Scene11

 生体萌えスレに投下した9話の前編に当たるお話です。やっぱりこれもわけないと文字数規定にひっかかるわけで、ここまでくると話数ずれ凄いな。



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 食堂へと入ると、小気味よい、しかし何処か調子の外れた鼻歌が聞こえてきた。
 ドアを開けたまま首をかしげたセシルは、その声に釣られ厨房のほうを覗いてみる。自分は水を飲みに来ただけで、まだ夕飯の時間には少し早いが誰か来ているのだろうか。
 しかし、どうにもこの妙に調子外れた声に聞き覚えがあるのは何故だろう。

「やっぱりあんたね」
「おや?」

 案の定、というべきか何と言うべきか。
 厨房のスキンの前では、いつもの戦闘装束の上に花柄エプロンをつけたエレメス=ガイルが上機嫌にじゃがいもの皮をむいていた。水作業の邪魔になるのか、首に巻きつけているスカーフは外され、変わりに長い後ろ髪を束ねるバンダナへと用途を変えている。
 優男風な井出達と柔和な笑顔があいまってか、花柄エプロンが妙に似合いすぎていた。男の癖に。

「セシル殿、夕食の時間はまだでござるが……」

 右手の包丁はいまだじゃがいもに食い込んだままで振り向いたエレメスは、厨房の淵に立って何故かこちらを呆れ顔で見ているセシルを見やりながら、

「さては、お腹が減って我慢ができなくなったのでござるな?」
「何がさては、よ、何が! そんなわけないでしょうが!」

 得心の言った笑顔で、「ダメでござるよ?」みたいなニュアンスを含めて阿呆なことを言い放ったエレメスに、セシルは罵声を放って水瓶のほうへ歩いていく。いつもみたいにエレメスの頭を小突かなかったのは、流石に包丁などを持っている相手にはいくら突っ込みといえど行えなかったのか。

 食器棚から自分のコップを取り出し、柄杓で水を掬う。室内保存なのであまり冷たくはないが、
それでも乾いた喉を潤すには十分だった。

「今日、あんたの当番だっけ?」
「そうでござるよ」

 流し台はエレメスが使っているため、飲み終わった自分のコップを何処におこうか迷ったセシルは、結局テーブルへと持っていくことにした。確かに夕飯にはまだ早いが、かといって、今からここにいても別に退屈するような長時間でもない。
 何気なしにエレメスへと訊ねた言葉は、単調な響きで帰ってきた。

「今日、何作るの?」
「んー……特には決めてないでござるなぁ。とりあえずじゃがいもが大量にあったから調理してしまおうとは思っているでござる」
「大量にって、どれぐらいよ」
「ざっと二山」
「……山の大きさは?」
「……セシル殿の弓ぐらい?」

 セシルは、足元においていた弓を見る。
 そして、それをじゃがいもの山に置き換えてみた。

「……何、それ」

 眩暈がした。

「何でこんなにあるのでござろうなぁ……大人しく大量に蒸してみようかとも考えたでござるが」
「確かに、主食にしないとどーにもなりそうにないわね、それ……」

 主食にしたところで、その二山を全部食べきるのにいったい何食費やさなければいけないのかわからないが。

「カトリーヌ殿に期待するしかないでござるなぁ」
「カトリーヌだからって、じゃがいもばっかりは……いや、大丈夫そうね」

 脳内に、さほど顔色を変えずにもふもふと熱々のじゃがいもにかぶりついてる仲間を思い浮かべたセシルはげっそりとため息をついた。とてもじゃないが、自分は食べれてせいぜい三つぐらいだ。じゃがいもだけだと、絶対に途中で味と食感に飽きる。
 エレメスはこちらを見ないまま、むいたじゃがいもとむいていないじゃがいもとを、次々と分けていく。

「付けあわせとして茹で野菜でも、と思ったのでござるが……」
「えー、あたし茹で野菜嫌い」
「セシル殿、好き嫌いはいかんでござるよ。そんなだから――――」
「……胸のこといったら、あんたの頭にコップ投げつけるわよ?」
「いつまでたっ―――さすがに今は包丁を持っているので危ないでござるな」

 後ろから冗談ではない殺気を感じ、エレメスはため息をついて洗おうとしていたレタスを野菜籠の中になおした。食材籠の中を見るも、どうやらセシルが満足いきそうな料理が作れるような食材が見当たらない。
 作ってしまえば後は食べさせるだけだが、作る段階で嫌だと言われてしまっては作る側としてはどうしようもない。

