Scene10

 生体萌えスレに投下した8.5に当たる話です。実はインタバールでしたが、このたび晴れて話数入り。



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「はい、どちらさ――――ま?」

 ノックされた自室のドアを開いたとき、マーガレッタ=ソリンは一瞬の間、絶句した。
 ドアの向こうには、顔を真っ赤にさせてうつむくセシルを胸元に抱え、相も変わらずへらへら顔で笑うエレメスの姿。おまけに何の冗談か、その抱き抱え方が新婚さんよろしくお姫様抱っこときている。
 時が時で場所が場所で、ついでにタキシードとウェディングを着させればそれはそれで立派な絵画になるんじゃないのかと、冗談交じりにマーガレッタは呆然と心中で呟いた。

 そして、何の前動作もなくドアを閉めた。

「ちょ、ちょっと姫、いきなり酷いでござるよ!?」
「わたくしの部屋は三人も入れるほど広くないですわ」

 マーガレッタがドアを開けてくれたことを許可だと思い、部屋に入ろうとしたのか。エレメスの悲鳴じみた声に、マーガレッタはしれっと答えた。
 内引きに開くドアが閉じられたことにより、ゴツンとかいう物凄い音がした気がするが、マーガレッタはそ知らぬ顔でソファーへと戻る。応接用のソファーに座りなおし、おいてあった紅茶を一口口に含み至福のため息。
 しかし、再度のノックの音と同時に聞こえてくる情けない声が、それを素敵に破壊してくれる。

「ひ、姫ー、それはないでござるよー」
「……まったくもう」

 何が悲しくて自室にあんな状態の二人を入れなければいけないのか。そもそも、何がどうなってあの二人はちょっと見ない間にあんな状況になっているのか。頭の中に疑問符が乱打されるも、さっぱり状況がつかめない。ほんの数日前の夕飯のときは、ご飯を食べるのを忘れるほど喧嘩していたというのに。
 どちらにせよ、何かが転んでああなったのなら、エレメスもエレメスで、どうせ連れ込むなら自室にでも連れて行けばいいのにと内心思わなくともない。まぁ、それができないからこそのへたれなのだろうとマーガレッタは、ため息をついて再びドアの元へ向かった。どうしてここに住まう男達はすべからくへたれなのかと落胆もする。聖職者にあまるじき思考といえばそれまでなのだが、あいにく、マーガレッタは世の中を綺麗事だけで生き抜こうとは欠片も思っていない。

 というより、何でここなのだろう。

「それで、いったいどのようなご用件ですの?」
「何か言葉の端に微妙な棘を感じるのは気のせいでござろうか」

 先ほど開けたときのように全開に広げず、顔だけを覗かせる程度のスペースしか扉を開けないマーガレッタに、エレメスは乾いた笑いを受けべた。そんなエレメスからセシルへと視線を移す。
 セシルは相変わらず、何か言うことさえもままならず赤い顔をうつむかせていた。今の格好を見られることは、確かにプライド高い彼女にしてみれば羞恥心をあおられるのだろう。根っからの可愛いもの好きなマーガレッタは、彼女のその表情に思わず情欲にも似た感情を覚える。

 ただ、一つだけ思うのだけれど。
 彼女の左手は、誰がどう見てもエレメスのスカーフの切れ端にしか思えない右腕に巻きつけられた巻き布を握り締め、彼女の右手はその布の大元となっている彼のスカーフを握り締めているこの現状に対し、部屋の主のはずなのに部外者的な存在と感じる自分はどうすればいいのだろう。

「セシル殿が左肩を怪我したみたいなので、ちょっと診てあげてほしいのでござるよ」
「左肩?」

 呆然と飛び去っていた思考は、エレメスの声でマーガレッタの頭の中に戻ってきた。
 何故患部が肩なのに抱き抱えられているのか疑問に思うも、エレメスの胸の中にいるセシルを覗き込む。
 見ると、確かに何か鋭い物で切り裂かれたような裂傷がセシルの左肩に痛々しく残っていた。

「……あら、本当ね。わかったわ、こっちへつれてきて」
「ベッドでいいでござるか?」
「ええ、そこに寝かしつけて」

 ついでに足も怪我しているのだろうか。その割には肩以外何もエレメスは言ってなかったけれど。
 包帯と薬などが入った救急箱を自室のタンスから取り出しながら考える。もうこの際、後ろから聞こえてくる「きゃ!? あんた、また触ったでしょ!?」「触るほどもないでござルグッ!?」「うるさいっ!」などの声は一切脳内から除外してしまおうとマーガレッタは心に決めた。
 確かに今のセシルは普段と比べると殺人級なまでに可愛らしいしいじらしいが、それが自分以外の手によるものだという時点で興醒めもいいところだった。

