Part4-Scene3

 Scene2の続きです。いつものように苦手な方はスループリーズ。



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 虫の知らせ、とでも言うのだろうか。ケルラソスは、その日の朝から何とも言えない焦燥感を感じていた。
 少女に研究サンプルを預けて早三週間。その間に定期的に送られてくる研究成果に目を通したものの、どうやら着実とサンプルデータの分析は終了しているらしい。自分たちでは手がかりすらつかめなかったものを、こうもすらすらと解読されていくのを見るのは小気味いいというか、何というか。

 それなのに、何故か感じる焦燥感のような、落ち着きのなさ。珈琲カップを持つ右手が、僅かに震える。研究資料を持つ左手が、僅かにぶれる。
 ケルラソスの元に、その報がもたらされたのは、少女からの研究データに目を通しながら、苦笑とも驚きとも言えない気分を味わっていた、そんな矢先であった。

「ケ、ケルラソスさん!」

 協会の中にあてがわれた、小さな研究室の一室。その中で椅子に座り、研究データを内容ごとに付箋訳していたケルラソスを呼ぶ声が、荒々しいノックとともに部屋の外から響いた。

「何だ、騒々しい。定期集会は明日のはずじゃろ」
「そ、それが!」

 どうにも様子がおかしい。ちりちりとした、早朝から感じていた焦燥感が更に熱を持って体の中を駆け巡る。

「どうしたんだ、いったい」

 扉のロックをはずし、まだ若い学者を部屋に招きいれる。だが、学者は部屋に入ろうともせず、荒げた息を落ち着けようともせずに、ケルラソスに向かって叫んだ。

「あ、あの子の、家が!」

 ただならぬ学者の様子に、焦燥感が現実味を帯びてケルラソスに警鐘を鳴らす。あの子、というキーワードは、この協会におけるあの天才錬金術師のユニークネームだ。
 焦燥感が突き動かす。何か、嫌な予感が、何かが終わった予言を告げる。

 ケルラソスは、学者の言葉を最後まで聞かずに走り出していた。
 そして、そのケルラソスの背中に、若い学者の悲痛な叫びが当てられた。

「――――炎上した模様です!」

 できれば、嘘であって、ほしかった。 




 研究自体は、順調だった。むしろ、順調すぎるほどだった。
 だからこそ、欲が出たというべきだろうか。
 研究サンプルがこれだけなのかわからない以上、解析などはできても、コレを基盤に次へとつなげることは難しい。コレを使い切ることだけは、してはならなかった。量産しようとも考えたが、自室の設備だけで練成するのはおそらく無理だろうと、早々に諦めた。

 そこで目をつけたのが、一緒に置かれていったあの四つのエンブリオであった。
 自分が練成したものとは色が違う、黄土色の四つのエンブリオ。おそらく練成方法もまた異なった手法でやられたのであろう。これならば、四つあるのだから、まだ変えは効く。

 育成過程に違いがあるとは思えない。育成理論だけは、父親の代で確立されていた。ただ、その理論は理論でしかなく、実際として、誰もその理論を成立させたことはなかった。
 基盤となるエンブリオが、生を芽生えさせる前に息絶えてしまうからであった。

 ならば、息絶えさせなければいい。
 枯れる植物に肥料をやるように、死に向かう人間に薬を与えるように、エンブリオにアンプルを抽出すればいい。
 少女は、そう考えた。それで正しいと、自分の中に結論を出した。

 不安はあった。解析したとはいえ、まだほとんどブラックボックスに近いコレを扱うことに、ためらいもあった。しかし、そんな胸中をよぎる、言葉もあった。

『失敗しても大丈夫。どんなに危険な目にあっても、ちゃんと私が助けてあげる。だから、ね。あんたは、そんなに怯えなくていいの』

 少女は、エンブリオを手に取った。ケースに張られていたラベルに書かれていたのは、「No2.Nameless」。ケースにナンバーは張られているものの、全てが名無しで統一されたエンブリオを、自分のフラスコに移し変える。

 そして、左手には、加熱した赤い宝石。賢者の石と呼ばれる、ブラックボックス。
 それを、一滴、いれた。




 声が、聞こえた。
 誰かが、何かを尋ねてくる。

『触れたのは、誰ぞ』

 遠くから、近くから、距離感がわからない。
 何も考えられずに、言葉が、響く。

『理に、触れたのは、誰ぞ』

 浮遊感。真っ暗な闇の中に、放り投げられたかのよう。
 体が動かずに、頭が、回らない。

『触れたのは、汝か。小さきモノよ』

 あなたは、誰。
 散り散りに分かれた思考で、それを思った。

『我は、汝らが求めたモノ。汝らが生み出そうとした、小さきモノ』

 あたし、何をしたんだっけ。ああ、実験は成功したんだ?
 賢者の石を、いれ、て……。
 暗闇の中で、ぼんやりと、まるで夢の中で反芻するように少女は呟く。

『汝は、触れた。理に触れた。汝に、モノの理を与えよう』

 これで、ケルラソスにお返しができる。いつもあたしに気をかけてくれたお返しができる。
 少女は、安堵した。

『代わりに。与える代わりに、我は求める』

 これで、お姉ちゃんを安心させて上げれる。いつもあたしを心配してくれてたお返しができる。
 少女は、安心した。

『汝の理を、頂く。モノの理を授ける代わりに、汝の理を頂く』

 あたしの、理。
 言葉が頭の中で反響して、意味がわからない。ただ、ふよふよとした浮遊感が、少女の意識を塗りつぶしていく。

『我はホムンクルス。汝らが名づけた、小さきモノ。理を与える代わりに、理を頂く』

 指先が、溶けていく。砂になっていく。
 そんな、心地よい感覚に包まれながら、少女の目は閉じていく。真っ暗な闇を写していた眼差しはまぶたに閉じられ、更に深い闇へと消えていく。

『足りぬ。理が、足りぬ。我は、理を欲す』

 それでも、恩師に当たるケルラソスに研究成果を見せることができる満足感、いつも心配してくれていた姉に対して、わずかでも恩返しができたという達成感を感じていた。

『足りぬなら、奪え。奪え。奪え』

 そして、意識は、二度と浮上しては、こなかった。
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by Akira_Ikuya | 2006-07-08 14:42 | 二次創作


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