Scene8

 生体萌スレに投下した8話が長いので、2分割した前編に相当する話です。基本誤字訂正。



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 セニアの顔半分は自らの血か他人の血かわからない赤色で染まり、薄く開いた唇からは僅かに赤いラインが零れている。藍色がトレードカラーだった彼女とは正反対の暖色が、彼女の体を染め上げていた。
 彼女が普段纏っている鎧にもあちらこちらに亀裂が走り、その鎧が守っている手足はだらしなくそこに投げ出されていた。いつも礼儀正しく、姿勢正しくしていた少女からはとても想像できない、嘘のような情景。

「セニ、ア……?」

 セシルがよろよろと、壁へと近づく。
 近づけば、嫌でもわかってしまう。いや、近づく前から、ソレはセニアの体を一番色濃く彩っていた。目が覚めるような、赤。
 胸に走った、袈裟懸けに描かれた刀剣による、裂傷。

 それでも、セシルは近寄れずにはいられない。目の前で崩れるように座っているセニアに、近づかずにはいられない。
 数日前の出来事が脳裏に走る。まだ何処に潜んでいるかがわからないから、罠を張って警戒しようという言葉に、珍しく反抗したセニア。セニアが何を思ってああやって切り出したのかはわからない。

 けれど、引き下がるべきではなかった。
 あの時、トリスの視線に気圧されず、自分の意思を押し通すべきだったのか。

 左手が、血のついていない頬に触れる。まだ、温かい。

 遅すぎた後悔が心の中を駆け巡る。セニアの頬に触れる手が、震える。
 さっき冷酷なまでにウィザードの腕を弾き飛ばし、侵入者たちに矢を向けた。そのウィザードが、セニアに変わっただけの話。自分とあの五人の立場が変わっただけ。ウィザードとセニアの立場が変わっただけ。
 けれど、自分たちのやっていることに、相手のやっていることに、狂いそうなほどの怒りがこみ上げる。悲しみがこみ上げる。

 そっと、親指でセニアの目の下をなぞる。閉じられた目をなでるように。
 セニアの頬は、以前と変わらず柔らかかった。まだ十一歳の幼い少女なのだ。柔らかくて、当たり前だった。
 泣きそうになるセシルの手に撫でられながら、セニアの頬はむずがるように揺れる。

 ―――――――むずがるように。

「……え?」

 セシルは自分の掌が感じた感触に驚き、思わず掌を握り締めてしまった。左手全体で触れていた頬は、驚いたことにより握力の加減が出来ていなかったのか、まるで摘み上げられるみたいに形が変形した。
 閉じられた瞳の上で水平に保たれていたセニアの眉根が、僅かに寄る。

「え、ちょ、ちょっと!?」

 セシルは目を白黒させながら、自分の背後で佇んでいたエレメスへと振り返った。エレメスはあちらこちらを見渡していたようが、セシルの声に反応して振り返る。
 そのエレメスの背中には、いつの間に探し出したのか、妹であるトリスが背負われていた。

「何でござるか、セシル殿」
「何でござるか、ではないでしょーが!? セニアまだ生きてるじゃない!?」
「……? いや、生きてるじゃないと言われても困るでござるよ。というより、何でセニア殿が死んだとかなってたでござるか」
「―――っ!? あんた、知ってたのね、知っててあえて放置したのね!?」

 セシルの柳眉は釣りあがり、今にも牙を向かんとエレメスに向かって吠え付ける。
 当のエレメスは、まったく持って怒られている理由がわからず、トリスを背負ったまま両の手をあたふたとさせて困り果てていた。

「いや、知ってたも何も……セニア殿が亡くなったとは一言も言ってないはずでござるが。というより、死んだ相手の気配をたどるとか、流石に拙者はそこまでできないでござ―――」
「~~~~~~~っ! だったら、さっさとそう言えええええええっ!」
「ちょ、セシル殿、矢はまずい、矢はまずいでござる!?」

