Scene25

 幕間の予定が結構長くなっちゃったのでこのまま。
 予定崩れて、後何話で終わるのかいまいち自分でもわかってません。



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 夜の気配が、するりと襟首から入ってくる。
 エレメス=ガイルは部屋の暗がりに紛れるように壁に背を預け、眼前で煌々と光を漏らすモニターを見据えていた。そのモニターの横で、カヴァク=イカルスはにやけたような笑みを貼り付けてエレメスのほうを向いた。前髪に覆われたまったく笑っていない瞳が、エレメスをしんと見つめている。

「これで、全てですよ。今回は負けましたけど、次はそうはいきませんからね」
「……出来てシミュレートシステムぐらい、と、思っていたのでござるがなぁ」

 組んでいた腕を離し、エレメスは困ったように頭をかいた。彼に纏わりついていた夜気は消え、居住まいを崩しながら彼はどうにも面倒くさそうに呟く。

「負けず嫌いなのは知っていたでしょう?」
「いつもの半眼を自分で見直してから言うといいでござるよ、そういう熱血めいた科白は」
「あはは、あなたにそう言われるとは心外ですね。っていうかむかつきますね、黙れ」
「……ちょっと表に出るでござるか?」
「嫌だなー、エレメスさんともあろう大人がぼくみたいな子供の言うことを真に受けませんよねー? 半眼でやる気なさ気で全然真実味の欠片もないような子供の言うことを真に受けませんよねー?」

 ひく、と、エレメスの口元がひん曲がった。

「……何と言うか。お主ら姉弟は、本当に相手が難しいでござるよ……」
「一括りにしないでください、ぼくはぼくです。失礼しちゃうなぁ」

 にやけた笑みは消えず、カヴァクはしれっと言葉を続ける。エレメスはその仕草に、やはり面倒くさそうに首を振った。

「とりあえず、です。もう二ヶ月、ちょっと時間をもらいますよ。これが出来た以上、もう少し色々見つめなおすこともできそうですから」
「基礎数値をインプットではなくて常時更新、ときたでござるか……確かにこれなら、今まで以上の精度は期待できるでござろう。それにしても、二ヶ月は長くないでござるか?」
「いいじゃないですか。その分ぼくらが成長するんですから。それとも何ですか、こちらの手の内が見えないと負けそうで怖いですか?」
「せめて一太刀でも浴びせてから言うのでござるな」
「残念、弓使いは弓しか使えません」

 言葉の応酬は軽やかに進む。
 エレメスの額に浮かんだ青筋と、カヴァクの口に浮かぶ人を小ばかにする笑みが対照的な構図ではあった。

「それとも――――トリスが、ま、た、無茶するのが、そんなに怖いですか?」
「……まさかあの指示、お主がやったのではあるまいな?」
「まさかまさか。ぼくの大事なトリスにそんなことさせるわけがないじゃないですか。ぼ、く、の」
「……よし決めたでござる、表に出ろ糞ガキ」
「あはははー。口調、崩れてますよ、ござる兄さん?」

 音もなく両手にヴァリアスジュルを装着するエレメスに、それでもカヴァクは笑いを引っ込めない。普段たまっている鬱憤をぶつけるかのごとく、つらつらと舌先から言葉が滑り出る。
 ラウレル=ヴィンダーを初め、ヒュッケバイン=トリスですら見たことがないだろう意地が悪い笑みに、流石のエレメスも苛立ちを隠せないようだった。

「さて、と」

 カヴァクは満足いったとばかりに目元をこすった。にやついていた瞳が、一瞬でいつもの半眼に戻る。口元に浮かんでいた笑いも引っ込んで、エレメスが見慣れている彼らしい生気のない表情へと戻った。
 ついでに欠伸を一度漏らしながら、カヴァクは再度エレメスを真正面から見据えた。

「――――とは、いえ。流石のぼくもあの猪突猛進は予想外でしたけどね。一応下がらせる指示は出してたんですが、やっぱり相手があなたとなると、どうしても制御が効きませんね。愛されてますね、ほんと」
「……いきなり沸点を下げられて、拙者にどうしろというのでござるか」
「別にどうもしなくていいですよ。これはあくまで提案者に対する結果報告です。ホウレンソウ、大事ですよ?」

 そんなことを嘯きながら、端末のキーを、カツン、と指で弾いた。パラメーターを表示させていた画面が移り変わり、人間の姿をモデリングしたかのような素体が映し出されていた。
 興味深そうに、エレメスが双眸を細くする。エレメスが画面を覗き込んでいるのを確認したカヴァクは、カタカタと何かを入力しながら画面に浮かぶ素体を動かし始めた。

 しばらく、端末を操作するだけの時間が流れる。無言の空間はキーを叩く乾いた音のみが反響し、エレメスは現在の動作に対する説明を求めなかった。カヴァクはエレメスが理解しているのかどうかすら確認せずに、ただ静かに画面を操作していく。特に、何かを入力する箇所については、まるで入力値を見せないかのように瞬時に飛ばしていった。
 その合間に、数度、目配せをする。エレメスが頷くのを確認して、また次の画面へと遷移させる。報告、連絡、相談が大事だと言ったにも関わらず、カヴァクは一切の意思確認を行わない。エレメスもまた、それを咎めなかった。

