Part3-Scene1

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 雨漏り、というのは、えてして屋根がついている建築物ならば何でもするものなのかもしれない。そんなことをため息混じりに思いながら、フィーシャル・パスはつい今しがた自分の頭の上に落ちた水滴の冷たさに憂鬱を感じる。

 足元にはぎりぎり水位があるかないか程度に浸されている水。そして上からは、雨漏りにしてはえらく広範囲から落ちてくる水滴。歩いていると、三秒に一度は体のいたるところに雨水が落ちてくる。最初の頃はこの構造物の雰囲気と、その唐突さから冷たさに一々驚いてはいたものの、流石に探索を始めて二十分も経てばもう慣れていた。
 ぴちょん、ぴちょん、と、上から垂れてくる水滴と足元に張っている水場との反響音が、響く。

 照明がほとんど消えかかっているこの内部では、あたりに張っている水すらも辺りの薄暗さを照らすように薄黒くなっていて、ただ歩くというだけなのに嫌な緊張感が体中を駆け巡る。一階部位にあたるこのエリアでは、襲撃してくるモンスターの度合いも知れているため、せいぜいそちらに気を払わなくていい分だけ気分が楽か。
 自分の前方を灯りの燈ったランタンを掲げて歩くフィンネル・ラーファの背中を追いながら、シャルは近寄ってきた人型の骸骨を、持っていた聖書で打ち崩した。
 音に気づいたのか、フィンが振り返る。

「敵?」
「と言っても、雑魚な訳だが。一階部は自力でも何とかなりそうだ」

 シャルの答えにうなずくと、フィンは再び前を向き歩き始める。シャルも、追いすがってくる骸骨兵にヒールを一度見舞ってやり、骸骨兵が塵となって消えていくのを確かめもせずにフィンの後を追った。
 普通の女の子なら怖がりそうなこの暗いダンジョンを平気で歩く彼女の後姿に、シャルは苦笑にも似た笑みを浮かべる。今の状態でこそ、彼の狩パートナーとも言えるフィンの姿であるのだけれど。

 もうすぐ、一階部を抜ける。そこでメンバーたちと合流し、そこからが本番のようだ。
 シャルは自分にそう言い聞かせ、手にしていた聖書を懐へと、収めた。




「何でオレがこんなところに借り出されなきゃいけないんだよ……」

 不貞腐れたように、椅子に腰掛けて組んだ腕を支えに体を後ろに投げかけながらケヴィン・アンシャスはぎーこぎーこと椅子を傾ける。長い間海水に晒されたせいで、完全に腐食しきっているその椅子がぎしぎしと音を立てているのにはまったく気づいていないのか、ケヴィンは全体重をその椅子にかけて、隣にいた修行僧へと視線を向けた。

「お前とフィーアがいれば、オレいらなかったんじゃねーの? 明らかに過剰火力じゃん」
「言葉は悪いが、保険、という意味であろう。我もゾフィーア殿も、互いに一撃を終えれば隙だらけであるからな」
「ちぇ、めんどくせー……レオのヤツ、こういうときだけ逃げやがって」

 いつもと変わらず、まったくやる気の欠片も見当たらないケヴィンの視線を受け流し、ルッツ・ベーレンスは禅を組みながら静かに瞑想を続けていた。下半身が海水に濡れているが、あまり気にはしていないようだ。
 長い付き合いの連れ合いにほぼ完璧にスルーされていることを悟ったケヴィンは、愚痴を言う相手も見つからず、椅子と同じく腐食しきった机に体を投げ出した。

 事の起こりは一週間前。お得意様である大規模ギルドから、マスターが一つの依頼を請け負ったことが始まりだった。
 内容は、ルーンミッドガッツ王国の南東部に位置する港町アルベルタ近くの離島に浮かぶ、沈没船の内部調査。簡単な内部調査は既に国直属の騎士団たちが終わらせているが、最近、その近辺で異質な影を見るようになったと言う。
 ギルドからも数名派遣へと向かわせたが、戻って来た者はゼロ。事ここにいたり、事態の重大さに気づいた大規模ギルドのマスターは、内部の人間でなく、傭兵を利用しようと思いついた。

 その傭兵こそが、かねてよりそのギルドの御厚意に預かり、曲者だけれど一騎当千と言われた彼らのギルドだったという顛末。普段ならそのような怪しげな仕事は蹴っているのだが、報酬は経費全額に加え、一人当たり一千万ゼニー。砦を巡って行われる攻城戦の時の雇用費用よりも、数倍割高。
 とあるモノを大枚をはたいて購入し、ギルド資金がほぼ限りなくゼロに近い自分のギルドにとって、その報酬はとても魅力的過ぎた。

