Scene7

 生体萌えスレに投下した7話に当たる話です。ルビ振りなどちょっと装飾付け加え。



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 二階部へ駆け込んだ二人は、ゲートから一歩出た瞬間に、申し合わせたようにその場で足をとめた。今は一刻も早くセニアたちを探し出さなければいけないというのに、二人は互いに背中を合わせぐるりと首をめぐらせる。

「これは……」
「……あー、もう、腹立つ。見事に引っかかったみたいね」

 急ぐ二人を止まらざるを得ない状況へと導いた原因。
 それは、二人を取り巻いている肌を刺すような殺気。

「セシル殿、まだ走れるでござるな?」
「当たり前でしょ。たったアレぐらいで疲れるようなやわな体してないわよ」

 高さ何メートル、直線距離に換算するとどれぐらいになるのかも考えたくない螺旋階段をノンストップで駆け下りた体で、しかしセシルは欠片の嘘もこめずに言い放った。これぐらいでへたれるようならば、初めからついてきたりはしない。
 それに。

「今は走れなくても走るしかないでしょ。場所、わかってるんでしょうね?」
「気配をたどればわかるでござる。しかし、まずはその前に―――」
「―――ここを、突破しないとねっ!」

 ズンッ、と、辺りの空気がひしゃげた音がゲートの前から響き渡った。エレメスを追い回すときのようなそんな可愛らしいものとは比ではなく、恐怖心と威圧感をあたりに撒き散らす、重々しい波動。
 そんな物理的ともいえる衝動を体の奥から引きずり出したセシルの周りに、連動するように紫電がばちばちと帯電していた。彼女が腕を振り上げると紫電も火花を撒き散らして弾け、彼女が一歩踏み出すとタイルが紫電に弾かれて弾け飛ぶ。
 赤い紫電が、セシルのサファイアブルーの瞳を激情へと染め上げていく。その視線は真っ直ぐと、隠れた襲撃者たちを捉えて離さない。

「構えろ、来るぞ!」
「な―――セシル=ディモン!?」

 それを合図に、物陰から姿を現す影が五つ。騎士の鎧を着込んだ男が二人、ウィザードの軽装を身のまとったものが一名、そして、プリーストの男女が一名ずつ。エレメスが来ると初めから踏んでいたようで、隙あらば奇襲でもかけようとしていたのか。予想外だったセシルの登場に五人は戸惑った表情を浮かべていたが、やがてすぐに鋭利な顔つきに戻し、それぞれの武器を構える。

 直感に頼らずとも、この殺気を感じればわかる。彼らは、おそらくさっきまでセニアたちと戦っていた相手。
 それがここにいるということは、もう――――。

「ダブル―――」

 神速ともいえる手捌きで、矢筒から二本の矢を取り出したセシルは弦に番え大きく引き絞る。戦闘開始の合図も何もなく、ただ、先へ進むことそれだけに意図を絞った行為。
 五人の中で一番早くセシルの行為に反応できたのは―――そこにいたのが天運か。運悪く、番えた矢の先にいたウィザードであった。

「だめだ、すぐに皆、散――――」
「ストレイピングッ!」
「れ……っが、があああああああああああああああああああああああああ!?」

 矢を番える速度が神速ならば、この矢の飛来速度は何と表せばいいのだろう。
 もはや音もなく、残像すらもなく。セシルの手と弦から離れ、二本の矢はそれぞれの意思を持ったがごとく寸分の狂いもなくウィザードの両腕の付け根へと着弾し――――その両腕をもぎりとり、後ろ五メートルにある壁へと縫い付けた。
 繊維と皮膚と筋肉と骨のちぎれる音と男の悲鳴が協奏曲を奏で上げ、昆虫標本のように矢によって貼り付けられた両腕がだらりと下がる。

 まるで冗談のような量の血が両腕のあった場所から噴出し、悲鳴から一秒、ようやく残りの四人が今の状況を理解した。

「ティレンター!?」
「い、今何が……!?」

 ウィザードの隣に立っていた男性のプリーストが彼の名を叫ぶ中、ウィザードは光の粒子へと変わっていった。両腕を射抜かれたウィザードは、絶叫の余韻を残しこの場から退場を余儀なくされる。
 矢を番えてから一人戦線離脱させるまでにかかった時間はおよそ五秒弱。常人では理解できない速度に、残り四人は化け物を見る目でセシルのほうを見やった。

