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Scene6

 生体萌えスレに投下した六話にあたる話です。加筆修正しています。



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 襲撃から数日、三階部は平和な日々が経過していた。毎日のように人出は耐えない場所ではあったが、この間のように不可解な痕跡も残ることなく、概ね平凡な日々と言えた。
 各々、二階へ逃げたとされるも姿を現さなかった襲撃者たちへの警戒を強めてはいたが、まったくと言っていいほど、その後に続けるアクションを表さない。拍子抜けしたような、肩透かしを食らったような。そういう得もいえない居心地の悪さと共に、彼らの不透明な目的という大きな疑問が残った。
 いたちごっこ、とでも言うのだろうか。そもそも、存在の有無すら確認できない相手に逃走も追跡も通用しないと思うのだけれど。

 セシルはそんな詮無きことを思いながら、いつもの巡回ルートに罠を敷き詰めつつ廊下を歩いていた。つい先ほども、三人組の冒険者がこの罠にかかり、丁重にお帰り願ったところだ。
 しゃがみこんで、新たな罠をセットしつつ小さくため息を零す。

「……やっぱり変、なのよね」

 壊れた罠を見やる。
 いくら錬鉄の鍛冶屋であるホワイトスミスの職を担うハワードといえど、基本が使い捨ての罠をいくら強化したところで、罠は所詮使い捨てで終わってしまう。今回の罠だって、相手の足首を刃のついた鉄部位で嵌めるタイプのものだが、その鉄刃の部位が顎の外れた骨格のようにだらしなく開け広げられていた。
 罠にかかった後、その罠を解除するだけならこうやって力任せに罠の部位を開けばいい。けれど、あの罠は鉄屑になるまで破壊されつくしていた。

 まだこの状態ならもっかい錬鉄できるのになぁ、と呟き、壊れた罠を矢筒の下に敷く。後でハワードの部屋に持っていって新しい罠に作り変えてもらおう。
 そう思って立ち上がったときに、ふと廊下から一つの影がこちらに歩いてくるのが見えた。頭の左右でくるくると結っている金髪と、何を考えてるかいまいち判別しづらい静かな橙の淡い瞳が徐々に近づいてくる。
 近づいてくるカトリーヌに違和感を覚え、セシルは首をかしげた。

「あれ、カトリーヌじゃない。どうしたの、ここ担当区域じゃないでしょ?」
「……ん。でも、索敵」

 相変わらずの言葉数の少ない説明を終えると、カトリーヌはその場で腕を軽く一振るいした。ボウ、と残響音もほとんど残さない薄煙い音と共に、赤い灯火がカトリーヌの周りに浮遊し始める。
 火属性の初級魔法、サイト。隠れている敵を炙り出す初歩的な魔術式であるが、この三階部に住む六名のうち、クローキングなどで隠れている敵を炙り出せるのは、サイトを持つカトリーヌとルアフを持つマーガレッタの二人だけという致命的な欠陥がある。自分を含めた他の四名は、自分たちの力では隠遁した敵を見つけ出すことは不可能に近い。それゆえに、逃亡者を百パーセント見つけ出すということは今まではほぼ不可能であったし、姿を見せたときに迎撃すればいいと軽く気構えてすらいた。

 けれど、今はその不可能を可能にしなければいけないことになってしまっている。この間の一件より、当然カトリーヌ、マーガレッタ両名にかかる負担は増えているし、今日だっておそらくマップの半分をマーガレッタと分担して巡回しているのだろう。
 そう思うと、ただ罠を敷くしかできない自分が不甲斐なくも思えてくる。

「何か見つかった?」
「……ううん。でも……しないよりは、ましだから」

 しかしカトリーヌは、花壇に水をまく仕事が増えたというぐらい気負いなく言い切ってしまう。いつもぼんやりしているようにも思慮深いようにも見えるカトリーヌは、おそらく新たに増えた仕事など、本当にその程度のことにしか思えないのだろう。たとえ、その作業が十分程度の水撒きではなく、二時間の巡回だとしても。
 見知りが激しく、人当たりも穏やかだとはいいづらいセシルではあるが、こうも相手に平然と無理を可能としている姿を本人の意図とは関係なしに見せ付けられると萎縮せざるをえない。
 自分を恥じる心もある。素直に凄い、と、感嘆もする。

 だから、次の一言は、完全なる善意からの一言であった。

「あ、じゃあ、カトリーヌの当番、あたしが代わってあげよっか?」
「………………………………え゛?」

 思いもよらぬ一言に、ピシリ、と、まるでストーンカースを当てられたかのように固まるカトリーヌ。セシルはそんなカトリーヌを見て、にこっと、見る異性全てを恋のどん底に叩き落しそうな素晴らしい笑顔を浮かべた。
 そして、「カトリーヌは感激のあまり硬直したんだ」と勝手な自己解釈で自己完結し、笑顔の表情のままカトリーヌを放置して言葉を重ねた。