 トリスを背負っている以上、背を向けて逃げるわけにはいかず、ひゅんひゅんと飛んでくる矢からバックステップでひたすらに逃げ惑うエレメス。
 導入部位からの、傍から見れば赤っ恥にしかならない光景を脳裏でフル再生させているセシルは、さっきとは違う意味で半泣きになりながら矢を連射し続ける。むしろ全泣きカウントダウン五秒前である。
 逃げ惑うござる野郎を矢アサにして、彼の記憶をふっ飛ばさない限り、真っ赤に染まったその両頬の赤みは消えないだろう。

 羞恥で真っ赤に染まった頬と、真っ白になった頭で、それでも、とセシルは思う。
 たとえ恥ずかしさの余り死んでしまいそうでも、耳まで真っ赤になってその赤みが消えなくても、自分の後ろで眠る少女の命まで消えてしまわなくてよかったと。ウィザードを僅か一秒足らずで即死させ、矢を打つことにためらいを欠片ほども感じなかった心でも、自分の妹のように大事にしている少女が死んでいなかったことに安堵している。

「―――――ん、んん……」

 エレメスの悲鳴が大きかったのか、セシルの怒鳴り声が大きかったのか。むしろ、二人共騒がしかったのか。
 少し鼻にかかる声をあげて、セニアはゆっくりとその両まぶたを開いた。
 声に気づいたセシルは、至るところに矢が突き刺さったエレメスにむけて矢を打つのをやめてセニアへと振り返る。さり気なくトリスにはかすりもしていないところは、セシルの腕前かエレメスの腕前か見解が分かれるところだろう。

「あ、れ……セシル………様?」
「もう……ほんと心配したのよ、バカ!」

 まだ意識がはっきりとしていないのか、ぼんやりとした瞳で見上げてくるセニアを、セシルは思い切り抱きしめた。小柄な自分よりも更に小さいその体を抱きしめ、セシルは安堵のため息をつく。
 小柄な体から伝わってくる、生と言う温もり。

「無事でよかった……」
「セ、セシル様、どうしたのですか」

 抱きしめられたセニアは、何で抱きしめられているのかもよくわからずにわたわたと慌てふためく。その度に青い髪がはらはらと揺れ、血で真っ赤だった頬は今度は違う朱色に染まっていく。

「セニア殿」
「あ、エレメスさ――――な、何ですかそのお姿は!?」

 呼びかけられた声に、セシルの肩越しにエレメスを見上げたセニアは、そこに立っていたエレメスに思わず声を詰まらせた。
 無理もあるまい。いつものぼさぼさな長髪と金褐色の瞳の優男だと思って見上げた先にいたのは、ハリネズミと見間違うかのように矢まみれだったのだから。しかも所々途中で矢が折れて、まるで落ち武者みたいになってるのが更に笑えない。というか、純粋に怖い。

「それより、でござる。――――何か、言うべきことはござらんか?」

 すっ、と、エレメスの瞳が細められた。彼らしからぬ静謐さを持った声音は、いきなりセシルに抱きしめられて朱色に染まっていた頬から赤を引かせる。
 セシルが抱擁を解き、自分を見つめてくるのがわかる。けれど、セニアはセシルを見れない。ただ、エレメスを見上げ続ける。
 少女の顔に浮かぶ表情は、悔いと自責。

「今回の者たちは、かなりの手慣れでござった。セニア殿たちには荷が重すぎたでござろうよ。それなのに……何故、無茶をしたのでござるか?」
「……申し訳、ありません」

 エレメスの声は滔々と響く。その声には叱責も非難も入っていない。
 ただ、それゆえに、真面目なセニアには堪えた。

「セシル殿の罠があれば、それを察知して逃げる時間は稼げたはずでござる。逃げることは恥ではござらんよ。今回の件、まだセイレン殿には伝えてはいないでござるが……伝えたところで、おそらく同じことを言うと思うでござる」
「……はい」
「……ふぅ、理由は言わず、でござるか。セシル殿」