「――――以上です。わからなくてもぼくは知りません。ぼくが協力するのはここまでです」
「負けん気の強さは、先程十分思い知らされたでござるよ。しばらく感じたくはないでござるが」
「そうですか? ぼくは楽しかったですけどね」

 くつくつと笑って、カヴァクはモニターの電源を落とした。駆動し続けていた端末が僅かの休息に入る。吐き出されていた廃熱が途絶え、手狭なその空間に再び秋夜の寒さが舞い戻る。
 大きく背伸びをしながら、カヴァクは深く息をついた。

「じゃあ、二ヵ月後に。それまでこっちを覗きに来てはだめですからね」
「そう重ねて言わなくても、承知したでござるよ。カヴァク殿は本当、用心深いでござるな」
「用心深いとは失礼な。ただあなたを信じてないだけですよ」
「そのほうがもっと失礼だとは思わないでござるか?」

 部屋の光源だったモニターが消えたため、うっすらと部屋が緑色の光に包まれる。
 暗闇の部屋の中央隅に埋め込まれた、緑色の結晶から漏れた光がカヴァクの顔を微かに照らす。カヴァクの顔は、にやけた笑みでもなく、やる気のない半眼でもなく、

「思いませんよ――――ええ、あなたに、だけは」

 何処までも透明な、表情を浮かべていた。

「……カヴァク殿?」
「さて、そろそろ出ましょうか。真っ暗なところにいると視力を落としてしまいます。弓手として、それは致命的ですからね」

 エレメスがそのことに気を留める暇も与えず、カヴァクは笑みを顔に貼り付けて退室を促して、自分はそのまますたすたと部屋の入り口から出て行ってしまう。釈然としないものが残ったが、カヴァクがこの部屋から出てしまった以上、自分も出ざるを得ない。入り口からするりと抜けた後、カヴァクは扉を閉めてしっかりと施錠まで行った。

「相変わらず、殺風景な部屋でござったな」
「私物を持ち込んでも、すぐに一杯になってしまうところですから。今ぐらいがいいんです」
「あの部屋の持ち主とは思えぬ科白でござるな」
「あれだって、ぼくが増やしたわけじゃないんですけどね……ん、あれ?」

 笑いながら鍵の確認をしていたカヴァクは、遠くから足音が反響してくることに気づいた。反響の感覚が短い。誰かが、走っているようだった。
 とはいえ、こちらに向かって直進してくるようでもない。目的地を決めずにあちらこちらを走っているような音だった。誰かが戦闘中なのかとも思ったが、聞こえてくる音からして全速力で走り続けているようなのでそれはないだろう。

「誰かが、何かを探しているようでござるな」
「んー……っていうか、既に気づいてるんでしょ、エレメスさん」
「さて、何のことでござろう」

 先程の仕返しのつもりだろうか。しれっとした顔で答えたエレメスはそっぽを向きながら肩を竦めた。その態度で、この足音の主を確信する。
 こんな時間にこんなところを走っているとすれば、おそらく、自分を探しているのだろう。こちらが肩を竦めたい気分だ、と、カヴァクは気取られることなくため息をついた。

「もう、約束は始まってるんですからね」
「……意地悪でござるな。相わかった、約束は約束でござるからな」

 エレメスの姿が闇夜に溶ける。気配まで完璧に消しきったのを確認して、カヴァクは相手にわかるようにその場で足音を数度鳴らした。
 通路に反響していた足音が一度ぴたりと止まり、その後、一直線にこちらに向かって響いてくる。

「あ、いたいた。こんなところで何してんのよ」
「ちょっと色々、ね。それより、どうしたのかな。そんなに一人じゃ眠れないのかい。そうか、仕方ないなぁ、それならこの不肖カヴァク=イカルス、全力を以ってトリス様の抱き枕となるしょぞぐがっ」
「あら。わたしの椅子になりたいって? ふぅーん?」
「待って、待って背骨って実は曲げすぎると骨が歪む痛い痛い痛いー!」

 暗がりから姿を見せたトリスを迎えるかのように大きく両手を広げていたカヴァクは、そのまま両手を掴まれて体を反転させられ、背中を陣取られて逆ブリッジ状態へと持ち込まれて悲鳴を上げた。流れるような見事な連携技に、暗闇の中からエレメスが思わず驚嘆の息を漏らした。ついでに、先の模擬戦で自分がその技をかけられなくてよかったと本気で心の底から安堵する。
 たっぷり十秒ほど完全にキめた後、トリスは満足いったとばかりに両手を離した。カヴァクはその場に崩れ落ちながら、冷たい床を涙で濡らした。

「うぅぅ。トリスの愛が痛いよー。背中が凄く痛いよー」
「まったく……あんたの部屋行ったら、またいなくなってたから探しに来たの。まさかこんなところにいるなんて思わなかったわ」