「ほら、そうしたらカトリーヌの不安も減るし……その、あはは。やっぱり、カトリーヌたちだけに任せておくのって、何かあたしの性にあわないし」

 無力な自分が悔しいのか、セシルは苦笑にも似た自嘲の笑みを浮かべた。けれど、その言葉に絶望はもうない。自分では役に立たないと知り、せめて他の事でそのことを補おうとする強い意志。異性同性問わず、その面持ちを見れば誰だって胸がときめくに違いない。
 確かに、嘘偽りなく、カトリーヌも胸がドキドキしていた。というよりも、近いうちに自らの身に降りかかる災厄に対し心臓が危険信号というか警鐘というか、とりあえずそういう類を鳴らしてると言い換えてもいい。
 カトリーヌの白磁のようになめらかな頬に、たらり、と一筋、嫌な冷や汗が流れた。

「……そ、その」
「それに、あたしだってマーガレッタみたいに料理ベタじゃないし……それぐらいやれると思うのよ。ね、どう思う?」
「……ぁ、ぅ」

 言おうとした矢先に熱意の篭った純粋無垢な瞳をぶつけられ、カトリーヌはあぅあぅと言葉をあえぐ。どうやって切り出せというのだ、これは。
 カトリーヌは滅多に感情を乗せないその瞳を困惑に染め上げ、誰か近くに救助部隊はいないのかと視線をさまよわせた。脳内でえまーじぇんしー、えまーじぇんしーと繰り返して呪文のように唱え続ける。

 確かに、マーガレッタの料理は悲惨の一言に尽きる。元々がお姫様気質なため、そもそも包丁を握ろうとすらしないのだ。そんな彼女がまともな料理など作れるはずがなく、必然的に彼女が当番のときはエレメスが嬉々として厨房に立っていた。何故彼が代わりに立っているかなどは、もはや誰が訊かずとも明白であるので省略する。

 そして、それに次いで悲惨なのが、当のセシルである。確かに、パンを焼こうとして元素記号Cの純粋物質に還元してしまうマーガレッタよりはマシではある。姿形だけを見れば料理と呼べるものを作れるだけ、大いにマシである。弓や罠など、手先の器用さを要求するものに長けている賜物か、セシルは作るということなら誰よりも巧く、上手にこなした。

 しかし、天は人に二物を与えず。恨むべきは、その本来必要だったはずの二つ目を与えなかった神かセシルの両親か。

 セシルは、絶望的なまでに、味オンチであった。

「普段は何だかんだ言ってカトリーヌとかに手伝ってもらってるし……こういうときぐらいお返しがしたいの。ね?」

 手伝ってるんじゃない、バイオ・ハザードが起きるのを未然に防いでいるだけだ。
セシルの上目遣いが混じった相手を篭絡させかねないその乙女チックな瞳に、カトリーヌは思わずそれを言いかけた。
 マーガレッタが当番のときはエレメスが孤軍奮迅しているが(もとい、自分とマーガレッタ以外を厨房に入れさせまいとしているが)、セシルが手伝いのときは第一次バイオ・ハザードが起きてしまった最初の週を除き、セイレンとカトリーヌが自主的に厨房に入っている。
 自主的というより、目の前で敵術師にストーム・ガストを詠唱されているのを止めに行くのとあまり彼ら的に差異がない以上、自衛のためとも言える。

 下ごしらえはセイレン、調理はカトリーヌ。そして最後の技巧などが最も必要とされる盛り付けをセシルが担当している。付け加えるならば、皿洗いも彼女の役目だ。もっと短絡的に言ってしまえば、最後の盛り付けと皿洗い以外をセシルに任せることが出来ない。誰だって、食べた瞬間に脳みそを貫くような甘さと夏の体臭を凝縮したような酸っぱさがするスープカレーなどを食べたいとは思わないだろう。
 追記すると、一番先に口にしたエレメスは口から泡を吹いて、三時間ほど生死の境をさまよっていたらしい。いったい何をいれたらそうなるんだと、その様子を見ていたセシルを除く四名はテーブルの隅っこでがたがたと恐怖に打ちひしがれていた。ちなみに、当のセシル本人はというと、あまりのおいしさのあまり気絶したと物凄く好意的に解釈というか曲解をし、エレメスに対し、珍しくも照れながら彼を看病していたという記録もある。

