Scene20

 そして唐突に。



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「なぁ、トリス。ぼくは疑問に思うことがあるんだ」

 大仰に両の腕を開きながら、カヴァク=イカルスは彼の幼馴染であるヒュッケバイン=トリスに向かって語りかけた。その様は道化師であるクラウンの所作ともいえなくともなく、弓の腕よりもパーティーとしての存在価値を高めている彼らしいといえば、彼らしい。
 尤も、端的な言葉で彼のことを言い表すならば。

「何よ、いきなり変な格好で」

 トリスの呆れたような声音で、切り捨てられてしまうのだけれど。
 しかしそんなことで挫ける彼ではない。まるで何事もなかったかのように白けた半眼の視線に当てられながらも流暢に言葉を続ける。

「人は皆、何かのために生きている。何かを成すために日々を過ごしている。ぼくだってそうだ、とある視点では何も生産性がなく無駄なことをしているように見えて、実はその一手先、更には三手先を予想して、予測して生きている。トリスだってそうだろう?」
「ふぅん?」

 彼の言葉に興味がない、とでもいわんばかりに、トリスは自前の黒こげ茶のお下げをゆるゆると振りながら天井を仰いだ。
 それでも、カヴァク=イカルスはめげない。大事なものを守るために。

「だから、だね。トリス。君が見ればこの行為には意味がないのかもしれない。理屈が通らないのかもしれない。だけれど―――」
「うん、そうだね。でも、没収。ってか、焼却処分」
「やめてえええええ、それだけはやめてええええええええ」

 腰のズタ袋から取り出したライターに火を点したかと思うと、彼の必死の懇願を視線で伏してノータイムで着火した。彼女の右手に掴まれていた何かの本らしき物体が一瞬で炎に包まれ、彼女はそれを手から離す。特殊な素材でできているのか、床はその炎を受けてもまったく燃え移らず、僅かに黒いこげあとだけを残して本を基点とした焚き火を作り上げていた。
 がくり、とでも言わんばかりにカヴァクは両手から崩れ落ちる。そして響く慟哭。大事なものを守りきれなかった。守り通せなかった。そんな思いの丈を何の蓋もせずに口から吐き出していく。否、吐き出さずにはいられないのだ。

「ぼくの夢の結晶があああああああああああああああああああ」
「むしろこの環境下でどうやって手に入れてるのよ、エロ本なんて」

 思春期の、男の子として。

「蛇の道は蛇といってね――――あ、嘘です、実はこれが最後です。もうないです。ないです」

 熱源があるというのに自分のせりふの途中で寒気を感じたカヴァクは、咄嗟に続きの言葉を修正する。膝をついた自分を見下ろすような白けた視線に対して、必死に笑顔を取り繕ってアハハと笑う。乾いた笑いになったのは、本が燃えて部屋が乾燥したからに違いない。
 パチ、と音を立てて、最後の火花が消える。トリスは膝を丸めるようにしてしゃがみこんで、カヴァクと視線を合わす。

「ほんと?」
「うん、ほんと。ほんと。カヴァク嘘つかない」
「わたし、あんたから嘘しかつかれたことないんだけど」
「酷いな、トリス」

 カヴァクが、爽やかに笑う。柔らかい赤茶の双眸が緩み、トリスの瞳を覗き込む。らしくもなく視線を俯かせるトリスに対しては効果覿面で、彼の鴉の濡羽色の髪が風もないのに自然に揺れた。
 イレンド=エベシのような優しい笑顔を浮かべたまま、カヴァクは変わらない口調のままで続きを告げる。

「単に言葉が勝手に出てるだけなのに」
「うん、知ってる」

 言葉はぐーパンチと一緒に返ってきた。ここまで全てが予定調和だったといわんばかりの冷めた口調で、トリスはやれやれと立ち上がった。顔の中心部にキレイに叩き込まれたカヴァクは「目がああああ、目がああああ」と叫んでいたが、やがて飽きたのかやはり何もなかったかのように立ち上がり、服についた埃をぱんぱんと取り払った。

「んで。どうしたのさ」
「ん? 何が?」
「とぼけるのはぼくのお家芸なんだけど。それともトリスはぼくの部屋に来るなりいきなり部屋をあさり果てはクローゼットの後ろの板を破壊して全青少年の夢をぶち壊す趣味でも習得したの?」
「息、よく続くね」
「クラウンになるべく頑張ってるから」
「ほんと?」
「嘘」

 あんた、既に今のままでも十分道化師だよ。
 胸中にそんなことを思いながら口元がひん曲がるトリスに、カヴァクはごく自然に後ろに二歩距離をとった。
 全てが全て、もう何年も続けてきた自分たちのスタイル。自分たちの、トレース。

「ん、ま。探し物をしにきた、っていうのは正解なんだけどね」
「じゃあ探したいものを探してよ。こないだ読んでた漫画の続き? それなら三番目の本棚の二列目の二十三冊目」
「本棚は二個しかないし、その二個目の本棚もどうみても横に十冊ぐらいしか並んでないんだけど」
「あれ、そうだったかな。ごめんね、物覚え悪くて」