 ずっと走り続けていたのだろうか。
 トリスは額に浮かぶ汗を拭って、床にうずくまったままのカヴァクをつま先で何度か小突いた。カヴァクはもそもそと体を動かして、寝そべったままトリスを見上げる。ちょうど真下から見上げるような形になり、トリスがスカートを履いていないのを大きく悔やんだ。
 大きな双丘の向こうに見える幼馴染の顔を見ながら、カヴァクはシニカルに口元を歪めた。

「その割には、何か全力で走り回ってみたいだけど。そんなにぼくに逢いたかったのかい」
「そうね。全力で踏みつけたいぐらいに逢いたかったよ」
「ごめんなさい」

 カヴァクはすくっと立ち上がる。打ち合わせをしていたとしか思えない会話のキャッチボールに、エレメスは頬を緩ませて壁にもたれかかった。
 二人の姿は、何処となく、自分たちに似ていて。それ故に、いつまでも、何度でも、見ていたいと思う。自分は、彼には嫌われているようだけれど。

 自分がこんなことを思っていることなど、二人はきっと知る由もないだろう。トリスを重ねた少女も、知らないだろう。
 知ってほしいとはあまり思わない。ただ、いつまでもこうあってほしいと、心の奥底で静かに願う。目の前の現実から、僅かに、瞳を逸らす。


 そのときだった。


「……」

 先程まで聞こえてきていた会話が、ぷつりと止んだ。何事かと思って双眸を開いたエレメスは、ちょうど、こちらに背を向けようとしたトリスの顔を視界に捉えた。

 その、目は。

「――――っ!?」

 思わず声がでそうになった。瞬時のところで、横から伸ばされた手がエレメスの口を塞ぐ。目だけを動かして横を覗くと、カヴァクが透明な表情のまま、エレメスに向かって首を振った。
 トリスのこげ茶のお下げが、闇に溶けながら消えていく。来るときはあれほど響かせていた足音を一切させず、静かに、本当にこの廊下に消えてしまうかのように朧気に、トリスは二人の前から去っていく。別れの言葉もなく、何の挨拶もなく。何処かへ帰るかのように、何の迷いもなく足を進ませていって、そして、視界から消えた。

「――――今、の、は」

 自分の声は、知らず、かすれていた。
 口を塞いでいた掌が外され、カヴァクはエレメスのほうを向く。そして。


「今、何か、見ました?」


 自分に向けた悪態も。
 トリスと交わした談話も。
 今まで聞いた全ての声も。

 何もかも全て虚空に消えてしまったかのような声で、カヴァクは、エレメスへと問うた。

「そんな、はずがない。そんなはずは――――トリスが、まさか」

 眼球を開いて驚愕するエレメスに、カヴァクは何も告げずにエレメスのことを静かに見据え続ける。
 エレメスの不可解な独り言について何も訊ねず、また、自分も何も言わない。自分が協力するのはここまでだ、と、明言したあの端末の前のときのように。

 エレメスは湧き出てくる疑問を、ぐっと、飲み込んだ。
 浮かんでくる危惧を噛み殺す。在り得ない、と、無理やりに、今この場を静めようと自分に対して思い込ませようとする。

 金褐色の瞳を閉じて、エレメスは深く、息をついた。
 深く、深く。息をついて、そして、双眸を開いて。

「――――夢を」
「……?」

 ぽつり、と、カヴァクが呟いた。
 不思議そうな相貌で見つめるエレメスに、カヴァクは、聞かせるともなく、続きを口にする。


「そうですね。――――夢を、見ているんですよ」


 カヴァクは、それだけを告げて、部屋の前で佇んでいるエレメスを置き去りにして、廊下へと消えていった。

「今夜は、とても月が、きれいですから」

 その呟きもまた、夜の帳へと、消えていった。
 



 それは、二ヶ月前の物語。その期間を置いてなお、何の前触れもなく訪れた、と言うには、彼は余りにも無知すぎた。
 着々と変調は日々侵食していき、誰にも知られることなく深く、より深くへと入り込んでいた。
 唯一気づくチャンスがあったとするならば。否、彼は、気づいてはいた。前触れを、知っていた。それなのに、見逃した。見過ごした。
 約束を交わした、この中秋の晩。
 彼は、知っていたはずなのに。

 彼女の、何も写らない瞳を見ていたはずなのに。

 それなのに、見落とした。
 「そんなはずがない」。「何かの思い過ごしだ」。


 そう思って出口を探していた思考の迷路に、その言葉は、するりと入り込んできた。


「そうですね。――――夢を、見ているんですよ」


 何故、それを信じてしまったのか。
 何故、それを疑わなかったのか。

 すとんと心の中で落ち着いてしまったその言葉を抗えるだけの術はなく、もう確かめようがない彼女の双眸は、やがて、彼の記憶から消えていった。
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by akira_ikuya | 2010-03-19 23:53 | 二次創作 | Comments(0)


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