 第二次バイオ・ハザードを防ぎ続けて幾星霜。まさかこういう形で訪れようとは、カトリーヌは欠片も思っていなかった。
 いつもは静かに、そして厳かに魔の旋律をつむぐ唇を、戦闘時とはまったく違う理由のはずなのに、何故かそれ以上の恐怖で戦慄かせながら、

「……だ、大丈夫。既に当ては……ある、から」

 何とか、必死に言葉を紡ぎだした。

「え、そうなの?」
「……う、うん。ハワードに……頼んで、ある」
「うーん……じゃあ、流石にあたしの出番はないかぁ」

 勿論口からでまかせに過ぎないが、ハワードの名前を出したのは大きかった。一応引き下がったかのように見えるセシルに、カトリーヌは心中で深く安堵のため息をついた。

 三階部に住んでいる六人のうち、最も料理が得意、かつ味の面でも安心できるのがカトリーヌで、その次の位置に来るのがハワードである。料理などは基本的にほぼ完璧にこなすカトリーヌに対し、ハワードはどちらかというと味より量を重視する傾向が強く、大雑把な味付けの料理を大量に生産してくる。味も落陽的なものが多いが、それでも六人の舌からは十分合格点が与えられていた。
 ついでで言うと、その次にエレメス、セイレンと続く。エレメスはカトリーヌの劣化版で、セイレンは実直な性格と騎士団生活が長かったのか、シンプルな料理が多い。下ごしらえなどによく向いていた。
 マーガレッタは見た目がそもそも料理ではないし、セシルは見た目がマシなためバイオ・ハザードを引き起こす。

「……それじゃ、わたしは行くから」
「あ、うん。引き止めて悪かったわね」

 これ以上ここにいて何か言葉を滑らすのも危うい。
 もはやそれは本能に近い思考であったが、それゆえにカトリーヌは忠実にソレに従った。巡回に戻ります、という意思表示をこめて再びサイトを点灯し、ゆっくりとセシルから離れていく。
 その足取りが、こちらにやってくるときより若干ふらふらしてるように見えたのはセシルの目の錯覚かどうか。

 その後姿に、「やっぱり慣れない追加作業で疲れてるのかなぁ」などと見当違いもいいところの心境を浮かべ、自身の更なる研鑽を積まなければと意気込むセシルは、カトリーヌとすれ違うようにしてこちらにやってくるエレメスの姿に気づいた。
 エレメスはカトリーヌとすれ違ったときにいくつか彼女と言葉を交わしていたが、ほんの挨拶程度で終わったらしくすぐさまそれぞれ互いの方向へと歩いていく。エレメスはこちらの姿に気づいてないのか、ぼんやりと窓の外を見ながらこちらへと歩いていた。

「また、窓の外見てる……」

 ぼう、と、セシルらしからぬ熱に浮かされたような口調で呟いた。その語尾は口の中で掻き消えるほど小さな声で、呟いた後に自分で気づくというほど、無意識だった。
 そういえば、一人のときのエレメスはいつも窓の外ばかり見ていた気がする。こんな壁に囲まれた研究所で、窓の外などを見る必要性はないのに。木々も、空も、月も、星も、太陽も、夕日も、何も見ることはできない窓なのに。

 それでも、彼が何故窓の外ばかり見ているのかは、セシルにはわからなかった。

「お、ちょうどいいところに」
「あんた、自分の担当区域ほっぽいて何処ほっつき歩いてるのよ。ここはあたしのとこでしょ?」

 それなのに、能天気に笑顔を浮かべてこちらに向かって片手をあげたエレメスに、セシルは思わずジト目になって睨んでしまう。
 そんな視線に当てられ、エレメスは若干仰け反り気味になりながら、

「う、いや、それはでござるな。ちょっとハワード殿からの伝言があるのでござるよ」
「ハワードから?」

 エレメスの言葉に首を傾げるセシル。ハワードがエレメスに色々様々な意味で言い寄っているのはもはやこの生体三階部で珍しいことではないが、自分に用があるのは珍しい。それに、彼の性格ならばエレメスにいわないで自分で言ってきそうなものだけれど。

「この間の罠のことでわかったことであったらしいので、後で工房に来てほしいとのことでござる」
「え、ほんとに!?」
「あの砂塵はやっぱり爆発物によるものであったらしいとのことでござる。詳しいことは軽く聞いただけの拙者ではわからないでござるが……」
「わかった、今から行くわ」
「そうしたほうがいいでござるよ。では、拙者はこれで」
「……? 何よ、あんたはいかないの?」
「…………。それは拙者にまたトイレに篭れと言っているのでござるか?」