「うーん……じゃあ、あと何を作るでござるかなぁ」
「まだ決まってなかったの?」
「決めようと思っていたらさっきセシル殿が」
「だってあんなおいしくないもの食べたいだなんて思わないわよ。アレならまだサラダのほうがおいしいわ」
「……ポテトサラダにでもするでござるかなぁ」

 卵は何処にあったかな、と食材籠の中を探すエレメスをぼんやりと眺めながら、セシルは考えるように両手で握ったコップへと視線を移した。右腕に巻かれたままの、赤錆びた色をしたスカーフが目に映る。
 スカーフの端を握り締めて、セシルは席を立った。

「よし、じゃあ、あたしが手伝ってあげるわよ」
「い゛!?」

 自分から申し出た恥ずかしさからか、僅かに頬を染めて自分の隣に立ったセシルを見つめ、思わずエレメスは頬を引きつらせた。ここで包丁を取り落とさなかった彼をほめてあげるべきか、それとも、無作為に困りきった声をあげた彼を責めるべきか。
 ただどちらにせよ、彼の頭の中でまさかセシルが自分から言い出すとは欠片も思ってなかったわけで。

「ポテトサラダぐらいならあたしも作れるし。ただじゃがいも蒸かして潰して味付けるだけでしょ?」
「いや、その作り方は大雑把すぎるでござるが……というか、ですな、セシル殿」
「ん?」

 これが完全なる善意からの言葉であるから、手に負えない。
 以前セシルの手料理を食べて、三時間ほど三途の川でクロールを延々と泳がされていたことを思い出してエレメスは身震いがした。

「拙者、金槌故もう水泳はこりごりでござるが」
「……は? あんた何言ってんの?」
「って、違う、そうではござらん。ええと」

 あたふたと、食材の中を覗き込む。このままポテトサラダを今晩の夕飯に設定してしまえば、おそらく最終防衛地点であるこの流し台を占拠されてしまうだろう。皆の命の尊さを思い、エレメスは心の中で黙祷をあげた。

 すまぬ、皆。もう無理かもわからんね。

「お」

 いざとなったら自分はクローキングで逃げればいいかと、半ばやけくそ気味に食材をあさっていたエレメスに、それは鮮烈なイメージを齎せた。それは奇跡のようなイメージで、思わずいもしない神様に向かってこうべを垂れたくすらさせるイメージ。
 まるでいつもセシルに殴られて吹き飛ぶ血のような赤みをまざまざと見せ付けたのは、

「そうでござる、ポテトサラダはやめて、今日はコレを使うでござるよ」
「それって……トマト?」

 そう、トマトである。
 何処からどう見ても、何の変わり映えのないトマト。

「ポテトサラダにふかし芋だと、どうしても淡い味付け同士で飽きてしまうでござるからな」
「トマト使って何作るのよ?」
「そうでござるな……食べやすいようにスープでも作るでござるか。具材はこのじゃがいもを揚げたやつで作れば、味もしみてちょうどいいと思うでござる」
「へぇ……食べたことないけど、何かおいしそうね」
「そうでござろう? 味付けなどは拙者が知ってるでござるから、セシル殿の手伝いはいいでござるよ」

 にこ、とエレメスは破顔してセシルへと振り向いた。その笑顔の裏までセシルは探る洞察力などは持っていないが、見るものが見れば何かをやり遂げたすがすがしい笑顔と見えるだろう。
 エレメス的にも、今の弁解は会心の出来だったと自分を誇る。現に、セシルは笑顔を向けられたことで頬に朱をさしていたが、別段、怒っているようには見えなかった。

「……う、それならそれでいいんだけど」
「おや?」

 おとなしく引き下がってくれたのは嬉しいが、ぷい、と視線をそらされてしまうのはどうしたことか。

「……ふむ?」
「な、何よ!?」
「いや、あー……そう、でござるな」

 自分が数日前に巻いてあげたスカーフの端切れを握り締めながらこちらに向かって唸るセシルを見て、エレメスは口の端に笑いを零した。同時に、他のメンバーたちにわずかばかり、謝罪する。