 自らが諳んじた言葉を、惚けたように、何の悪びれもなく訂正したカヴァクは、先程浮かべた笑顔の一欠けらも残していない半眼のまま椅子に座って所在なさ気に佇んでいる幼馴染を見やった。この程度ではもう怒ることすらないのか、トリスは取り立てて気分を害している風もなく、そんなカヴァクを見つめている。
 視線が少しだけ、交差する。別に何もない、いつもの光景。カヴァクの半眼が、少しだけ、細くなる。

「ねぇ、トリス」
「ん?」

 探し物に来た、といってから、何を探してるとも言わないトリスに、カヴァクは視線だけでベッドに座るようトリスを促した。そして、彼女の言葉を待たずして、更に言葉を投げかける。

「人は何かを成すために生きている。そうさっきぼくは言った。じゃあさ、たとえば。たとえば。ある所に村があるとして。その村人たちは毎日せっせと機を織っては、毎日とある所に置き去りにするんだ。毎日、毎日。何かを成すために人々は生きるべきなのに、何の役にも立たないところにずっと置き去りにしているんだ。彼らは、何がしたいんだと思う?」
「なんか抽象的ね。答えあるの?」
「さぁ?」
「さぁ、って……いや、ん。あんたに意味のある言葉を求めるときは、キスの直前だけでいっか。んー……そだね。お供え物、とか」
「お供え物?」
「カミサマ、とか、そういうのに」
「シーフの君から聞くと、凄く胡散臭く聞こえるよね」
「あんたが言うか、あんたが。別に、カミサマって言ったって、イレンドたちが信仰してんのとは毛色が違うわよ。あっちは何でもお救いになるすんばらしいカミサマなら、わたしが言ってるのは、わたしたちを苦しめてる荒神様とか、そんなの」
「胡散臭い話から一気に辛気臭いになったね」
「あんたのその全てを斜に構えた目よりマシよ。モロクだって、別に全てが全て砂漠じゃないし、オアシスだってある。でも、雨季がこないと、そのオアシスも枯れてしまう。干ばつなんてよくあることだから、そういうのをカミサマにお願いするために、お供え物するのよ」
「ふーん……お供え物、ね」

 お供え物、お供え物。カヴァクは何か気になったのか、口の中でもごもごとその言葉を続けた。
 カヴァクの様子が気になったが、彼の視線が中空を彷徨ったまま焦点が合っていないのを見て深々とため息をついた。元々脊髄反射で生きている節があるカヴァクだが、何かを考えこんでいる時はもっと酷くなる。話しかければ、たとえどんな適当だろうと返事が返ってくることがマシだとすら思ってしまう。

 カヴァクに真意を問いただすことを諦めて、トリスはぽふっとベッドに横になる。彼女がここに寝転ぶのはいつものことなので、カヴァクはそれに視線すらよこさない。というよりも、思考の渦に身を投げているので、彼女のそんな所作には気づいてないのかもしれない。
 手持ち無沙汰になり、おもむろに枕の下に手を突っ込んだ。指先に触れるものは特にない。シーツの下を引っ張ってみた。特にここにもない。何とはなしにベッド周辺を家宅捜査している最中、彼女ははっと気づいた。

 いけない。本当に趣味になりかけてないか。

 物凄く自然に、何の違和感もなく行っていた自分の行動を振り返ってトリスは頭を抱えたくなった。シーフだから手癖が悪い、というのはわかる、わかるが、ちょっと待ってほしい。これでは彼のことを笑えない変質者じゃないか。いけない、慣習化してしまっている。別にさっき発掘してしまったものがあってもなくても、言葉ほど自分は気にしていないのだけれど、何でこういうことをし始めようと思ってしまったのか。
 ため息を一つ。ベッドの上で居住まいを直した彼女は、カヴァクが端末に電源をつけてそこに没頭している後姿を見つけた。

 その後姿が、何となく遠い。
 変な言葉ばかり嘯いて、ノリでしか生きてなくて、それでもいつも隣にいた彼の後姿は、凄く、遠く感じる。いつも彼の隣にいるもう一人の幼馴染であるラウレル=ヴィンダーは、そういう距離感にはあまり気を置いてないのかもしれない。彼は彼で、カヴァク以上にマイペースだから。つるめば抜群のコンビネーションで漫才とも取れない会話を行うが、つるまないときはびっくりするぐらい、お互いを意識しない。
 そういう関係。少し、羨ましいような、気がしないでもない。

 でもそれは、彼と彼が男友達だからだ、と、思う。
 自分は女で、カヴァクは男。ラウレルも、男。

 ベッドの上から立ち上がり、カヴァクの首に両腕をたらして寄りかかった。カヴァクはまったく意に介さず、視線はモノクロの画面に引っ付いたまま。
 何となく。
 本当に、何となく。

「……ね。カヴァク」

 癪に、なった。

「……」
「って、こら。少しは反応しなさいよ」

 耳元で囁いたというのに、カヴァクは両の手をひたすらキーボードに叩きつけながら相変わらず一瞥すらよこさない。
 耳たぶでも噛み付いてやろうか、と一瞬思ったものの、何だかそれだと端末に嫉妬しているみたいで、そんな自分が少しみっともない。というより、別に恋仲ではないのだから、嫉妬するようないわれもないはずだ。あくまで自分とカヴァクは、幼馴染であって、友達であって、恋仲では、ない。