 救急箱を手に、ベッドへと戻る。
 そこでは、座り込んだまま左手で自分の胸を隠してエレメスに向かって牙を向いているセシルと、鳩尾でも殴られたのか体をくの字型に曲げてベッド脇で悶え苦しむエレメスの姿。自分の部屋なのに「もう、わたしく帰っていいのでしょうか」とか思わず呟きたくなってしまう。

「ちょっと触りますわね……痛みますか?」
「っ……うん、少し」

 自分のベッドへと座ったセシルの前に、同じようにしてすわり込む。そして、出来るだけ患部を触らないようにして、その傷口を沿うようになぞった。それでもセシルは若干苦悶の声を上げるため、見た目よりも傷は酷いのかもしれない。服の上からだとそれがわかりづらいのが難点だった。
 患部を見た限りでは、服の上から鉤状のもので抉られているということしかわからない。おそらく、これは人がやったというよりも動物か何かの爪だろうとマーガレッタは当たりをつけた。
 とすると、一度患部を洗わなければいけないことになるが―――。

「ところでエレメス?」
「はい、何でござるか、姫」

 じーっとベッド脇に立ってこちらの治療というか診察を見つめているエレメスへと、マーガレッタは振り返った。
 その顔はセシルの怪我を心配しているのか、それとも憧れであるマーガレッタの部屋に入ったことにより緊張しているのか。エレメスのいつものへらへら顔が、僅かに引き締まっていた。こうしてみると案外男前なのかもしれない。
 そんなことを思いながら、さらっと一言、マーガレッタは歌うように告げた。

「囁くは過去の断罪、其は主なる父への真なる懺悔ホーリー・ライト

 そして、その男前の顔にめり込む、十字架の神託。

「殿方がいつまでも女性の部屋にいるのは感心しませんことよ?」
「い、いえす、まむ」

 近距離でホーリーライトの直撃を食らったエレメスは、たまらずその場にひっくり返った。セシルはその光景をぱちくりと目を瞬かせながら見つめている。
 セシルもまさか、人間の顔が十字型にめり込むアンビリーバボーな現場を目撃するとは露とも思っていなかっただろう。

 エレメスが部屋から出て行ったのを確かめたマーガレッタは、両膝を中央におき、足を広げるようにしてぺたんと座り込むセシルを見つめた。ここにきてから、セシルはどうしたことか恐ろしいほどに無防備だった。まるで、セニアかカトリーヌを見ているようですらある。
 いつものように自分が頭を撫でると嫌がり、抱きしめようものなら必死にじたばたと逃げようとするセシルが可愛いと言うのに、これでは可愛さよりも愛しさが優先してしまうではないか。なるほど、こんなセシルを前にすれば、確かにエレメスが自室ではなく自分の部屋につれてきたことに納得してしまう。
 ここまで無防備な姿を晒されていると、彼みたいな人種には扱いづらいことこの上ないだろうし。

「服脱がしますわよ?」
「あ、うん……って、自分で脱ぐわよ」

 マーガレッタは胸中で思ったことはあえて言葉には出さず、セシルには黙っておこうと思った。
 言われたままに、セシルは胸元のジッパーに手をかけて左肩を露出させた。やはり服の繊維が傷口に入り込んでいたのか、乾燥した血のせいで張り付いていた服を脱ぐときセシルは眉根を寄せて少しだけ声を漏らす。

 その様を見て、マーガレッタは薄くため息をついた。
 いったい誰が、こんなに大人しいセシルに手を出せるというのだろうか。自分でさえ、このまま裸に剥いて押し倒すという、普段ならデフォルトでやりかねないことをためらってしまうと言うのに。

「……あらあら。結構酷いわね」

 服があったせいで今までよく見えなかったが、肩を見てマーガレッタは眉根を寄せた。セシルの白く細い肩に走る、三筋の平行の傷跡。線の始点と終点は浅い傷だったが、その中腹は少し深くまで抉っている。これでは本当に動物か何かにやられたとしか思えない。
 傷口は確かに酷いものだが、傷自体はそう厄介なものでもなさそうだ。かといって、ヒールで無理やり傷口を修復しても、しばらくは引きつるような痛みが残るだろう。大人しく消毒と普通の治療だけに済ませておくべきと判断した。
 マーガレッタは救急箱から、聖水の入った瓶と清潔なガーゼを取り出す。

「紡ぐは聖なる衣、其は主なる父の剣先の印アスペルシオ

 アスペルシオの神託を紡ぎながら聖水をガーゼへと振りかける。本来アスペルシオを用いる用法とは若干異なるものの、聖効果を付与できるこの神託は傷口などの殺菌、消毒などに思いの外よく向いていた。