 エレメスは目を閉じて困ったように髪の毛を掻いた。元より、エレメスは自分がこんな役似合わないことを重々承知しているし、今までに人に説教を行った記憶などほとんどない。ましてや、セニアのように生真面目に自分の言うことを受け入れる子相手など、一度もないのではないだろうか。
 だからエレメスは、セシルへと言葉を投げかけた。

「何よ?」
「セシル殿は、どう思うでござるか?」
「……」

 セシルはすぐ目の前にいるセニアの瞳を見つめる。
 自分と同じ、少し薄い色素の青みがかった瞳は、どんな叱責でも受けますといわんばかりに自分を見つめ返していた。
 そんな目で見つめ返されれば、毒気も抜かれる。いったい誰がこの子相手に、頭ごなしに叱り付けれるというのだろうか。セイレンに至っては、こんな顔をされた時点で自分の腹を切って詫びかねない。マーガレッタなどは興奮してお持ち帰りするかもしれないが。
 何となくエレメスの困惑振りが理解できたセシルは、ため息と共に告げた。

「別に、あたしは何もないわよ」
「……だ、そうでござるよ、セニア殿。今後は無茶してはダメでござるよ?」
「……はい、申し訳ありませんでした」

 しゅんと項垂れたままセニアは俯いた。
 もう一度だけ念押しして、エレメスは帰ってきた答えに満足げに頷いた。背中に背負っているトリスはまだしばらく起きそうもなかったが、このままにしておくわけにもいかないだろう。傷はセニアほどは酷くはないようだが、イレンドたちを早く見つけて傷の手当てを済まさなければ。
 そう思い、トリスを背負いなおしたエレメスに、セニアの声が投げかけられる。

「あの……まさか、お二人で全員撃退したのですか?」
「ん? ああ、そうでござるよ。尤も、三人は逃げられてしまったでござるが」
「あそこでエレメスがちゃんと攻撃してれば逃げられなかったのに!」
「いや、そうはいうでござるが、セシル殿。あそこで無理に戦闘してもただ無駄に時間が過ぎただけで……」
「だからそうなる前に倒せばよかったのよ!」

 セニアをほったらかして言いあいを始める二人に、セニアはぱちくりと目をしばたたかせ、

「ふふ、やっぱりお強いですね、エレメス様たちは」

 くすくすと、口元を隠して笑いを零した。二人は毒気を抜かれた顔でセニアを振り返る。
 まるで童女のような無垢な姿に、あのセシルですら思わず言葉をなくしてしまった。こういう子は将来、絶対に男をダメにする女人に成長するだろうなぁ、などとエレメスは不謹慎にも友人の妹相手に思ってしまう。むしろ、こういう子を妹として持ってしまったセイレンに同情すべきなのか。
 ナチュラルに人を魅了する子ほど、厄介なものはないのだから。

「それにしても……六人もの相手に遅れをとらないなんて。私達はやっぱり足元にも及ばないのですね」
「こんなヤツほめても何もでないわよ……って、ちょっと待って?」
「……セニア殿、今、六人とおっしゃったでござるか?」

 何気ない口調で語られた言葉を、しかし、二人は聞き逃さなかった。

「あ、はい。六人いました」
「……エレメス」
「わかってるでござる、確かあの時は―――」

 両手剣の騎士と、槍術師の騎士。
 ウィザード。
 男女のプリースト。

「騎士が二人、魔術師が一人、あとはプリーストが二人……」

 合計、五名。

「一人―――逃した?」
「いや、初めから五人だったはずでござる、ということは」

 そこまで言って、エレメスははっとして記憶を探った。
 一人足りなかった襲撃者。そして、途中で襲撃者が語った言葉、


 ―――――しゃーねぇだろ。元はと言えば、俺たちは足止めだ。頃合だし引くぜ


「足、止め……」
「―――っ、まんまと裏をかかれたってこと!? そんな、じゃあ、あと一人は何処に……」

 急に緊迫した表情に変わった二人に、一人展開についていけないセニアは首をかしげた。
 そして、エレメスの額に刺さってる、ぶらぶらと中途半端な位置で折れた矢を指差して、