 すまぬ、できるだけ変なことはさせないよう見張るつもりではござるが。

「それでは、芋を蒸してはござらんか? ふかし芋用と食材用と、二つ蒸さなければいけないのでござるよ」
「ぇ、ぁ……う、うん!」

 不貞腐れて俯いてた顔から、一転して満面の笑顔。これは反則でござるよ、と思いながらも、エレメスは内心不安でしょうがない。
 セシルの料理下手は、彼女の元来の味音痴のせいだというのはわかっている。たかが芋を蒸すだけだ、別に不安も何もないだろう、と自分に向かって必死に言い聞かせるも、どうにも不安はぬぐえない。また三時間クロールしなければいけないかと思うと、胃がきりきりと痛くなる。

 けれど。自分の目の前で不貞腐れられていれば、流石にこういうしかござるまい。
 自分のトマトスープが出来るのが先か、セシルに変な手を加えられるのが先か。調理場に男女並んで一緒に料理するという色っぽいことのはずなのに、エレメスには冒険者と対峙したときのような緊張感で溢れ、そんな余裕がまったく持てない。
 それでも、そんな状況を楽しんでいる自分がいる。

「セシル殿、とりあえずこれをつけるといいでござるよ」
「エプロン? 別にただ蒸かすだけなのに……ってあたしまで花柄!?」
「仕方ないでござる。これしかないのでござるから」
「……え、ってことは、いつもハワードもこれつけてるの?」
「例外なくこれでござるな。セイレン殿もつけていたでござろう?」

 セイレンとカトリーヌと料理することが多いセシルは、確かにセイレンの花柄エプロンは見慣れている。むしろ、何か良いお父さんというイメージがしてほほえましかったりしたのだが。

 これを、あのガタイのいいハワードが。
 「やらないか?」とエレメスに迫っているハワードが。

 花柄エプロン。
 ついでに脳裏に浮かぶナイススマイル。

「あはははははっ!」

 呆然としていたセシルの笑いのたけが、一気に爆発した。

「え、ちょ、あのハワードがこれつけてるの? あはははは、嘘、やだ、信じらんない、あはははははっ!」
「……その反応から見るに、セシル殿。さては盛り付けのときエプロン外していたでござるな?」
「ぅ、だってしょうがないじゃない。いつもあの二人の分でエプロンなくなってるんだもん」
「じゃあ、せめて今ぐらいはつけるでござるよ。水が撥ねては冷たいでござろう」

 エレメスに言われて、しぶしぶとエプロンをつける。
 そろいもそろって、花柄エプロン二人組みの構図が出来上がった。エレメスが青色エプロン、セシルが赤色エプロン。傍目には、何処からどう見てもカップルにしか見えない。
 その自覚が少しはあるのか、つけながら顔を赤くするセシル。そして、まったく笑顔を崩さないエレメス。対照的な二人が、それぞれの立ち位置を如実に表していたのは幸か不幸か。

「と、とりあえずっ! お鍋とかはあたしがするから、あんたは早くじゃがいもむいてよね!」
「はいはい、わかったでござるよ。ええと、残りのじゃがいもは……」

 食材籠が置かれているラックの上にじゃがいもを保管しているのか、背伸びをしてラックの上の籠を開ける。ハワードやセイレンなら比較的楽に届くであろうが、彼らより五センチほど低いエレメスは少しかかとが浮いていた。
 ひょこひょこと、バンダナで押さえられた後ろ髪が揺れる。

「……ってい」
「いたっ……っと、っと、と?」

 思わず、セシルはその髪の毛を掴んでしまった。
 いきなりバランスが崩され、エレメスはそれでも必死に踏ん張ろうと数歩たたらを踏んで耐える。けれどそれが災いして、支えるものをつかもうとした両手がラックを掴み、その上にあった籠の蓋が開いて、

「とおおおおおおおおおおお!?」

 スコールのように、エレメスに向かって降り注ぐじゃがいもの雨。
 どさどさどさどさっ、という凄い音に、自分のしでかしたこととはいえ肩をすくめていたセシルであったが、じゃがいもに埋もれて腰をついたエレメスを見て、

「やーい、バカー」

 おかしそうに、笑った。
 じゃがいもの山に埋もれて声が出なかったエレメスは、咄嗟に何か言おうとして、それでも言うべき言葉を失ってセシルに向かってやれやれと苦笑した。

 何だかんだ言うけれど。
 自分と彼女は、結局こうした時間を嫌がってはいないのだと、僅かな満足感と寂寞の想いを、胸にとどめたまま。

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by Akira_Ikuya | 2006-09-09 23:11 | 二次創作 | Comments(0)


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