 セシル、、、方を、、
 プリーストが、気づく。

「――――おい、エレメス、、、、ガイルは何処へ行った、、、、、、、、、、……っ!?」

 矢を発射し終わり、第二射を既に番え始めているセシルの横でつい一瞬前まで立っていたアサシンクロスが、消えている。

 はっとした前衛二人に戦慄が走る。言われるまで、気づけなかった。戦闘時において気を抜くほど彼らは馬鹿ではないし、愚かでもない。常に気を張り続けていたし、その注意力も並の者から見れば十分脅威であったろう。
 しかし、彼らはエレメス=ガイルを見失った。極限まで気配を殺し、息を潜め、殺人という職業を極めつくしたアサシンクロスの彼の気配を、見失った。

「ダブル―――」

 意識が消えたアサシンクロスへと向いた直後に、セシルの裂帛の気合が聞こえる。
 距離は十メートルと離れているのに、矢と弦がこすれる音や弓が軋む音すら聞こえてくるかのようなそんな錯覚。
 スリットの大きく開いた聖衣を着たプリーストは、先ほど散っていったウィザード―――ティレンターの最期の一瞬を思い出し、半ば無意識に神託を叫んだ。

「ストレイピングッ!」
「吹くは一陣の風、其は主なる父の息吹ニューマ!」

 聖域から呼び出された青緑の聖風が、結果的に彼女の命を延命した。
 彼女へと狙いたがわず飛来した矢は、ニューマによって絡みとられ威力を失って地へと落ちる。遠距離攻撃全てに効力を発揮し、運動ベクトルをゼロと化す神託。弓と言う遠距離攻撃武器に頼るしかないセシルにとってそれは天敵とも言える神託であり、この聖風が届く限り、セシルの攻撃は封じられたも同じであった。
 だが、その光景を見て騎士の一人の顔色が蒼白に染まる。

「馬鹿、その呪文をここで唱えたら――――!」
「……拙者かセシル殿どちらか一人なら、殺せたであろうに……運がないでござるな」
「ひっ!?」

 騎士がプリーストの護衛に回ろうと、踵を返したそのとき、エレメスはまるで初めからそこにいたようにプリーストの背後に立っていた。誰一人彼の接近を気づけないままに。
 世間話をするように語り掛けるその口調とは裏腹に、手には禍々しい装飾がなされたカタールを肘から先に装着されていた。カタールの刃は幾重にも切っ先で枝分かれし、まるでいくつもの刃を無理やりに束ねて装着したような禍々しいフォルム。ナックルガードの部分は、自身の手を傷つけないようにシンプルな作り物が多いカタールの中で、エレメスの装着していたものは自身さえも傷つけかねないように、荒くれねじれた刃をまとうその凶悪とも言えるフォルム。
 その両腕が、嫌に緩やかに動く。プリーストは硬直したまま、動けない。
 エレメスの金褐色の瞳が、プリーストの赤茶の瞳を覗き込む。

「させ、るか―――よぉっ!」

 もう片方の騎士が、エレメスに向かって槍を投擲した。

「ソニック、ブロウ」

 エレメスの体が、ゆらり、と、柳のように霞む。
 プリーストに見えたのは、霞んだエレメスの体と、その霞だけを打ち抜いたパーティーメンバーである騎士の槍と、自らに襲い来る二つの一振り目の凶刃だけであった。

 一振り、八振り。合計八閃。
 瞬きする間もなく、刃の軌道さえ追えず、プリーストは人体の急所八箇所を切り裂かれて絶命した。こちらを見つめ愕然とする騎士の相貌が、光を失う直前の瞳に写った。
 プリーストの姿と共に、張られていたニューマが霞となって消える。