「その矢は、スナイパーにやられたのではないのですか?」
「―――――っ!?」

 二人の顔が驚愕に染まる。
 最初、セニアがエレメスの体を見て驚いたのは、相手との戦闘による負傷だと思い込んでいたからだ。多量の矢傷。六人相手に大立ち回りをしたのならば、確かに理解できなくもない傷。よもや痴話喧嘩みたいないざこざがあったとは思いも寄らないだろう、そんな認識の齟齬。

 だからこそセシルは、その傷については聞かなかったし。
 だからこそ二人は、新たな六人目のことなど思いも寄らなかった。

「そのスナイパーが何処へ向かったか、セニア殿は知っているでござるか?」
「あ、はい。確か―――」

 襲撃者は六名。内五名は足止め。
 相手の想定した戦闘対象はおそらく自分。セシルは想定外。
 そして待ち構えていた場所は二階出口。

 仮定する。
 もし自分が二階部位にいたと考えたならば、囮として残った相手は自分を何処へいかせまいとするか。

「三階の、方へ」

 あれは二階へ行かせまいとしたのではなく。
 二階から三階へいかせないようにしていたのでは――――。

「あたしたちは三階から真っ直ぐ降りてきたけど……すれ違わなかったわよ?」
「クローキングの類か、あるいはハイドか……いずれにせよ、拙者たちの注意が足りなかったでござるな」

 三階に何の用があるのかはわからない。囮を使ってまで単独で潜伏したのだから、おそらく腕試しの類でもないだろう。ましてや名声のためであるはずがない。
 厄介なことになったでござるな、と胸中でエレメスは一人ごちた。どうやら、ただ単なる襲撃者という肩書きではすませれなくなってしまってきたようだ。
 まるで、数日前の侵入者を彷彿とさせる状況。

「にしても、何でわざわざ三階に行くのにあんたのことを引きとめようとしたのかしらね」

 どうやらセシルも同じところに思考が行き着いたらしく、不思議そうにエレメスを見つめてきた。
 エレメスは中空を見つめながら、思考を纏めようとする。

「そこまでは拙者もわからないでござる……が」
「何にせよ、追いかけないとね」

 セシルは立ち上がって大きく伸びをする。何も打ち合わせをしなくても、既にお互いの頭の中で自分たちがそれぞれやることは認識できているらしい。
 怪我人の気配をたどれるエレメスがまずは二階部の面々の応急手当をし。
 セシルが、三階部へ潜伏した侵入者を追いかける。

「拙者も終わればすぐに向かうでござるよ。まずはセイレンたちと連絡をとって動いてほしいでござる」
「わかってるわよ。そっちこそ、カヴァクたちをよろしくね」

 エレメスの声を後ろに残し、セシルは先ほど来た道を逆走し始める。
 どうやら相手はセニアたちだけを直接狙って攻撃したらしいが、確かに言われて見れば、自分以外がつけたと思しき矢傷の形跡などが床などに残っている。しかし、その痕跡も小さなものばかりで、先ほどみたいに気が動転していたはわからなかっただろう。

 三階部へのゲートへ到着し、それが開くのももどかしく思いながらセシルは螺旋階段へと突入した。上で呼び出されてから既に二十分ほど。ひょっとすると既にセイレンたちが片付けてしまっているかもしれないが、それならそれで安心できるというもの。
 セシルは目の前に長く聳え立つ螺旋階段を見上げ、よし、と一つ息を吸い込み、全速力で駆け上がった。


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by Akira_Ikuya | 2006-09-08 10:51 | 二次創作


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