「……来た」
「ん?」

 目を伏せて壁際で瞑想していたルッツが瞳を開けると同時に、奥の階段から誰かが降りてくる音が聞こえてきた。
 この沈没船は一階部と二階部に別れ、構造自体もそう大して広くはない。なので、ここに来ていた六名のうち四名が一階部を探索し、ルッツとケヴィンは二階部の入り口を制圧すると言うプランニングが立てられた。
 一階部と二階部をつなぐ通路が目の前の階段しかない以上、ここをモンスターに押さえられてはどうしようもないため、その判断は正解であったといえる。

「一階はどうだった?」
「特に、何も。これといって変わりはなかったと思う」

 降りてきたフィンネル・ラーファからランタンを受け取ったケヴィンは、めんどくさそうに二階の奥に続く通路に目をやった。一階部で何も異常がなかったのならば、当然二階部の奥へと進まないといけないことになる。
 沈没船二回部。ここには、この沈没船が難波した際に紛れ込んできたペノメナや、海兵たちの魂が宿った骸骨兵などが跋扈している。ただでさえ敵の数が多いのに、その上、日差しがまったく入り込まないので視界は最悪。本音を言うならば、敵の攻撃を避けながら戦うアサシンクロスのケヴィンにとっては、最悪な狩場とも言えた。

「ルッツ、何か変わった雰囲気はないか?」
「こちらも特には。ただ、確かに異質な気配は感じる」

 フィンに続いて降りてきたフィーシャル・パスは、椅子の上でだらけているケヴィンではなく、未だ静かに辺りを警戒しているルッツへと声をかけた。
 ケヴィンの返答を聞き、シャルは眉を寄せる。

「異質な気配?」
「……わからぬ。怨念、とも、また違うようだ」
「……ふむ。案外眉唾物、というわけではなさそうだな……それはそれで厄介ともいえるが」

 髪の毛をがしがしと掻き毟りながら、シャルは気だるげに肩を下げた。ケヴィンほどではないが、シャルもあまりこの場所を得意とはしていない。
 この薄暗い空気、溢れる思念、怨念、とりまくモノ全てが、彼にとって嫌なものを連鎖させて脳内で暴れ狂う。

 こういう、全てが終わった場所はあまり心地良いものではない。さっさと内部調査を終わらせて帰りたかったのだが、どうやら、難航しそうな雰囲気がある。

 シャルとケヴィン両名が物憂げにため息をついたそのとき、ズドンッ、という物凄い音を立てて、階段の上からカートが降ってきた。
 カートの淵にのっけられた、嫌な感じに血のまだら模様が染まったパンダ人形とばっちりと目が合った。

「……おい、穴、開いたぞ」
「……流石に浸水はしないとは思うが、大丈夫だろうか」

 ケヴィン、シャルが床にめり込んだカートに冷や汗をかいてる中、特に表情を変えず黙っているフィンとルッツ。そんな四人が見守る中、床に埋まったカートの右横二十センチのところに、再びもう一つカートが舞い降りてきた。
 ドンッ、という音を立てて、並ぶようにカートがめり込む。
 シャルは、いつか絶対、この沈没船は近いうちに再度沈没する羽目になるんじゃないかと、盛大にため息をついた。

「なんだい、シャル。相変わらず辛気臭い顔して」
「シャルー、どーしたのー?」

 そんなシャルの気疲れも気苦労もまったく意に介さないのか、階段から降りてきた妙齢の女性は肩に槌を担ぎながら快活に笑う。女性に続いて、そんな彼女の胸元までもない、子供と言えるような身長の少女も、床をめり込ませることもなく、一緒に飛び降りてきた。
 そして、その少女と一緒に、青く小さな鳥が階段から舞い降りて、少女の肩に止まった。

「マスター、フィーア、君らはもう一回この船を沈めたいのか?」
「ははっ、そうなったら奴らからもうちょっと報酬をふんだくれるかもね」

 疲れたようにため息をつくシャルを、彼らを統べるギルドマスターであるティリア=フランツは赤髪を揺らしながら豪快に笑い飛ばした。その様に、シャルはもう何を言うのも馬鹿らしくなり、再度深いため息。ケヴィンは、もうやる気ないですといわんばかりに、机の上に突っ伏していた。どうやら、磯臭さとかそういうのはまったく気にしないらしい。
 フィンとルッツの物静かな聖職者二人組は、ぐったりした二人を見つつ特に感慨を示さずに今降りてきた二人を見やる。

