Scene12

 生体萌えスレに投下した9話の後編です。ここら辺から若干ダーク展開に。嫌いな人は注意。



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 夕飯の出来は、自分が手伝ったと言うのもあってか会心の出来だった。何故か自分が厨房に立っている姿を確認した途端に他メンバーは一瞬固まっていたけれど、アレはいったいなんだったのだろうと思わなくもない。
 それでも食べるとき、喜んでくれていたからいいのだけれど。セシルはそんな風に顔をにやけさせて自室へと引き返していた。
 ちなみに、その喜びは安堵という感情でイコールされているのだが、そのことは誰もセシルには教えてはいない。知らぬが仏と言う言葉もある。

 自室へと入り、後ろ手で鍵をかける。普段ならこのまま部屋着に着替えてベッドへとなだれ込むのだが、今日はそうは言ってられない。昨日までの続きをしなければいけないし。
 セシルはとりあえず着替えだけを済ませ、自室に備え付けられている机へと向かった。

 薄桃色のセーターの袖元にあるのは、数枚の古い紙切れであった。紙の端々ではなく、紙面ほとんどが黄褐色の色に変色しているため年単位、というものでもないだろう。何年前の物か、別に考古学を志しているわけでもないセシルには傍目では判別つかなかった。おそらく、自分の年齢よりも前のものだろう、というのはわかる。
 肘を立てながら椅子に座り、机の上にその紙をばら撒いた。合計、四枚。

「はー……もう、文字がかすれすぎてるのよね、これ」

 眉根を寄せてその紙を見つめる。
 紙が変色しているだけならばまだよかったのだが、それに印字されている文字さえもが既に消えかかっていた。あのスナイパーがわざわざ罠破壊という前準備を行い、その後囮まで使って潜伏して入手しようとしたものだから重要なものだとは思うも、これを一人で解析するのには想像以上に骨が折れた。というよりも、彼女が知っている文字とも多少形式が違う気がする。
 カトリーヌあたりに解析を頼もうかとも思ったけれど、セシルにはそれができなかった。あのスナイパーへの敗北感は未だにセシルの中に色濃く残っているし、そして何より、

「……なんだって、百年以上前の日付が記されているのかしらねー、これ」

 ひらひらと一枚を顔の前で浮かせながら、セシルは物憂げにため息をついた。
 変色した紙。かすれた印字。そして、その紙の右端上に記された百年以上前の日付。何から何まで怪しすぎる。
 未だ侵入者に警戒して巡回を続けているカトリーヌに、これ以上何か物事を頼むのは気が引けた。

 昨日までの二日で、とりあえず一枚は何とか解析はできた。別にそこまで内容も長くはないのだが、かすれた文字とにらめっこと言うのは結構目に堪える。どんな小さなミスさえも見逃さないセシルの目だからこそ、すべての文字の相違点を見抜きだして羅列し、精密にここまで解析できたともいえるけれど。

 紙に書かれていたのは、何かの日記のようだった。かすれているその文字は、筆者の性格を現したかのようにきっちりとした文字で書かれている。

『**月*日
 工程想定も佳境に入った。メインクラスのレビューもほぼ完璧となり、穴すら見当たらない。
 サブクラスの実装も可能となった。あとは研究員が総出でプログラミングすれば完成するだろう。
 問題はインターフェースだ。インターフェースのレビューも出来ている。
 問題は、これに適正とされるものを見つけ出すこととなるが……。
 明日は早番だ。早く眠ろう。』

 ……

『**月○日
 メインクラスとサブクラスのプログラミングが八割完成した。
 あとはインターフェースのプログラミングと適正モルモットの発掘を同時進行すれば、デバックなどの時間とちょうどかみ合うはずだ。
 これでやっと肩の荷が下りる。もう何日家に帰ってないだろうか。
 妻の手料理が早く食べたい。』

