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Scene4

 生体萌えスレに投下した五話前半に当たります。まさか一話の内容全部入りきらないとはおもわなんだ(文字数多いとエラー吐き出された



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 トン、トンとリズミカルに二階部と三階部を繋ぐ階段を下りていく。久方ぶりに降りるこの階段に、ふとセシルは上を見上げた。
 三階から伸びた螺旋階段は、途中で一度も空を遮ることなく二階へと幾重にも螺旋を描いている。三階の到達位置と二階の開始位置は吹き抜けでつながっており、もうかなり小さくなってはいるが上方に自分たちが入って来た入り口が見えた。

 華美でも地味でもないが、しっかりとした装飾のなされた手すりを手でさすりながら、セシルはゆっくりと階段を降りていく。

「っと、セシル殿、ちょっと待つでござるよ」
「な、何よ、急に」

 気づけば、階段の開始部はかなり上で、足元は最後の段を踏んでいた。上を見上げながらひたすらにぐるぐると続く螺旋階段を降り終えていたらしく、後ろから呼び止められたことにちょっとばつの悪さを感じた。ついでに、それでよく目を回さなかったなと自分のことなのに少しだけ呆れた。

 エレメスに言われた立ち止まった場所は、ちょうど二階部へ続くゲートの前。二階部から三階部へ入るにはこのゲートを通る必要性があり、その後の螺旋階段を通じて三階部へと入ることができる。
 セシルは目の前にあるゲートを見上げた。天井まで届こうかと言う白亜色で統一されたその色調に、中央に入ったちょうどZの字を描くような黄色い亀裂が印象的なゲートだった。目算にして、全長十メートル、ゲートの横幅だけで三メートル。螺旋階段の高さをほとんど使ってるのではないかとすら思わせるその常識外れた広さのゲートは、セシルの遠近感を簡単に狂わせた。
 そのゲートの横にはタッチパネルのようなものがついており、中央のZ字型の亀裂から、おそらくスライド形式で開くタイプと連想される。

 思ったとおり、セシルがゲートの前に立ったことによって彼女の存在を認識したのか、ゲートは、その大きさに似合わず微かに軽い音を立てて左右へとスライドしていった。ゲートの向こうに、あまり見慣れない二階部の廊下が見える。

 ただ、注意が行くのはそれぐらいなことで、他に目立つ面もないことは確か。
 そのゲートはただの通行路として存在するだけであり、呼び止められなければいけないことも、さほどないようにも思われた。

「このまま行くと、警報が鳴るでこざるよ」
「え、そうなの?」

 セシルの思惑はよそに、タッチパネルへと歩きながら言うエレメスに彼女はちょっとだけ目を丸くした。セシルの初々しい反応が面白いのか、エレメスは柔和な笑顔を浮かべたままタッチパネルの目に立つ。

「下への影響面を考えて、拙者たちは三階に固定でござるからな。知らないのも無理はないでござるが、しかしでござるよ、セシル殿。二階と三階を行き来するのは、とりたてて難しいことではないでござる。禁則事項だからこそ実行できなかったものの、やろうと思えば簡単でござろう?」
「そういえばそうね……」

 言われてみれば、確かにそうである。
 冒険者たちが入ってくるように、撤退するように、ただ三階部の梯子階段を下りて、そのままこの螺旋階段を下りれば二階へ到達する。ただそれだけのことなのだ。このゲートもセシルが前に立つことで簡単に開いていったし、あのタッチパネルの存在はただの冗長のようにすら感じる。

 しかし、でござるよ。
 エレメスは先ほどと同じ言葉を繰り返し、タッチパネルへと指を滑らせた。

「冒険者たちがここへ来るのは勝手でござるが、きたからには排除しなければいけないのが道理。それが拙者たちに課せられた法則でござるからな。だから、この研究所全域には冒険者用の警報が用意されていて、彼らの来訪を知らせる。ソレと同じように―――」

 エレメスのタッチパネルを操作する様を、セシルは少し唖然としながら見ていた。
 元来、暗殺者は暗器などを扱うことから指先が器用なものが多い。エレメスも手先などは器用で、何かと込み入ったものを扱うところを目撃してはいたが。

 喋りながら、淀むことなく縦横無尽にタッチパネルの上を動き続けるエレメスの指は、機械関係にまったく疎いセシルにとって見ればもはや残像すら浮かべているように見えた。

「三階以外に移動を許可されていない拙者たちも、許可なしでは二階部へ入ると警報が鳴ってしまうのでござるよ。その中で、拙者は隠密が得意でござるから、よく二階の巡回にまわされていたのでパスワードを知らせているのでござるよ」