 ティリアは埋まったままのカートを引きずり出して、一階部右方向を調査していたシャル、フィンの二人、そして、先遣し二階部入り口を制圧していたケヴィン、ルッツの合計四名の前に立った。そのティリアの横には、ティリアと一緒に一階部左方向を調査していたゾフィーア・アヒレスがちょこんと立っている。

「さて、それじゃ下調べはここまでだ。ここから先は全員で行動するよ」
「マスター。つい今しがただが、ルッツが異質な思念らしきものを感じたと言っていた。一応注意しておいたほうがいいんじゃないか?」
「そういう分析はシャル、あんたに任せる。あたしはそういう頭使うのは得意じゃないからね」

 得意じゃないことを自信満々にマスターが言うなよ。
 シャルは言葉をため息に変えて盛大に吐き出した。どちらにせよ、自分が連れてこられた時点でそういう結果になるだろうとは思っていたけれど。
 今でもぴちゃん、ぴちゃんと落ち続ける水滴音が、何だか自分を小馬鹿にしているようにも感じられる。
 
「ねーねー、フィーアは何すればいいのー?」
「あんたは何かあったときのための温存兵だからね。無闇に動いちゃだめよ。あと、フィン」
「ん?」

 不意に自分の名を呼ばれ、辺りを見渡していたフィンはティリアのほうを振り返る。

「あんた、特に何も感じないかい?」
「……ん、特には」

 確かに、何かは感じる。だから先ほどから、この船全体を見通しているのだけれど、逆に違和感以上なものが感じられない。フィンの伏目がちな瞳が、疑問に歪む。
 ――――何だろう、この、冬に降る温かい雨のような、真逆な違和感は。

「あんたも感じないっていうと、こりゃ完璧にルッツが頼りか……んじゃ、先方は」
「ティリア殿」
「わかってる。ルッツ、あんたに任せるよ。ケヴィンと二人で先陣を切ってくれ」
「承知」
「なんだよー……結局オレも行かなきゃなんないのかよ」
「当たり前だ。お前が抜けたら前衛が足りないだろうが」
「皆でいくのー! そーさく隊けっせーい!」

 シャルが呆れたように窘めるのを聞き流しながら、相変わらず腐食しかけた椅子にバランスよく座るケヴィンは、ぶつくさ言いながら上体を起こした。

「シャル、あんたはフィンと一緒に中衛に回って。あたしとフィアが殿にいく」
「元よりそのつもりだ。まったく……ダンジョンを一人で六人支援させるなんてむちゃくちゃだぞ」
「そう言うならニコについてきてもらえばよかったじゃない。何かあった場合、あいつの対魔神託はここでは有効だろ?」
「本来ならそうしたかったんだが……」

 ティリアの言葉をうけ、シャルは少し歯切れが悪そうに口ごもった。
 そのシャルの続きを、フィンがとりわけ何も考えてないのかさらりと告げる。

「……ニコ、今日は用事があるって言ってた」
「用事、っつーか何つーか……リゼットと一緒なんじゃね? いつものように」
「二人ともいっつも一緒だよねー!」
「人の云々を邪魔すれば、というやつであろう。深淵殿が襲ってくるぞ」

 ルッツの軽口にそりゃ違いないとけたけた笑うフィンを除いた一同。フィンだけは、事の顛末にはてなマークを頭に乗っけて首を傾げていた。
 その光景を見て、皆の緊張もほぐれたと判断したティリアは、持っていた巨大な槌を床にたたきつけ、皆の視線を彼女に集めた。

「よし、それじゃ行くよ。あくまであたしたちは調査で終わりだが、それでも何かあると思って気ぃつけること!」

 ズガン、と音を立てて床に思い切りめり込んだ槌を極力見ないようにして、メンバー全員は大きく声を合わせる。
 フィーリルが、甲高い声を上げて、沈没船にその鳴き声を響き渡らせた。
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by Akira_Ikuya | 2006-08-09 14:00 | 二次創作 | Comments(2)
Commented by 凶月 at 2006-08-11 00:35 x
豪快なねーちゃんと天然系能天気ちびっこは世界遺産だと思うのですが、いかがでしょうか。
でもふぃいいいいいいん!
Commented by at 2006-08-11 08:42 x
国宝超えて世界遺産かよwww
とりあえずフィンはいいものです(ぇー


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