Scene28

 こないだ中途半端にぶった切られた続き。
 中途半端にぶった切られたから中途半端に始まります。

 エピローグはまだ何も手をつけてないので気長に待っててください。



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 暗殺者を前にしては無防備すぎる出で立ちで、しかし、カヴァクは一切の警戒も見せずに一歩前へと足を進めた。
 金と朱の瞳が交差する。

「考えればわかることだ。嫌になるぐらい聡明なあなたが考えなかった、とは、思わない。考えるための思考すらロックされている可能性が高い。曖昧な夢のようなこの世界において、自分の思考すら信じられないこの世界において、確定付けられることは何一つだってないのだから。だから、あなたに、非はない」

 愕然と目を見開いて戦慄いているエレメスを睥睨し、カヴァクは滔々と言葉を続けた。

「――――なんて、言うとでも、思いましたか。あなたは、全てを信じすぎた。何もかもを、バカみたいに信じた。それは、あなたの非だ」

 カヴァクが掲げた指が弾かれ、軽快な音が廊下に響く。それが合図だったかのようにして、エレメスの胴ほどもある盾が轟音を立てて後方から飛来した。話に飲まれていたエレメスは咄嗟に回避の行動をとり直撃は免れるも、左へ逃げたエレメスを追いかけるように、盾に纏わりついていた鎖がエレメスの体を縛り上げる。両腕を塞がれた、と、思ったときには既に、カヴァクの傍から離れていたトリスが彼の体を転倒させ、首筋に短剣を添えていた。
 ガツンと、短剣の切っ先が床にぶつかる音がする。エレメスはそれを、何処か遠い意識で聞いた。

「あなたを殺したところで、あなたの記憶は消えない。それは、既に学習させてもらってる。かといって、あなたを監禁できるほど、ぼくにも余裕はない。前代はそれを間違えたから、あなたに敗北した。尤も、前代はただ単に、自分の今を護りたかっただけ、みたいでしたけど」
「前代……敗北? まさ、か……」
「モジュール、監視者。ぼくは、そのモジュールを、自らに取り入れた」

 一人だけ意識がはっきりしている対象者に、他全員によるスタンピート。
 はるか数十年前の自分を殺しにきたマーガレッタ=ソリンと同じ、モジュールの名前。自分があの歌を口ずさむようになった、一人の女性の希望を打ち砕いてしまった、あの日々の再来とでも、言うのか。

 今更過ぎる種明かしに、エレメスは悔しさを滲ませてカヴァクを睨みつけた。
 あの時、彼女と交わした言葉は何だったのか。あの時、彼女から譲り受けたものは何だったのか。
 何のために、自分は彼女を殺した。彼女の、皆が求める理想郷を壊してまで、自分は何をしたかったのか。

 その果てが、システムの完成だと、言う。目の前の少年は、自分よりもシステムの暗部に踏み込んだ少年は、審判を下す神のように、告げる。

「あなたを殺してループさせることは、たやすい。けれど、それではいけない。ぼくの存在を、システムに残すわけにはいかないんですよ。だから、あなたは殺さない――――あなたを、殺さない」
「……」

 ループが起きれば、全てのデータはサーバーに送られる。それを嫌ったのだ。
 あくまで、カヴァク=イカルスという少年は、システムの設計図にはないジョーカーのような存在。全てが設計づくされたこの世界において、唯一、何物にも縛られない存在。
 その情報がサーバーに送られた時点で、このゲームは詰んでしまう。その前に、全ての力を剥がされた状態でも立ち向かうことが出来る次の手段を、手に入れなければいけない。

 そのことを告げられたエレメスは、黙考するように双眸を閉じ、こめていた力を解いた。それと同じくして、首筋に当てられた刃が外されるのを感じ、自分の背から重さが消える。縛られた状態でなおかつ関節を封じ込められていたらしい。手足に軽い痺れが残る。

「スタンピートを探って、ぼくを殺しに来たんでしょうが……殺しても、無駄です。そもそも、あなたに、ぼくは殺せない。それがわかったなら、邪魔をしないでください。あなたの事情にまで干渉する気はありません。ですので、放っておいてください。システムは、ぼくが壊す」
「……何もするな、と、言うことか」
「あなたがループを繰り返すことで、未来が収束する。データの完成に近づくんです。スタンピートを発生させたくない、という利害は一致しています。それでいいじゃないですか」
「お前は、どうやってそのことを知った」
「あなたに送ったプログラムがあったでしょう? 誰かが行う一挙動においてまで計算されて予定されて作成された世界において、それを行う登場人物のパラメーターさえ用意してあげれば……結末なんて、誰にでもわかるじゃないですか」

 言葉を聴きながら、ゆっくりと立ち上がる。先程の攻防で武器ははがされてしまっていたが、まだいくつか、武器は残されている。それに――――。

「その果ての世界にさせないために、ぼくは抗う。あんな結末に、してはいけない」
「記憶障害が起きている件について、お前は把握しているか?」
「記憶障害? ……ああ、皆があなたのことを忘れていたことですか」
「……皆が、俺を?」
「ああ、違うんですね。失礼しました……それ以外でしたら、ぼくは知りませんよ」

