしく、ショーケースに並べられている個数は少ない。

 エレメスはそっと、セシルの横顔を覗き見する。
 髪留めが外れたセシルの表情は、僅かに虚像めいていて。

「……やれやれ、仕方ないでござるな。後で泣いても知らないでござるよ?」
「あら、あたしに勝てる気? アサシンとスナイパーの違いを見せてやるわよ」

 ふぅ、とため息。その表情は自分に対して余裕めいて見えたものだったのか。
 エレメスの返答に不適に笑うセシル。エレメスは鼻の凹んだお面を横に被せ直し、店主へと向いた。

「それでは親父殿、銃を二丁貸していただけるでござるか?」
「あいよ。弾はいくつにするよ?」
「どうするでござる?」
「じゃあ、三つずつお願い」

 二人にそれぞれ一丁ずつの銃と、三つのコルクが渡された。
 何か面白そうな匂いをかぎつけたのか、行きかう人々が時折立ち止まって二人を見つめ始めた。

「勝敗条件は?」
「取った景品の中で一番大きなものを取ったほうが勝ち。個数じゃなくて大きさにしましょ」
「では、撃つ順番は交互でいいでござるな?」
「ん、先手は譲るわよ」

 スナイパーとしての余裕か、セシルはそう言ってカウンターから一歩下がる。
 台の中央を譲られ、さてどうしたものかとエレメスは棚を見渡した。残っている景品のほとんどがどれも同じような大きさの小物しか残っていないため、先の勝敗条件では圧倒的大差をつけるのは難しい。
 似たような大きさの商品ばかりだと、彼女の性格を考慮すると勝敗の行方が闇の中に消える可能性も出てくる。


 ―――とすれば、アレでござるか。


 棚の左上奥。そこに、まるで射的屋の主のように鎮座する大きな灰色のぬいぐるみ。
 ゴーストリングの、等身大の人形だった。

 エレメスは銃を左肩に乗せ、狙いを定める。スナイパーであるセシルほどではないが、これでも動体視力、地形把握などは自信があった。射的とはすなわち、x軸y軸z軸を描いた三次元の戦い。アサシンクロスゆえに空間的な存在が得意というのもある。
 ゴーストリングの右目に当たる部分に狙いを定め、引き金を引いた。

「あ、やっぱりそれ狙ったわね……!」

 ポン、という空気が抜ける音がして、コルクは狙いたがわずぬいぐるみへと命中した。
 しかし、コルクの威力が足りなかったのか、ぬいぐるみは僅かに左へ傾いただけで落とすには至らない。

「うーむ、やっぱり難しいでござるな」
「じゃ、次はあたしの番ね」

 セシルはカウンターに寝そべるようにして身を投げ出し、コルク銃をライフルのように右肩に構えた。しん、と、祭りの喧騒の中でその一角だけが打ち水を行った後のように静まり返る。
 左肩には流れた髪が数房しなだれるようにかかり、元々裾の短かった浴衣が身を乗り出しているせいで更にきわどい位置まであがった。セシルの健康的な太ももが惜しげもなく晒される。観客の一部がその妖艶に仕草に思わずため息を漏らした。

 エレメスはカウンターの上に座り、セシルの射撃を見守る。狐面が道行く人を眺めるように通路側を向いた。
 彼の視線に気づけないほど射的に集中しているのか。セシルは一度も標的であるゴーストリングの人形から目を離さずに、弾を放った。
 先ほどエレメスが撃った場所とほぼ変わらない位置にコルク弾は命中したが、やはり小さくぶれるだけで、落とすには至らない。ゴーストリングと銃を交互に見直し、セシルは面白くなさそうにぼやいた。

「……思ったより威力低いわね、これ」
「さて、では拙者か」

 エレメスは台座に乗ったまま銃を構えた。先ほどより若干目線が高くなるが、その分銃の俯角を調整して引き金を引く。
 セシルとあわせて合計三発、それら全てはほぼ同じポイントへと直撃した。おそらくセンチ単位では変化がない。
 そして、視線が高いことが幸いしたのか、エレメスにはその人形の端が棚からほんの少しではあるが外れたのが見えた。
 狙いどころさえわかれば、おそらく後一発で落ちるだろう。

 しかし、セシルはそれに気づいていない。
 先ほどと同じ体勢で銃を構え、僅かにその銃口をずらす。そして、トリガーが引かれた。

「「おお!?」」
「あ……っ!」

 観客からの歓声が沸く中で、唯一、射撃者であるセシルのみが悔しそうな声を漏らした。
 僅かにずれた銃口から発射されたコルク弾はゴーストリング人形に命中し、大きく反動をつけてぐらぐらと揺れ始めた。足場がずれていたため、ピンポイントで同じところばかり狙われていた人形はあわや落ちるかと思わせる動きを繰り返す。

 だが、上から見えていたエレメスと、スナイパーであるセシルは、それぞれの反応を見せた。
 エレメスは静かに銃を構え、セシルは自分の負けを悟り唇をかみ締める。

 そんな二人を疑問符と共に見ていた観客の前で、だんだんとぬいぐるみのぶれは小さくなり、

「え!?」
「止まった!?」

 棚の上で、再びバランスを取り戻す。先のエレメスの射撃により重心が僅かにずれたことによる調整ミス。重心がずれていなかったのならばこの一撃で落とせただろうが、それはあくまでイフの話。結果として、セシルはその重心のずれを着弾まで気づけなかった。
 そしてその結果として、その足場はもはや致命的なほどずれており、今までの命中精度を誇るエレメスならば確実に落とすだろう。
 エレメスは銃口をずらす。
 片方閉じられた金褐色の瞳は、ゴーストリングのぬいぐるみへと焦点をあわせた。

 その閉じられた視界の中に、セシルの茶色の髪が飛び込んできた。もうこの勝負を諦め、セシルが立ち上がったのだろう。視界の端で、まとめられていない彼女の髪が踊る。

 ゴーストリングぬいぐるみの横に、エレメスは視線をずらした。
 ドロップの缶詰、小さなポケットサイズのぬいぐるみ、何かのキャラクターを模した貯金箱。その間に彫刻のように土台に固定された、長細いものが目に入る。

 エレメスの浴衣と同じ、若草色の光沢を持つ髪留めだった。

 銃口が再び僅かにぶれる。セシルは、それに気づかない。

「……ま、こんなところでござろう」

 エレメスは口元に笑みを浮かべて、引き金を引いた。


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by Akira_Ikuya | 2006-09-18 13:55 | 二次創作


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