 ……

『○○月*日
 インターフェースプログラムも完成した。必要なメソッドはすべて詰め込み終わったはずだ。
 適正モルモットも具体数目をつけたようだ。
 けれど、自分たちでは適正モルモットの捕縛まではできない。
 何処のギルドにそれを委託するかが問題だ。
 デバックも終わらせなければいけない。けれど、あと数月の辛抱だ。
 娘の誕生日は、もう過ぎたらしい。』

「これをあと三枚、かぁ……あたし一人じゃきついわよ、ほんと。もうやめよっかな」

 解析した一枚目の写しを見ながら、セシルはため息をついた。何処からどう見ても何処かの研究員の私生活である。メインクラスだのサブクラスだの、そこにある表記だからそのまま書き写しているだけで、実際の意味なんてセシルにはさっぱり理解できない。

 けれど、この言葉の端はしに微妙な齟齬を感じる。日付は飛び飛びになっているものの、それでも二月もの記録を一枚にまとめ上げているこの研究記録。一人でやるのに骨は折れるが、けれど、何故かこれを手放すことができなかった。
 とはいえ、完全な好奇心だけでやってるので、他の人に頼みたくないのも事実で。
 よし、と伸びを一つ。セシルは残り三枚の古文書に取り掛かった。




『△△月×日
 適正モルモット六体にインターフェースを組み込み終えた。
 今のところ、依然としてどれも拒絶反応は見当たらない。バイオ研究科のほうは大喜びのようだ。
 我々システム制御科のほうは、むしろこれからが大忙しだ。
 新たに浮かび上がるバグに対して二十四時間体制で見守らなければいけない。
 プログラム科のほうも常勤が増えて大変だろう。
 最近、妻の声が思い出せない。』

 ……

『□月**日
 実働実験も七割方成功と言える。
 今までバグらしきバグはさほど浮かんでいないため、うちの科ではこのままいくのではないかという楽観が少しずつ浮かび始めていた。自分もそうなればいいと思う。
 ただ、どうにも自分には矛盾を感じてならない。
 もしこのシステムが実用化されて運営されるならば、誰がその観測を続けるのか。次の世代、次の次の世代へと引き継がれていくのか。
 次の世代……娘は、元気だろうか。もう**年逢えていない。』

 ……

『**月**日
 もう雪が降る季節となってしまったか。
 研究は初動実験全てにおいて成功を収めた。次はチルドレンタイプの検体を集めるらしい。
 メインクラス、サブクラスはそのまま流用できるものの、検体の不可領域に達するまでのインターフェースの制御値などを変更しなければいけないだろう。
 プログラム科の連中がまるでお通夜のように沈みかえっていた。自分の科も同様だったが。
 それより、この研究に対する献金は何処から出ているのだろう?
 チーフにそれを聞いても何も口を開かない。』

 二枚目の解析を終えた。
 一枚目と似たような言葉が多いため、あらかたスムーズに進んだ。
 もう夜も更けた時間になっていたが、セシルはそれに気づかない。まるで取り憑かれたように解析を続ける。




『□月○日
 第二期ともいえるチルドレンタイプの検体実験も無事成功を収めた。
 モルモットの被害は三桁に達してしまうところだったが、メインクラスとなったプロパティは生き残っているので問題ない。インターフェースなどは所詮、外殻に過ぎないのだから。
 むしろ、モルモットが三桁に満たなかったのが僥倖といわざるを得ない。
 それに、たとえいくら被害でようとも、別にそれはそれでまったく問題などないのだから。
 モルモットなど、腐るほどいる。』

 ……

『日付の概念など、もはや不要になってきた。
 こうして日記をとることすら、この研究所内部では異端であろう。
 第一期インターフェースと第二期インターフェースの戦闘実験を試みた。
 おかしい。
 確か第一期のインターフェースには強化スキルを発動できるように組み込んだはずだが、通常のスキルしか発動していない。
 それでも、その肉体操作から生まれでたスキルは、既存のものとは比べほどにならないほどの攻撃力を生み出している。実験は成功とするべきだろうか。
 この実験の際に、チーフが亡くなった。
 肉体操作していて寿命もかなりごまかしていたようだが、なかなか満足のいく人生だったろう。
 私が、次のチーフに選ばれた。もうこの研究所に来て、1**年となる。』