 思い過ごしでないのならば。
 その刹那ともいえる間。もう一人のプリーストとエレメスの視線が交わった。

「―――っ! 魔と聖の理を混じらすことを許したまえ。加護届き、其は唯一の楽園セイフティ・ウォールっ」

 ――――カシュッ

 勢いよく振りかぶられたカタールは、間一髪で形成された薄桃色の遮蔽壁―――セイフティウォールで防れる。
 プリーストが光になって消えていくのを見届けもせずに、次は自分へと矛先を向けられたビレタをかぶったプリーストは、残った騎士二人へとすばやく目配せをした。

「まさかここまでとは――――引くぞ」
「このまま引き下がれっつのか!? ティーとリジェがやられちまったんだぞ!?」

 エレメスへと槍を投げた騎士がプリーストに向かって吼えた。それと同時に、プリーストは何のためらいもなく騎士へと向かってニューマの神託を唱える。
 騎士へと飛来していた矢は、カランカランという音を立てて地面へと転がった。騎士が視線を戻すと、セシルが次の矢を既に装填し、弓を軋ませながら次の狙いを定めている。

「……逃げるっきゃねーな、こりゃ」

 もう一人の騎士は呟きながら、両手に握り締めた両手剣で標的をこちらに替えてきたエレメスのカタールを受け止める。その矮躯に似合わず物凄い剣圧でこちらを押しつぶしてくるエレメスに、思わず騎士は顔を引きつらせた。騎士と暗殺者と言う、圧倒的なまでに差のあるはずの腕力勝負でさえ、この様。
 ギチィッという鋼にあるまじきひしゃげ音を鳴り響かせ、盛大に火花が散った。

「お前までいうか……!」
「しゃーねぇだろ。元はと言えば、俺たちは足止めだ。頃合だし引くぜ」

 両手剣の騎士もプリーストに賛同らしく、鍔迫り合いを続けることもなく腕力だけでエレメスの体を弾き飛ばした。とはいえ、エレメスも元々鍔迫り合いなどする気はないのか自ら後ろに向かって跳躍し、それで体勢を崩すこともなく、ふわりと着地してまた地を蹴り間合いを詰めてくる。
 普通ならば数歩刻まなければいけない間合いを瞬時でゼロにされ、両手剣騎士は防御に徹することしか出来ない。

「ちっ……わかったよ」

 諦めたように、槍騎士は吐き捨てた。
 ニューマとセイフティウォールは共存できない。元々セイフティウォールは魔の理から引き出される術式であるため、神託であるニューマとは反発しあって片方しか顕現出来ないのだ。それを、相手は巧く突いてきている。二階部で、まさかこんな苦戦を強いられるとは思っていなかった。
 セシルの攻撃を防ごうと思えばエレメスの凶刃が。エレメスの攻撃を防ごうと思えばセシルの矢が。
 おまけに、相手は即座に重要職であるウィザードを初手で狙ってきた。そして、流れるように守りの要であるプリーストを一人。いくら先手を相手にとられたからとはいえ、ここまでにかかった時間は一分もかかっていない。これでは分が悪過ぎる。

「集合地点は先の通り。合流時間も同じだ」
「逃がすつもりなんて、こっちもないわよ――――っ!」

 セイフティウォールで自衛していたプリーストへ向かって、セシルは限界まで引き絞った矢を解き放った。初手で放ったダブルストレイピングに勝る速度でプリーストへと迫るそれは、しかし、横合いから飛び出してきた槍騎士のシールドにさえぎられ、プリーストへは届かない。

「―――っ!?」
「おー、あぶねぇ……お前、たかが矢で盾を貫通するかよ」

 盾の裏から覗く矢尻に冷や汗をかく騎士の後ろで、確かにプリーストがこちらを見て笑った気がした。

「エレメス、早くプリーストを―――っ!」

 威力の篭るダブル・ストレイピングではなく、攻撃速度の速い通常攻撃に切り替えるセシルであったが、形振り構わず防御に徹した騎士二人を貫くことはできなかった。
 エレメスが両手剣騎士から即座に狙いをプリーストへと変えるものの、その動きに反応して両手剣騎士がエレメスへと食らいつく。今までとなんら変わらぬ動きではあるが、間を詰める者、間を離す者の立場が逆転していた。エレメスは心中で唾棄し、一度後方へと下がって闇の中へと姿を隠す。
 エレメスが次のアクションに移るその一瞬の空白を見抜いて、プリーストは神託を響き渡らせた。