「少し沁みますわよ」

 断りをおいて、ガーゼを患部へと当てる。セシルは眉根を寄せて痛みに耐えていた。

「ぁ、っつ……」
「いったい何にやられたのです? この傷、普通の戦いではあまりありえなさそうですわよ」
「うん、ちょっと鷹にやられちゃって……」
「ああ、やっぱり……はい、消毒はお終いですわ」
「……ぅ」

 血で汚れたガーゼをゴミ箱へと捨て、新しいガーゼを取り出してそれに軟膏を塗りこんだ。
 そして、先ほどの消毒がしみすぎたのか、傷薬に思わず逃げようと腰が引けていたセシルを捕まえて、患部にガーゼを押し当てた。

「~~~~っ」
「我慢我慢。ちょっと動かないでくださいね」

 痛がるセシルの頭を撫でながら、片手で器用に肩に包帯を巻きつけていく。

「しばらく痛みが残ると思いますけど、これで大丈夫なはずですわ」
「あ、うん、ありがと、マーガレッタ」
「でも、あまり左肩を動かしてはダメですわよ? 真ん中の傷は結構深いようでしたから、しばらくお風呂上りは寄ってくださいな」
「はーい……うぅ」

 ベストを着なおしながら明日からの痛みを考えてしょぼくれるセシルに、やれやれとマーガレッタは微笑を浮かべて苦笑した。今日はどういうわけか元気がないが、明日からはきっと治療しようとすれば抵抗するんだろう。聖水のストックをもうちょっと用意しておいたほうがいいのかもしれない。

 そんなことを思いながら救急箱の中にガーゼや鋏などを直していたマーガレッタは、ふと、セシルの右腕に目が行った。

「そういえば、その右腕は治療しなくて大丈夫ですの?」
「え!?」

 治療も終わり、ベッドから降りようとこちらに背を向けていたセシルは、その一言に面白いように反応した。まるで摘み食いをする子供が母親に見つかったかのように両肩をぴくんと震わせ、ベッドのふちに座ったままこちらのほうを振り向こうともしない。
 「ははーん?」と、マーガレッタは口元に邪悪な笑みをたたえた。

「見たところ、包帯代わりにやっているようですわね。新しいのに巻きなおしましょうか?」
「え、あ、あ、いや、その」

 すすす、とベッドの上を横断してセシルの背中に回る。
 セシルはマーガレッタのほうを振り向けず、だらだらと冷や汗を流しながら必死に何か言おうと言葉を考える。

「う、うん。こっちの手は、ほら、だ、大丈夫。治療したから」
「どなたが?」
「え、あ、う、それは、当然」
「当然、エレメスが?」
「~っ!」

 たとえ振り向かないまま顔を見せずとも、セシルの茶髪の間から覗く彼女の真っ赤な耳が全てを物語っていた。この茹でたこぶりでは、おそらく顔なんてもう赤くないところが存在しないだろう。
 そんなセシルが愛しすぎて、マーガレッタはセシルの後頭部を自分の豊満な胸で抱きしめた。

「もう、本当にセシルってば可愛いですわね」
「ちょ、ちょっと、マーガレッタ~!」

 困ったような声をあげて上を向くセシルに、マーガレッタはあやすようにセシルの頭を撫でた。

「それで、どうするのです? 巻き直すなら、してさしあげますわよ」
「……ぅ」

 セシルはマーガレッタの茶色の瞳から視線を逸らし、逃げ場を求めるように視線を泳がせる。その様子があまりにもおかしくて、マーガレッタは巻きつけられたエレメスのスカーフの端を手に取った。

「あ……っ」
「傷は何ですの?」
「矢……傷」
「あら、セシルが弓使い相手に傷を負っただなんて」
「あ、あたしだって怪我ぐらいするわよ!」
「傷は酷かったのです?」
「……う、ううん。傷自体は酷くなかったんだ、け……ど……。~~~~~っ」

 言葉尻が小さくなっていったと思いきや、何か思い出したのか、言葉にならない悲鳴をあげてばっとその場にうつむくセシル。その顔が先ほど以上に赤くなったのを見て、あらあらとマーガレッタは自分の胸の中のセシルに視線を落とす。
 エレメスとの間に何かあったというのを隠そうともしない彼女の態度に、マーガレッタはこれ以上からうかどうか少し悩んだ。というより、これ以上からかうと恥ずかしさが反転して逆にこちらがつき合わされるかもしれない。それに、案外、ひょっとするとこの態度で隠し通そうと本人は思っているのかもしれないし。

「だけどっ!」
「あら?」

 そんなことをマーガレッタが考えていると。
 うつむいたまま、セシルは悲鳴とも聞き間違えられそうな大きな声を上げた。

「その、毒仕掛けられてて……え、エレメスが、治療して……くれて……」
「あらあら?」

 思いの外、セシルは正直に話し出した。顔は相変わらず赤いまま、視線は俯いたままだけれど。
 子供など身ごもったことはないが、何だか我が子から秘密を打ち明けられているかのような錯覚にマーガレッタは陥りそうになる。母性本能がくすぐられて、顔ににやけがとまらない。