 巻き込まれたくなくて、さり気なくきびすを返したエレメスにかけられたセシルの言葉に、エレメスはギギギギとさびたブリキ人形みたいな音を出しながら振り返った。顔は冷や汗にまみれ、口元ががくがくと引きつっている。
 流石にセシルも笑えなかった。

「……じゃ、じゃあ、行ってくるね」

 ハワードの工房はここからそう遠くない位置にある。十分程度歩けばたどり着く距離だ。
 エレメスに見送られながら廊下を歩き始めたセシルだが、

「……む? こちらエレメス。セニア殿? どうしたでござるか?」

 数歩歩かない内に聞こえてきたノイズに、後ろを振り返った。

「セニア殿? …………っ!? セニア殿、返事をするでござるよ!」
「え、な、何!?」

 首元につけられたインカムに向けて、切羽詰った声をあげて吼えているエレメスに思わずセシルは駆け寄った。いつもは飄々としているエレメスがこんな声を上げることも珍しいのだが、それ以上に内容が内容だ。ただ傍から聞いているだけなので全貌などつかめはしないが、これではまるで、

「セニアに何かあったの!?」

 エレメスの表情を見て。
 セシルは自分の言葉が、おそらく真実からそう遠くない位置にあると、確信した。

「――――チッ」

 イヤホンからの反応が途絶えたのか、エレメスは悪鬼のような凶貌を浮かべて舌打ちを打った。そのときに感じた、まるで内から湧き出てくるような殺意衝動にセシルは身をすくめた。別に自分に向けられたわけでもないのに、いや、自分に向けず、ただ無意識に垂れ流されたからこそ、セシルは背中に物理的ともいえるような恐怖が走ったような感覚を感じる。
 だが、そんな彼の面持ちも、隣で身をすくめたセシルへと振り向いたときには消え去っていた。流石にいつも見せている飄々とした笑顔ではなく焦りと苛立ちが浮かんだ表情なものの、先ほど一瞬だけ浮かべた顔に比べればまだ冷静さが残ってると言える。

「拙者、今から二階へいってくるでござる。何かあった場合のために、セシル殿はセイレン殿に伝えてはござらんか?」
「え、あ、ちょっと!?」
「ぐぇ!?」

 それだけ言って、セシルの返答も聞かずに走り出したエレメスの首もとの赤いスカーフを、セシルはぎゅっと握り締めた。ゴキッとかいうすさまじい音が聞こえた気がするが、さっきのエレメスの切羽詰った声で頭がいっぱいいっぱいなセシルの耳には届かない。
 そのまま、まるで魚引き網のようにぐいぐいとスカーフを手元に手繰り寄せる。

「せめて何が起こってるかぐらい説明しなさいよ!?」
「く、首が、セシル殿、手、はなっ、しっ」
「あ、ご、ごめん」

 完全に頚動脈かその辺りに布が食い込んでいたらしく、エレメスは顔を真っ青にさせて必死にあえいでいた。

「ご、ごほっ、ええと、それででござるな」

 幸か不幸か。
 どうやら今のショックで落ち着いたらしく、エレメスは首をコキコキ鳴らしながら言葉を口にする。

「二階からのエマージェンシーコールが届いたでござるよ。別にそんなに珍しいことでもないでござるが、いつもならセニア殿が状況を報告するのでござるが……」
「セニアからの反応がなかった、ってこと?」
「いや、反応はあったでござるが、それはどちらかというと皆に対して指揮を執っていたという感じでござったな。多分、こちらへ報告する余裕もなかったのでござろう」

 だから、すぐにでも行かなければいけないでござる。
 そういって再び走り出そうとしていたエレメスを、今度はスカーフではなくて左腕をつかんでセシルは止めた。

「あたしも一緒に行く」
「え?」
「何が起きてるかわかんないけど、それであたしにじっとしとけっていうの? 冗談じゃないわよ、それに――――」

 挑戦的なわけでもなく、蔑むわけでもなく。
 ただ、自分に対して挑もうとした少女の鳶色の双眸が、脳裏に浮かんだから。

「それにっ! もしあんた一人でいかせて何かあった場合、目覚めが悪くなるわ」
「……その言葉を受けて喜んでいいやら悲しんでいいやら。とにかく、もう言い合う暇もないでござる、急ぐでござるよ!」

 心に浮かんだ理由を喉の奥に飲み下して、咄嗟に違う理由で打ち消した。その言葉を受けてエレメスが微妙な顔をするも、そんなことまで気にしてはいられない。
 二人は各々の得物を手に、二階への階段へと走り出した。

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by Akira_Ikuya | 2006-09-06 11:25 | 二次創作


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