 ……

『おかしい。
 最後に日記を記したのがいつだったのか思い出せない。
 些細なことか。ここでは年月と言う概念など数値でしかありえない。
 第一期インターフェースと第二期インターフェースの実験も無事終了した。
 全てのバグも修復し、メインクラスも既に培養庫へと移し終わった。
 四階部のプロテクトも既に実装済である。
 これで自分たちの任も解かれるだろう。後は上への報告だけだ。
 ああ、これで家に帰れる。何年ぶりだろう、何百年ぶりだろう。
 妻と娘は元気だろうか。』

「……何、これ?」

 三枚目の解析を終えて本文を読んでみたセシルは、思わずそれを取り落としそうになった。
 夜は当に更け、しんとした空気が部屋の中を支配する。その中で吐く自分の息でさえ大きな音に聞こえるほど、セシルはその書類に恐怖を抱いていた。
 だって、これは。もし自分の解析ミスでないのならば。

「……人が数百年生きてる……って、こ……と?」

 月単位の移り変わりが異様に速いとは、二枚目で気づいていた。
 けれど、これは早いなんてものじゃない。人間の寿命がまるで無視されている。
 そして、その過程で壊れていく良識。最初は人格的なものがうかがえた文章も、後半になるにつれて、マッドサイエンティストのそれとなりつつあった。まるで、自分以外全てを研究材料と見ているような。

 それに、このモルモットというのは、もしや―――。



 最後の四枚目の解析を、始めた。
 それは、狂っていた。



『実験は成功した。
成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した。成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した』

「―――――――――――っ!?」

 幾重にもわたる同じ単語の羅列。同じような字体で、同じような大きさで、同じような精密さで。
 それは幾重にも渡って書かれていた。
 セシルは喉元にこみ上げた悲鳴を飲み込む。まるで、何かを呪うかのように細かく書かれた四文字。

 狂っている。文面の上で、筆者の狂気が隠しもせずに踊っていた。

 成功した。
 成功したのなら、何故――――こんな、呪詛のような言葉を書き連ねたのだろう。
 震える指先で、続きの文字をなぞった。

『インターフェースを
                                     放棄
 
 仮想肉体  に

           駄目だ      あいつは
 殺せ

              あれは                      だめだ          
 悪魔が               くる        黒い
     金色の                       月のような

          悪魔が                                』


 もはや、日記とすら言えなかった。
 今までのような薄気味悪い精密さすらない、書きなぐりの単語の羅列。それも行ごとではなく、まるで空間的に書かれたような乱雑さ。
 セシルはこの紙を今すぐ処分したかった。捨てたかった。何もなかったことにして、すぐさまベッドの中に入り、明日のことを考えて眠りにつきたかった。

 もう夜も遅い。そうするべきだ。別にあのスナイパーに対して不可解なまま終わったっていいじゃないか。
 あのスナイパーが何を探りたくてこんな文書を盗み出したのかは知らないけれど。

 これ以上、深入りしてはいけないと、脳が警鐘を鳴らしている。

「あ……ああ……」

 それでも。その文字が目に入ってしまったから。
 声が言葉が震えた。思考が言葉にならない。もう、そのまま目を閉じて何も考えたくなかった。
 指先でなぞる。期日が確かならもう数百年昔のその紙は、触れるたびにぼろぼろと表面が剥がれていくけれど。

 その名前だけは、翻訳しなくてもはっきりと目に映った。 

『悪魔が           くる
        悪魔が        エレメス=ガイル         が        』


 それは――――彼女が生涯の中で最も心を許した男の、名前だった。


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by Akira_Ikuya | 2006-09-13 12:28 | 二次創作 | Comments(0)


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