Scene23

 全部アップしようとしたら、長すぎるって言われました。

 仕方ないので、前半部だけ。後半分は次記事に回します。よって題名もチェンジ。
 っていうか、前半部短すぎるので幕間扱いにします。



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 世の中とは、中々難しいものだ。そういう言葉を、彼は最近友人から聞くようになった。四六時中いつも一緒にいるわけでもないし、朝夕の食事のときと、たまにふらりと出かけた先で会う程度。その程度でもお互いの気心は知れているし、友人と呼べる程度の交友はある。薄く、広く。いつも柔和な笑顔を浮かべている彼は、そういう言葉がよく似合う付き合いを信条とするわけでもなく続けていた。
 薄く、広く。誰に支障がないように、誰も悲しい顔をしないように。全てを包めるように、全てを許せるように。彼が信仰している主のように、おおらかな心のままに。

「聞いていますか、イレンド。だからですね」
「あ、うん。聞いてるよ、セニア」

 世の中とは、確かに中々難しい。けれど、別に今の現状なんて、彼にとってはまだどうということはない。自らの姉に受けている仕打ちを考えればまだ、まだ耐えれる。
 朝の修練場で顔をあわせ、和やかに朝食を終え、ぼんやりとその場に残っていた彼女に声をかけたが最後、もうすぐ昼餉の時間だというのに止まらない話を聞かされ続けていることなど、彼にとっては朝の瞑想の時間とさほど変わりはなかった。全ては無にし、自分の存在すらも無にして境地を探す。外部の事象に一切干渉されず、内なる世界を自分の中に作りこむ。精神的に踏み込める、新たな内面への一歩を夢想する。理不尽な現実という暴風雨から自らを守るために得た処世術。
 早い話、イレンド=エベシは、目の前で頬を赤くして喋り続けるイグニゼム=セニアの話なんて、微塵も聞いていない。

「昨日だって、いきなり、わ、私のスカートをっ。絶対あの人は、私のことを手のかかる子供のようにしか扱ってないんです!」

 だって君、どう考えても僕らの中で最年少で、あまつさえ頭一個分下だよね。
 浮かぶ突っ込みは心の中に沈め、絶対に表には出さない。「それも考えものだね」と、柔和な笑顔だけを浮かべて彼は少しだけ困ったような口ぶりで首を傾けた。

 イレンドの対応に満足したかのようにセニアは大きく頷き、イレンドが差し出した紅茶のカップをお礼を言って受け取った。何のためらいもなく角砂糖とミルクを琥珀色の液体に落とし込み、銀のスプーンで礼儀正しい所作でかき混ぜる。音を一切立てずにソーサーをもちながらのその仕草は、何とはなしに、イレンドに微笑を浮かべさせた。自分はストレートのまま、カップを静かに口に運んだ。

 飲んで、一息。
 人の愚痴を聞くのは嫌ではないし、困っているのならば助けになるのも吝かではない。というより、人のことに関して嫌だと思ったことなど数えたほうが少ない。そんなイレンドを以ってして、思わず無我の境地に旅立ってしまいかねない、この、現状。何か悩んでいるのかとでも思ったら、何か口を挟めば馬に蹴られてしまいそうな内容ばかりだった。やぶ蛇だった、と後悔したところで、自分の部屋に招きいれてしまった時点でもう彼にはどうしようもなかった。
 僕は石像。そう言い聞かせて、セニアの話に相槌を打ち続ける。これで我らがリーダーが少しは機嫌が直ってくれれば、と、あまり現実味がない期待をしつつ。

「ラウレルは、本当、いつもいつも私を……!」
「うんうん、本当、ラウレルも困ったものですよね」
「それに、聞いてくださいよ。この間なんて」

 段々と、彼女が話している内容が愚痴なのか不満なのか判別がつかなくなる。普段は凛然とし、精一杯背伸びして、リーダーたる器であろうとする少女。そのセニアがこうやって息を荒くして言葉を重ねるということは珍しいし、この会話を逐一記録し後でセニアに突きつけた場合赤面して事実をもみ消しかねないような内容をつらつらと語るということが既に天地崩壊レベルだ。だから、もう少し付き合ってあげようと思う。愚痴から不満に転換してそれが惚気に変わろうとしても、彼女のチームメンバーとして、彼女より少し年上の身として、主なる父に跪いて人のためにあらんとするその生き方に感銘を受けた者として。
 主も存外、酷な性格であった。