 タタン、と軽やかな音を立てたのを最後に、タッチパネルから一歩下がるエレメス。それとほぼ同時にタッチパネルの部位が薄く点滅し、少しかすれた電子音がタッチパネルの横に備え付けられていたスピーカーから響き渡った。

「これでよし、っと。これで警報は鳴らないでござるよ」
「ふーん……というか。あたしにはあんたが何してるかまったくわかんなかったわ」
「セシル殿はこういうのに疎いでござるからなぁ。今度カヴァク殿にでも教えてもらえばいいのでは?」
「えー、あいつに?」

 茶色の髪を片手でいじりながら、セシルは嫌そうにそっぽを向いた。

「前、訊いたことあるんだけど……そ、そうよ、あいつが説明下手なのよ! あたしは悪くなんてないんだから!」
「……いや、別に拙者は何が悪いも何も言ってないでござるが。何かやらかしたのでござるか?」

 何か思い出したのか、いきなり怒りだしたセシルにエレメスは少したじろいだ。
 流石にそこまで怒り出すには何かあったのだろうと思ったエレメスは、出来るだけやぶ蛇をつつかないよう、あまり茶化さずにストレートに聞いてみる。
 が、ただそれだけのことで、セシルの頬がかーっと真っ赤に染め上がった。

「あ、あいつがちゃんと説明しないから! いきなり煙上げてプシュンとかいって画面が真っ暗になって!」
「…………セシル殿、本当に何をしたのでござるか」
「あいつが毎日、タナトスさんと会話してるっていうから、あたしもちょっとどんなのか見てみたいなー、って思ってあいつの部屋行ってやり方聞いてたんだけど……」

 怒りの次は恥ずかしさがこみ上げてきたのか、頬を高潮させたまま、セシルの片手はストレートに伸びた肩口の髪をくるくるとロールし始める。最初の怒鳴るような勢いは消え、視線は斜め下を向いたまま。

「そ、その、あいつがご飯作ってる間に……急に、ボンッ、って」
「……カヴァク殿に同情するでござるよ。さて、それでは行くでござるか」

 どうやら、既にやぶへびはつついていたようだった。
 自分のをセシルに触らせるのを辞めよう、と心に堅く誓いつつ、その先を聞くのも怖くてエレメスは強引にこの話題を打ち切った。あまり話題を続けて自分のまで巻き込まれては叶わない。

「あ、そうだ、もしよかったら今度あんたの――――」
「ほ、ほら、早く行くでござるよ!」

 気づくのが一瞬早くて助かったと、エレメスは胸中でため息をついた。
 「え、ちょ、何よ?」と首を傾げるセシルの背中を押して、ゲートをくぐる。

 と、その途端。


 ――――――ビーッ! ビーッ! ビーッ!


「ちょ、ちょっと、鳴ってるじゃないの!?」
「あれ、おかしいでござるな。申請したはずでござるが……?」

 自分の背中に隠れているようにも見えるエレメスに、首だけ振り向いて怒るセシル。その視線に当てられて、エレメスは困惑しながら後ろを振り返った。
 ゲートが、再び軽い音を立てて閉じていくことを含め、いつもととりわけ何も変わらない。

「ふむ、おかしいでござるな。いつもと何もかわら――――って、うぉおお!?」

 セシルの背から離れ、ゲートへと再び向かっていたエレメスの目の前を白刃が銀色の弧線を描いて空を切った。エレメスがその殺気と刃先に気づけなければ、おそらく即座に首を撥ねられていただろう。後ろに仰け反りながらかろうじて避けたエレメスの前髪を、チィン、っと甲高い音を鳴らして数本弾き飛ばした。
 セシルと話していたのもあるが、それでも周囲にはそれなりに警戒をしていただけにこの奇襲には完全に虚を突かれる。
 セシルに至っては、エレメスの上げた声でようやく後ろを振り返った。

 その二人をよそに、彼の体勢が崩れたのが好機と見たのか、相手は一撃目を振り抜いたまま構えなおさず逆袈裟へと振り上げた。

「奇襲で一撃目を外したら―――追撃は、ダメでござるよっ!」

 しかし、エレメスはソレを見ながら不敵に笑う。すぐさまのけぞった体勢を整えながら、一歩、後ろへ足を引く。
 振り上げされたそれは、何処にでも売られていそうな量産型の剣で、エレメスの目からすれば構えから軌跡に至るまでの動作だけではなく、その剣についている僅かな刃こぼれさえも鮮烈に目に映った。僅か零コンマ数秒の時間。彼の目には、全ての動作が中空を揺らぐ落ち葉のように緩やかに写り。
 ズタ袋から取り出したカタールを即座に腕にはめ、相手の剣先をカタールの刃先で受けあわせた。