 たとえキスをして一線を越えたとしても。
 愛を語り合わなければ、言葉で告げなければ。

 恋仲では、ないのだ。

 嫉妬とは別の感情が、彼女の胃の中で渦を巻いた。よし、これは嫉妬ではない。正当なる怒りだ、と、彼女は自分の中で結論を出し、思い切り彼の耳たぶを、引っ張った。

「いたたたたたたたたたたたたた、痛い、痛い! 何だか凄く耳が痛い!」
「あ、おかえり」
「ねぇトリス、何だかぼくの右耳が細胞分裂したかのように痛いんだけど知らないかい?」
「細胞分裂で痛みが発生するなら、あんた今頃発狂してるわよ」

 それもそうか、と、カヴァクは一人で意味のわからない納得を残して、ふと気がついたように首だけをトリスに向ける。

「ところでトリス」
「んー?」
「何か当たってるんだけど」
「事あるごとに言わせようとしてない?」
「当ててんのよ、は、男の浪漫なんだ!」

 そんなことを物凄く真剣に言われて、どうしろというのだ、本当に。
 とにもかくにも、意識がようやく思考の渦からはがれてこちらに戻ってきた。そのことに満足感を覚えて、トリスはようやく、先程の続きを言える。彼女の、探し物について。

「カヴァク」
「今度は何だい、トリス。眠いのかい? それならぼくが喜んで添い寝をしようじゃないか」
「それならもうちょっと肉をつけてからいいなさい。がりがりのもやしを抱き枕にしても抱き心地がないわ。って、いいから、いい加減わたしに喋らせなさいよ」

 視線が合う。
 トリスの瞳の中に灯る僅かな感情を一瞬で読み取って、靄が掛かっていたかのようなカヴァクの両目が開いた。

「カヴァク―――あんた、わたしに何か隠してるわけじゃないよね?」
「手厳しいな、トリス。ぼくがそんなことをするようなキャラクターに見える?」
「そうにしか見えないから、今こうして問い詰めてるんでしょうが」

 やれやれ、困ったな。そんな言葉を残して、カヴァクは両目を閉じた。おそらく、彼の体がトリスによって拘束されてなければ、大きく肩をすくめるジェスチャーでも交えていただろう。そんな芝居掛かった口調で、彼はつらつらと口にする。

「仕方ないなぁ……トリスだから言うんだよ?」
「やっぱり、隠し事、してるのね?」
「うん、してる。物凄くしてる」
「今、わたしの中で、あんたが今からどんなこと言ったとしても嘘だと認知するように決めたわ」
「そうかい。それは僥倖だ。ところでさっき燃やされた本は貧乳萌な本だったんだけれどね、ラウレルから預かっている本命の巨乳萌も隠してあるんだ」
「ん、そっか。じゃあ今からこの部屋全体燃やせばいいのかな?」
「ちょっと待とう、ちょっと待とう。嘘と認知するって言わなかったっけ!?」
「うん、嘘」
「だからそれはぼくのお家芸だってば」

 困ったなぁ、と笑うカヴァクに、トリスの毒気が殺がれる。
 気がつけば部屋にこもっているカヴァクの異変に気づいたのは、期間で言えばごく最近だ。今までだって引っ張り出さなければ平気で数日は引きこもりになるのでさほど気にはしていなかったが、それでも、ここ数日の彼は異常ともいえた。先ほどみたいにずっと端末の画面に向き合っていたかと思えば、いきなり両手が止まって、何かを見据えたかのようにぴくりとも動かなくなる。自分が部屋を訪れても特に何も言わず、何も気にせず。また何か変なことしてるのかと思って、できるだけ干渉はしなかった。

 けれど。
 飽き性の彼が、一週間以上、同じ行動だけを続けている。

 誰よりもカヴァクのことを知り抜いている、幼馴染としての警鐘が、鳴り響いていた。

「……ま、いっか。あんたが何かして勝手に墓穴掘ってるのは、いつものことなんだし」

 しかし、今は、今だけは。その警鐘に抗う。まだ自分に対して惚けるということは、誰に対しても言う気はないということだから。その信頼と関係は、ラウレルにだって譲りたくはない。だから、今は、それに付き合おう。

 自分になら、何でも教えてくれる。
 本当に大切なことは、きっと、見誤らない。

 そんな関係を、ヒュッケバイン=トリスは、盲目に、信じている。

「酷いなぁ、トリスは」
「あんたのほうが、酷いでしょが。わたしのことをかまいもしないで」
「さっき言った漫画でも読んでるんだと思ってたんだ」
「だから、その漫画、何処よ」

 くす、と、笑う。
 カヴァクもつられて、笑う。

 そして、そっと、口づけを交わして。
 トリスは、気がつけなかった。

 カヴァク=イカルスの瞳の中に浮かび、消えていった、その感情の色を。
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by akira_ikuya | 2010-02-06 01:26 | 二次創作


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