「そ、それで」
「うん?」

 懇願するように顔を上げるセシル。きょとんとしてセシルの顔を見下ろしたマーガレッタは、少し絶句した。
 そんな彼女の目の端に微かに浮かんでいるのは、見間違えでなければ涙だろうか。

「これ……外さないと、ダメ?」
「…………あらあら」

 もう、マーガレッタにはあらあらと言うしか残されていない。他に何かコメントできるような言葉があるなら、是非ともマーガレッタは誰でもいいから教えてほしかった。もはやここまでくると、毒気が抜かれすぎて逆に当てられる。顔のにやけに反比例して、下心が急速にしぼんでいく。
 今なら神託の力を借りずに、素手でエレメスを完膚なまでに虐殺できそうな気さえするマーガレッタは、口元に手を当てて少しだけ思案顔になった。

「そう、ですわね」
「……ぅぅ、やっぱり……」

 マーガレッタの胸の中でしょんぼりとセシルは項垂れる。
 彼女の頭を撫で続けていたマーガレッタは、仕方ないですわね、と、言葉には出さず肩から息を抜いた。何となく癪だけれど、セシルをここまで変えてしまったのなら、彼にも責任を取らせないといけない。

「それじゃ、外すのやめましょうか」
「じゃあ、外すの手伝……え?」
「あら、外すの?」
「え、あ、え?」

 スカーフの端をひらひらと弄んでいたマーガレッタに、セシルは驚いて目をぱちくりと瞬かせた。
 セシルの反応を見て、落ち着いていた嗜虐心が鎌首をもたげてきた。

「外すなら外しちゃいましょうか。ええと、結び目は……」
「わ、ちょ、ちょっと待ってよ!」
「あらあら?」
「は、外さなくていいなら、別に外す必要ないじゃないっ!」

 慌ててマーガレッタの手からスカーフの端を奪い取ると、セシルはそれを胸元に押さえ込んでマーガレッタを睨み付けた。対して、マーガレッタは笑顔を一欠けらも崩さずにセシルをにこにこしながら見つめる。

「別に必要がないとか言っていないですわよ?」
「う、それは、そう……だけど」
「その布、きっと毒か何かの対策がしてあるんでしょうけど……傷口に当てていてはダメな場合もありますわよ?」
「ど、どっちなのよー!」
「あらあら。うふふふ」

 ころころと変わるセシルの反応が楽しすぎて仕方がないといわんばかりに零れる笑顔。その笑顔と、好奇心盛りだくさんの視線と、自分とは程遠い弾力かつ圧倒的な質量を持つ豊かな双丘を頭の後ろに押し付けられて、セシルは全泣きカウントダウン入っている。
 ベッドから逃げようと体を動かすも、どうやらマーガレッタは体全体でセシルを後ろから抱きしめているらしい。まったく持って身動きが取れなかった。

「ほらほら、どうするのです?」
「う、うぅぅぅぅぅうう」

 観念して、セシルは上を向いた。マーガレッタの好奇心に溢れた瞳と目が合う。


「――――、―――――」

 ぽそっ、と。
 セシルは、マーガレッタにつぶやいた。

「………」
「ま、マーガレッタ?」

 そしてマーガレッタは、笑顔のままいきなり凍りついた。

「……」
「…………」

 それはある種、劇的な変化だった。
 まるで山頂の霞が晴れるように。
 まるで湖面の汚れが湖の底へと沈んで消えるように。

「……っ! ちょ、ちょっと、やっぱり今のナシ、ナシ!」

 今まで、半ば熱で浮かされていたようなセシルの思考が、さーっと音を立てて元に戻っていく。
 凍りついたマーガレッタを放置して今は全速力で逃げるべきだと命令を下した自分の脳みそに全身全霊で従いながら、セシルはマーガレッタの抱擁を解いてベッドから離れたところで。

「うふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「いやあああああああああああああ!?」

 会心の笑みを浮かべたマーガレッタに、つかまった。 

 こうして、治療のためにマーガレッタの部屋を訪れたはずのセシルは、絡み酒の人よりも数百倍度合いがえぐいマーガレッタに捕まり、部屋に来る前以上に疲労困憊するハメになったわけであるが。
 彼女が部屋を出るまで、今ベッドの上で拘束されてから凡そ二時間。果たして何についてマーガレッタからあれこれ根掘り葉掘り聞かれたかは、各々のご想像にお任せするとしよう。

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by Akira_Ikuya | 2006-09-09 23:09 | 二次創作 | Comments(0)


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