 セシルはその光景を見ながら、構えていた弓を下ろし、のんびりと壁際に腰を下ろした。

 相手の刃に自分の刃を合わせ、相手の力のベクトルを完全にゼロとする。そのまま、相手の刃先を舐めるようにカタールで沿わせ、相手の剣威を相殺するどころか、上へ向かっていた相手の運動ベクトルをこちらの威力を上乗せさせて下方向へとたたきつけた。派手な音を立てて、たたきつけられた剣圧に床のタイルが上方へと弾け飛ぶ。

 剣を握る相手が、はっと息を呑んだ。相手の刃先は、研究所のタイル張りの床に大きな亀裂を作り、剣先五センチほどが床を貫いて埋もれていた。一息で引き抜いたとしても、この距離ではそれが致命的な隙となる。

 相手は戦意を喪失したのか、剣を握る力が弱まる。エレメスもソレを見届け、しかし気を緩めないままカタールを構えて後ろへ一歩引いて―――

「おや」
「あ」

 お互いに、間の抜けた声を発した。

「何だ、誰かと思えば……奇襲とはらしくないでござるな」
「も、申し訳ありません。エレメス様とは気づかず……!」

 まだ幼いその年齢を写した小柄な体に、背中をなでる長く綺麗な藍色の髪。秀麗な刺繍が施された肩掛けに、剣士としての鎧衣装族。
 自分が剣を向けていた相手が誰だとわかったのか、藍色の髪をはたはたと揺らしながら、イグニゼム=セニアはぺこぺこと頭を下げた。

「先ほど、侵入者に逃げられた挙句にこのゲートを通られまして……ここにいれば、おそらく兄上達により追い返されるだろうと踏んでいて……」
「気づかなかった拙者も拙者でござ――――」


 ―――――サクッ


「―――るがアッー!?」
「え、エレメス様!?」

 ア、とセシルが口を開いたのとほぼ同時だったか。
 何処からか飛んできた矢が、綺麗な弓山を描いて、にこやかな笑顔を浮かべていたエレメスの後頭部に小気味よい音を立てて突き刺さった。さすがにこれには予想外だったのか、頭に矢が突き刺さると言う何処となく間抜けな光景のまま、エレメスは絶叫をあげる。
 慌ててセニアが近づき、矢を引き抜こうとして、

「セニアちゃんに―――」
「―――近づくなぁっ!」

 横から物凄いスピードと勢いを持って突っ込んできた少女が、チャリーンと音を鳴らしながら、その軽々しい音に似合わずえげつない量のコインをエレメスの側頭部に投げつけた。「げぉっ」というひしゃげた蛙のような呻き声を上げて横倒しになるエレメスの首根っこをつかみ、その少女の後ろに追走していたもう一人の少女がエレメスを壁に押し付ける。エレメスのカタールが、カラン、という音を立てて床に落ちた。

 矮躯とはいえ、それは単に贅肉をそぎ落としただけで力などではセイレンたちに引けを取らないエレメスにまったく自由な動きをさせず、右手は首に巻かれたスカーフとエレメスの右腕を手綱のように強く背中に押し付け、左手は小ぶりな短剣を握り締めてエレメスの首に沿わせている。

 少女は、長いお下げを揺らし、まるで壁に立っているかのごとくエレメスの背中に両足をたたきつけていた。かがむような姿勢でエレメスの背に自身を密着させてエレメスの動くをとめている。右腕と上半身を完全にキめている以上、エレメスは指一本動かすことができない。最初のメマーナイト炸裂から、この間僅か二秒。
 まるで蜂のように横合いから飛んできた少女は、自分たちの可愛らしいリーダーに手を出す不届き者はどんな顔しているのかとエレメスの顔を覗き込み、

「……あれれ、エレメスお兄ちゃん?」
「って、あれ……兄さん?」

 二人して、きょとんとした声を漏らした。
 最初の矢から既に思考がついていってなかったエレメスは、ぐるんぐるん回る脳みその酩酊感に負けて、もうめんどくさいとばかりにその思考を放棄した。

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by Akira_Ikuya | 2006-09-05 10:59 | 二次創作


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