 ――――メインの武器は失ったが、一番大切なプログラムは、まだ、残されている。
 カヴァクの言葉を確認するように続けながら、エレメスは指先の一つにまで血液を循環させる。今までまともに受けた攻撃は、二度。イレンドの残影からの透徹と、セニアのシールドチェーンからの束縛。そのどちらのダメージも、引いている。自分はまだ、戦える。

 未来を視ることが出来るというカヴァクの言葉は、確かにそのまま、その通りなのだろう。
 自分がやっていることが、結果的に自らの未来を閉ざすことだという死刑宣告も、たった今、聞いた。

 それでも、納得など出来なかった。
 納得など、していいはずがなかった。

 やらなければいけないことがある。
 成さなければいけないことがある。

 それだけを支えに、今までの自分の道に、幾つもの屍を築き上げてきたのだから。
 あの尊い約束だけを胸に、この百年以上、皆を殺し続けてきたのだから。

「カヴァク……システムが既に壊れ始めていることに、気づいているか?」
「――――気づかないはずがないでしょう。だからこそ、ぼくはそこに付け込めた」
「三階部、そして、今のお前の話を聞いて、二階部もそうらしいが……記憶の欠落、記憶のミスロード、どちらもシステムとして致命的な欠陥だ。その原因は、まだわからない。わかってはいない、が……それが見えている以上、俺は、諦めるわけにはいかないんだ」

 この足を、止めていいはずがない。
 この想いを、捨てていいはずがない。

「お前にはお前の、進むべき道が視えているのかもしれないが」

 縛られている間拭えなかった口元の血を、左手の親指で乱暴に拭う。
 そして。


 ――――――モジュール004【牙 - ヴェノム】、起動。実行可能状態に移行。


「だとしても、俺は、止まるわけにはいかないんだ」

 トリスが腕を封じる暇も与えず。
 セニアが盾を投げる間も与えず。

 エレメスは懐から短剣を取り出し、その血を刃に擦り付けた。


 ―――――モジュール1023【処刑者】、起動。パスワード【ブラッディ・ロア】
 ――――認可。


「年寄りの我侭に、付き合っている暇はないんですけれどね……!」

 事ここに至り。
 全てを停止させる錐刀を抜いたエレメスに、さしものカヴァクも余裕の表情を崩して後退した。

 監視者は、処刑者には勝てない。
 それがシステムの前提で、それが、システムの完成への必須条件なのだから。

 何千、何万とループを行わせ、そのデータを収集する。それが、エレメスの知るこの世界の理。
 そして、カヴァクが見据えたのはその先。全てのデータを、収集し終えた、このシステムについて。

 六人の非検体を余すことなく数値化し、データとして取り込んだのなら、もはやその存在は不要になる。ならば、その後彼らはどうなるか。
 その結末が、あの夢。自分だけが見ることができる、計算された世界の終末。その終末へたどり着くまで、処刑者は、誰に負けることも許されない。何度死んでも何度果てても、必ず、危険因子を排除しなければいけない。
 そのための過程など、そのための口実など、システムは省みない。

 そう、たとえば。
 今のエレメスのように、全てを犠牲にしてでも叶えなければいけない約束など、恰好の口実と、なりえるのだ。

「自らがシステムにいいように利用されていると、何故気づけない、何故気がつかない!」
「記憶の奔流に泣いている子が、いる。咎を背負わされて泣いているんだ、あのときのように、一番初めの赤い夜のように!」

 トリスが右前方、セニアが後方、イレンドが正面から迫る。トリスの攻撃をいなし、イレンドの突きは後方にバックステップを刻んで避ける。セニアの斬撃は、左手だけ外さなかったヴァリアスジュルを滑らせて絡め取り、鎧の継ぎ目に錐刀を差し込んだ。
 セニアの体が小さく跳ねる。手応えが、浅い。この少女たちに凶刃を深々と突き刺せる覚悟は、未だ自分にはなかった。

 浅く突き刺した刃は、しかしそれでも効力を発揮する。三階部と二階部のインターフェースの違いで何処まで効くかはわからない。死ねばループされる三階部と違って、二階部で誰かが致命傷を負ったからといってループされたことは一度たりともなかった。致命傷を負った場合、二階部はどうなっていたのだろう。死んだ場合は、どうなる。

 そこまで考えて、自分は今まで、一度も二階部について振り返ったことがないことを知らされた。
 自分のことに手一杯で、三階部のことに手一杯で、何も気づくことすらできなかった。
 そして、このシステムへと巻き込んでしまった。無知は罪で、そして、今自分が武器を構えることすらもおそらく罪なのだろう。
 だけど、それでも、自分は――――。