「数多へと通じる道―――」
「グリム―――っ!」

 ゾワッ、と、茨の堆が地面からせり上がりプリーストへ迫る。
 その堆を見ながら、プリーストは懐から取り出した青い宝石を地面へとたたきつけた。たたきつけられたブルージェムストーンは、砕け散りながらその青い宝光を撒き散らし、地面に青い円形の渦を作り出した。

「―――其は主なる父の導きのままにワープ・ポータル
「トゥース!」
「読めてんだよ、てめぇの動きは!」

 神託が完成するのと、その茨の堆が騎士剣に切り落とされるのとどちらが早かったか。
 槍を持った騎士はワープポータルが完成するのを見届けるや否やその巨体を円の中に滑り込ませ、両手剣の騎士はプリーストへと向かっていた茨を切り落とし、同じく相手に追撃させる暇を与えず自身もその渦へと潜り込む。
 そして最後に、プリーストは、自分を狙って弓を絞っていたセシルと一瞬だけ視線を合わすと、何も語らずに渦の中へと身を落とした。

 術師が入ったことにより、転移ゲートは青い燐光を残して閉じていく。最後にセシルが放った矢は、その青い燐光を蹴散らして壁を穿ち、突き刺さった。

「逃げられた……っ!」
「いや、逃げてくれた、と言ったほうがいいでござるな」

 弓を手に地団駄を踏むセシルの横に現れたエレメスは、ふぅ、と肺にたまっていた息を吐き捨てた。戦闘時における極度の緊張のせいで両肩が張っているかのように強張っている。

「もしあのまま続けていたとしたら、負けはしなかったでござろうが、かなり時間を費やしたはずでござるよ。拙者たちの当初の目的を忘れたわけではござるまい?」
「それは……そう、だけど」

 エレメスの言葉に反発するように睨み上げたセシルに、しかしエレメスは、気圧されることなく静かに見下ろした。その言動に、思わずセシルの語尾も小さくなる。
 わかってはいる。普段はこちらが意志を通せば折れてくれるエレメスだけれど、今はそんな状況じゃない。倒す、倒さないなんて二の次。ただ、ここを進むために戦ったのだから。

 それでも、あの時一瞬交わした視線に込められた感情が、

「あー、もう! ほんっと、むかつくわねっ!」

 何故か、憐憫を含んでいた気がしてならなかった。

「とりあえず急ぐでござる。思わぬ時間を食ってしまったでござるからな」
「わかったわよ、どっち?」

 握り締めていた矢を背負っていた矢筒に戻し、セシルは息を抜いて髪を掻きあげた。背中にまで届こうかと言う髪が一瞬だけ宙に浮き、さざ波のように空をなでる。
 そんなセシルの様子を見、エレメスはようやく安堵の息を零し、意識を集中させた。

「……ここから二時方向、距離はそう遠くないでござる」

 セシルとエレメスは顔を見合わせて互いに頷き、エレメスを先導として走り出した。
 周りの壁や床を見渡すも、そこまで酷い傷はない。建物自体はあまり痛んではいなさそうだ。
 通路を抜け、右へ折れる。エレメスの背中を追いながら、セシルは皆の無事を祈って足を動かす。

 そして、エレメスは唐突に立ち止まった。
 セシルはその動きに反応できず、エレメスの背中にぶつかる。

「いったー……もう、何で急に止まるのよ!」

 ちょうど鼻からあたったため、鼻先を赤くして文句を言うセシルは、エレメスの隣に立って、

「……」
「……う、そ」

 そこにたどり着いた二人は、刹那の間、言葉を失った。

「嘘……でしょ、セニア……っ!」

 唖然としたまま佇む二人の前で。
 イグニゼム=セニアは、眠るように目を閉じて壁にもたれかかっていた。


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by Akira_Ikuya | 2006-09-06 11:46 | 二次創作 | Comments(0)


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