「一体私が、どれだけ抑えているか」
「本当、ラウレルって酷いですね」
「……でも、彼だって、私のことを心配しているというのはわかるんです。だから、その……」
「ん、そうだね。悪く言っては駄目だね」

 現実はいつだって理不尽で不条理だ。特に女の子という存在ほど、不条理の塊で出来ている存在はいない。自分が不満の対象に思うのは許せても、他人の不満の対象になってはいけないのだ。
 紅茶を口に含み、気づかれないようにそっとため息をついた。

 そのとき、イレンドの部屋を静かにノックする音が聞こえた。
 二階部メンバーで、イレンドの知っている限り、人の部屋を訪れるときにノックするのは今目の前にいるセニアを含めてたった二人だけだ。来訪者にぴくんと体が跳ねて、セニアの口が咄嗟に塞がる。

「どうぞ、開いていますよ、アルマ」
「あれ、何であたしってわかったの―――ありゃ、セニアちゃんじゃない。どしたの?」

 扉を開けたアルマイアは、ベッドに腰掛けているイレンドと、その前の椅子に腰掛けているセニアを見比べて首を傾げた。セニアが女子グループ以外の誰かの部屋を訪れるというのは珍しいし、イレンドの顔に若干の疲れの表情が見えるのが気に掛かった。イレンドと視線を合わすと、イレンドはこっそりと微苦笑を浮かべてセニアへと目配せした。それを見て、何となく察する。

「ははーん、さてはセニアちゃんとイレンド……」
「待ってください、それはちょっと待ってください。今の僕のアイコンタクトで何を受信したんですか」
「な、何だ、アルマイアでしたか……」

 アルマイアの口元が嫌らしくひん曲がったのを見て、げっそりとしながらイレンドは肩を落とした。セニアはそんな二人の考えていることなど露知らず、部屋を訪れたのがアルマイアと知って胸を撫で下ろしていた。礼儀正しく何処かのご令嬢然としたセニアにしてみれば、誰が誰を訪れようともノックは欠かさないものだと躾けられているし、なおかつここはイレンドの、男の部屋なのだ。訪れてくるのは男性陣だと思っていたし、そう思えば、愚痴の内容を聞かれたくない相手の確率は二分の一なのだ。
 最初からゼロだった確率を五十パーセントと思い込んでいれば、警戒しても仕方ない。しかし、そんな内情など、相手に伝わらなければ更なる誤解を伝えるボディランゲージでしかないのだ。

「あるぇー? 何かセニアちゃんほっとしてるよー?」
「友人に刺激されるのは結構ですが、トリスのそういう悪戯っぽいところまで感化されないでください」

 大体、もう想像はついているんでしょう。言外にため息を滲ませて、柔らかい栗毛をゆるゆると振った。
 けらけらと笑いながらアルマイアは部屋に入ってきて、自分が座る場所を探す。来客用の椅子は既にセニアが座っているし、かといって、床に座ろうとは思わない。仕方なく、イレンドの隣に腰を下ろした。イレンドも少し右に避けて、アルマイアが座るスペースを作った。
 さて、もう少しからかってから帰ろう。そう思って横に座っているイレンドに標的をあわせようとして――――仲間に引きずり込もうとしている邪悪な気配など完璧に消し去っている、イレンドの柔らかい笑顔に見つめられていた。ひく、と口元が引きつる。

「それにしても、急にどうしたんですか? 僕の部屋に来るなんて」
「いやさ、そろそろ夕飯の仕込みしないといけないから、イレンドに手伝ってもらおうかなー、って思ってきたんだけど……」
「ちょうどいいところに来てくれました、アルマイアも聞いてください!」

 訊ねられた問いに、出来るだけセニアと視線を合わさないように答えていたアルマイアは意気込んだセニアの声に振り向かざるを得なくなった。
 完全に墓穴を掘った、と気づく。余計な食指など動かさず、部屋の入り口で用件だけを伝えて逃げるべきだった。

「いや、でもね、セニアちゃん。あたし、今から夕飯の準備が……」
「大丈夫です、後で私もお手伝いいたしますから!」
「……うん、諦めたほうが無難ですよ、多分」

 タイミング悪く部屋に訪れ、あまつさえ腰を下ろしてしまった自らの不始末を呪うアルマイアに、ぽんぽんとイレンドが肩を叩く。
 生体研究所二階部の、お父さん役お母さん役。その二人は、愛娘とも末っ子の妹とも取れる可愛い可愛い我らがリーダーのために、夕暮れの時間を無駄に浪費することを心に決めた。
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by akira_ikuya | 2010-02-26 18:13 | 二次創作


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