 ――――攻撃対象 - Unkwon。


 心臓が跳ねる。指先まで行き渡った血液が沸騰でもしているかのように、全身が熱くなる。
 鼓動が弾ける。全ての音がクリアに聞こえ、自らに眠るナニカが胎動する拍動が耳を劈く。
 視界が赤に染まる。あの夜のように、あの夕方のように。世界は朱に染まる。

「アアアアアアアアアアアアッ!」

 自らの意思に反して、エレメスの口から、雄叫びが吐き出される。それは獣のように荒々しく、びりびりとした覇気がカヴァクの元へまで届いた。
 背を曲げ、地を這うようにしてエレメスは右手に錐刀、左手にヴァリアスジュルを握り締める。その姿の、なんと歪で禍々しいことか。カヴァクは吐き捨てるように舌打ちを鳴らし、腰に携えていたヴァイオリンを取り出す。右手でもった弓をそっと絃に当てる。先ほどまで自らの都合を叫んでいたシステムの歯車に、今の己の姿を見せ付けてやりたい気分だった。

「お互いに同じ歯車だったなら、ま、お互いの言い分を叫ぶよね。仕方ないか」

 カヴァクの呟きは呆れにも自重にも聞こえ、その真意を伺うことはできない。肩に当てたヴァイオリンの樹の冷たさにただ身を委ねる。カヴァクの気配を感じ取ったのか、トリスとイレンドはカヴァクを守るようにして両脇に下がった。倒れ付したセニアが構える場所だった眼前は空いたままで、カヴァクは獣のように殺意を撒き散らす処刑者を見据えた。

 前提があるということは、その前提が決定された過程がある。

 監視者は、処刑者には勝てない。
 この理はシステムの中で作れられた定義であり、それを信じることはつまり、自らがシステムの中にいることを証明していることに他ならない。そのシステムの中にいる己が、どうして一切の制御もなく自由を与えられていると考えるのだろう。
 何故、自分が。
 その意思を全て決定できると思えたのだろう。

 そのこと自体も、全てが作られた定義であって。システムを全て俯瞰したと思っているこのカヴァク=イカルス自体も、もしかすると、システムの中で定義され――――。
 限がない自問。限がなくても、この位置に立てたならば常に疑わなければいけないのだ。唯一、僅かな時間だけでもフリーハンドを握れる身であるのならば。

 約束された自由。
 確約された自己意識。
 その二つを、彼も自分も何処までも信じ続けた。

 そして自分の過去、自分の未来を、お互いに裏切れない。

「攻撃対象、シリアルナンバーゼロツー。さぁ、行こうか皆」

 あのまま引いてくれることが最善だった。
 あるいは、協力を申し出てくれることこそが最善だったのかもしれない。そう仕向けることも、自分にならできたかもしれない。そうしていれば、こうして無駄に争う必要もなく、また違う未来が視えたのかもしれない。
 その未来こそが、皆が笑いあえる未来に繋がっていたかも、しれない。

 それでも、カヴァクはその考えに唾棄した。浮かんだ刹那にゴミのように投げ捨てた。
 どうして協力などできる。どうして提案などできる。彼はああまでして、自分の意思で自らの過去に縛られているのに。自らのことしか省みず、そして、それが正しいと信じ込んでいる存在だというのに。
 自ら望んで、歯車の一部になっているというのに。

 それを許すことなんて、それを我慢するなんて、できなかった。
 彼が何百何千と一人の夜を迎えたというのなら、こちらは、何百何千という未来の惨劇を視てきた。それを理由なんかにさせない。それを、彼が正しいという理由なんかにしてたまるか。

 ああ、結局は。
 カヴァクはいよいよ自嘲の色を深くして笑った。
 こちらもただただ、何処までも自分勝手な理由だったというわけだ。
 その自分勝手に他の皆を巻き込んでしまっただけ、まだ自分のほうが害悪だったのかもしれない。今度皆に謝るとしよう。その平和な未来を願って、今にも飛び掛りそうな処刑者を見やる。

 今から、彼を殺す。
 出来れば避けたかった未来、ではあった。彼を殺してしまったら、その時点でループは発動する。ループが発動するということは、つまり、データが全てシステムへと送られてしまうのだ。
 システムの完成に向け、針がまた一つ進んでしまう。
 そして、データが送信されてしまったならば、隠して起きたかった自分のデータもサーバに認識される。そのデータは異物として処理され、何らかの対処がされるだろう。
 ―――――ならば、データが受理されて行動に起こされるより先に、その防波堤を破壊する。
 その全てを破壊する、メタデータの結晶とも言える、そのモジュールを我が物にして。

「出し惜しみはなしだ。行くよ、処刑者」
「俺には俺の、成すべきことがある。その邪魔を――――するなぁあっ!」

 処刑者は吼え、身を屈めこちらへと迫りくる。
 監視者は歌い、味方を盾に絃をかき鳴らした。


 子供たちは、遅く遅く夢を見始めて。
 そして今、その夢を、破壊する。
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by akira_ikuya | 2011-02-01 22:23 | 二次創作 | Comments(0)


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